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#2-19 ラー大の人

 ──2023年10月16日月曜日。天気は快晴。冴え渡る大空を見渡せる大島の街はビルが低い。特に緑に溢れているわけではないけれど落ち着く場所だ。いくら新宿中央公園が緑に溢れていたって心が落ち着かないのは、ビルが高いから。だからチルでリラックスをフィールしたい時はよく江東ワードに来る。練馬ワード(住)からは電車を乗り継いで1時間かかる。

 ──この日は江東ワードの中でも、まだ行っていない場所に行くことにした。適当にGoogle mapで検索してみる。門前仲町や清澄白河近辺はよく行っているのでもっと東のほうへ駒を進めることにした。すると、マップ上の茶色い部分が大きい「大島」という場所を発見した。Googleで「大島 江東区」で検索してみる。川や小さな商店街があって良さげな街だ。
 電子の砂をごちゃ混ぜにして頭の中で生成されたハイパーリアル大島は、今日の気分にピッタリのちょっと田舎な江の東だ。

 ──電車に揺られて1時間、大島駅に着いた。地下鉄の駅から地上に出ると、すぐ目の前が国道だった。すこし左に進むと大きな交差点。思ったよりも騒がしい場所だ。
 少し想像していた場所とは違ったが、交差点を越え荒川の方面へ歩みを進めると、「サンロード中の橋」という商店街にぶち当たった。かなり昔からやっていそうな八百屋や弁当屋、薬局などのオンパレード。国内では数少ない、イオングループの支配から逃れることができた通りかもしれない。平日の昼間の程よい人の量が心地よい。

 ──商店街の端まで歩き終わってUターンし、入り口に戻ってきた。また荒川の方面へ歩いて行こうと左を向くと、コック帽を被ったおじいちゃんが一人、道の真ん中にぽつんと立っている。目の前には「ラーメン大学」という看板が見える。どうやらラー大の教授らしい。客引きをするでもなく、通行人を目で追いながら所在無げに佇んでいる。

 おじいちゃんの腰に巻かれた酒屋のサロンに惹かれた僕は、思わずおじいちゃんに声を掛けてみた。

YT「あの、すみません。僕カメラマンしてるんですけどおじいちゃんのファションをテーマに写真撮ってまして、すごく服装カッコ良いなと思いまして。よかったら写真撮らせてもらえませんか?」

OJ「え"ぇ〜、そんな^〜!💦😄」

 おじいさんはマスク越しからも伝わる笑顔で僕のことを小突くそぶりをした。服装を褒められたことに照れているようだった。

YT「このズボンとか汚れてる感じがたまりませんわ。ここの店主さんですか?」

OJ「そう!」

YT「何年くらいされてるんですか?」

OJ「ん〜30年くらいかな」

 「ラー大 大島店」の店主は今年で75歳。30年間この土地で人々の胃袋をハッピーにしている。
 ──ファッションのほうは、浅めに被ったコック帽、ジャストサイズ&洗濯でやや袖丈が縮んだスウェラー、そして腰巻のサロンが見事なAラインを形成している。背丈はそこまで高くはないが、天性のバランス感覚によるこのおじいちゃんのAラインシルエットは、スカートの下にジャージを履いたJKのそれを想起させる。

#2 -19 ラー大の人

 腰巻のサロンは勿論のこと、スウェラーやスウェロペンツにまで、厨房から溢れる油や様々な液体が飛び散ってシミとなっている。このシミを見て僕は、中学生のころバスケ部の顧問が言った言葉を思いだした。
「この痣はお前の勲章や──」
 試合中の競り合いで足に痣ができた部員に対して、試合後のミーティングで言った言葉である。

(このシミはおっちゃん、あんさんの勲章やで──)

 30年間ラー大を切り盛りするおっちゃんに対して、僕は心の中でそっと呟いた。

 横からの眺めを見てみよう。スウェロペンツのポケット付近にシミが一番集中していることが窺える。これは、この付近の汚れは前掛けのサロンではカバーできないこと、手を拭く時にサロンはゴワゴワしているので、ついこのポケット付近の柔らかい生地で拭いてしまうことが影響しているのだろう。
 デニムのアタリやヒゲから、着用者の体型やライフスタイルを推察できるように、スウェロペンツの横シミからも、着用者のパーソナリティを推察することができる。


 最後に、おじいちゃんのスウェロペンツの横シミを見て、僕が思ったことをぶち撒けたい。
ダメージジーンズなんか買うな、真っ新ジーンズを365日履き続けて自分の汚れを刻め。100足限定のデストロイドスニーカーなんか買うな、コンバースのスニーカーを破れるまで履き潰せ。グレーのスラックスに尿漏れ染みができても染み抜きするな、そのまま街に出ろ。
 朝も昼も夜もなく喰(着)らえッッッッ。食前食後にその服を喰(着)らえッッ。飽くまで喰(着)らえッッ。飽き果てるまで喰(着)らえッッ。喰(着)らって喰(着)らって喰(着)らい尽くせッッ。汚れと破れがッッ、衣服と貴様の身体の融解点となってッッ、やがてその布切れが貴様の皮膚とぐちゃぐちゃに混ざり合ってッッ、衣服と身体の境界線がなくなるまでッッッッ──



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