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”財政破綻”の町、夕張市再生への期待感

 地方自治体が”財政破綻”した事例と言えば、2006年に財政再建団体に指定された北海道夕張市が真っ先に思い浮かぶでしょう。
 夕張市は1892年に夕張炭鉱が採炭を開始して以来、日本有数の炭鉱の街として発展しましたが、国のエネルギー政策の転換により石炭産業が衰退し、最盛期に12万人近くいた人口は今や6,374人(R6.1月時点の住民基本台帳ベース)となり、人口減少に歯止めがかかっていません。

 原因はいくつか指摘されていますが、主なものを挙げると以下の3つが大きいのではないでしょうか。

1.単一産業の衰退に伴う大きな負債
 エネルギー政策の転換に伴い次々と廃業していく鉱山の跡地処理対策として、昭和54年度以降の16年間で584億円もの費用がかかり、市財政を圧迫する要因となりました。まちを存続させるために民間企業の不良資産を市が買い取る必要に迫られたのです。石炭は、当時の日本で自給可能な唯一の燃料資源であり、食料の増産に必要な肥料を作るためにも、当時”産業の米”と言われた鉄を作るためにも、人や貨物を輸送する鉄道を動かすためにも、必要不可欠なものでした。戦後復興期の石炭産業の中核を担った夕張市が、国の政策転換のあおりを受けて苦境に立たされることとなったのは同情せざるをえません。しかしながら、特定の産業への依存度が高いとこのようなリスクが生じることは大きな教訓です。

自治体財政の再建と地域の持続 可能性~夕張市の経験から学ぶ
西村 宣彦氏(北海学園大学 経済学部教授、開発研究所長)
2021年度 京都市会 議員研修(オンライン)
https://www2.city.kyoto.lg.jp/shikai/img/news/R03/R3giinkenshu.pdf

2.観光産業へのシフトの失敗
 炭鉱に代わる新たな産業として「炭鉱から観光へ」をスローガンに観光産業の隆盛を図ったものの観光資源に乏しい地域でうまくいきませんでした。
 夕張市に進出した企業が当時3セク運営のホテルを買収するなどの動きがありましたが、稼働率の低さからわずか数年で撤退し、やむを得ず夕張市がホテルやスキー場を数十億円で買い戻しました。ここでもまた企業負債が自治体財政に付け替えられたのです。

3.不適切な会計処理
 
過去に破綻した自治体は他にもありますが、「ヤミ起債」と言われる隠れ借金を重ねた夕張は負債額の多さが群を抜いていました。その額は、市が自由に使える年間収入の8倍に当たる353億円に達しました。出納整理期間を悪用した会計間操作による赤字隠し手法によって長年、赤字を膨張させていたのです。
 具体的な赤字隠しのテクニックについては、先日京都市長選に立候補していた元京都市議の村山祥栄さんのYouTube解説が分かりやすいです。

 また、民間のホテルとスキー場を買い戻す際に起債が認められなかったことから、民間の銀行が夕張市土地開発公社に全額を融資し、融資額に対して市が債務負担行為を設定し返済をしていく手法がとられたそうです。

なぜ観光産業の育成を目指したのか
 当時、夕張市は観光資源をほとんど持たないにもかかわらず,あえて観光産業創出を選択したのは何故だったのでしょう。夕張市の3セク経営について研究した論文には以下のような記述がありました。

 地域経済の柱として観光産業が選択されたのは、北海道の主要産業の1つとして期待されていたこと、観光産業が裾野の広い産業で雇用創出効果や経済波及効果が高いことがあった。
 定住人口が多い札幌市と道外からの観光客の入り口になる新千歳空港から近いという立地的優位性、全国的に知名度を上げやすいこと、石炭産業の衰退による定住人口の減少を観光による交流人口の増加で補えること、明るいイメージのある観光産業で石炭の街というイメージを一新したかった、などが考えられる。また夕張の地形的条件から農業や工業に適した土地に限りがあったので、観光資源をほとんど持たないにもかかわらず、あえて観光産業創出を選択したということもあったのであろう。観光地として夕張市の知名度を高め、その知名度で工場誘致をしやすくする期待もあったかもしれない。

地域経営における第三セクター活用戦略の失敗/河西邦人著
file:///C:/Users/yutar/Downloads/SK-23-2-077.pdf

 当時の背景には炭鉱事故や閉山といった「負のイメージ」を背負いながら日に日に衰退していく待ったなしの状況で、相当な閉塞感が漂っていたことと思います。市民の雇用・生活を守り、人口の流失を食い止め、ひいては町を存続させるためには石炭に代わる新たな産業創出が待ち望まれました。
 まちづくりは投資と違って”損切り”ができません。一度生まれたまちは簡単に閉じることはできませんから、藁にもすがる思いで観光産業の隆盛に賭けたのかもしれません。

そもそも厳密には”財政破綻”ではない

 財政破綻の厳密な定義は定かではありませんが、一般的には「債務の弁済が滞ってしまい自治体の経営が継続できない状態」であることかと思います。しかし夕張市は行政サービスを続けていますし、デフォルト(債務不履行)を起こしたわけでもありません。
 あくまでここでいう”財政破綻”とは、国の管理下で再建を目指す「財政再建団体」に指定されたことを意味しています。(国の支援がなければ資金繰りが困難になったであろうことは否めませんが。)
 なんなら今も国や道の管理下のもと、きちんと借金を返済し続けているのです

夕張市HPで公開されている”借金時計”によると、
夕張市の再生振替特例債※の残高は約77億円。これまでに返済した借金は約276億円。このまま頑張れば2027年3月に返済完了となるペースです。あと少し…!
 厳しい緊縮財政による様々な行政サービスの縮減・低下にも関わらず、夕張に残り住み続け税金を納めている市民の方々、大幅な給料カットにも関わらず役所に残り続け公務に従事する職員の方々の努力の賜物です。

※再生振替特例債…収支不足額を振り替えるため、総務大臣の許可を受けて発行する、償還年限が財政再生計画の計画期間内である地方債

第2の夕張は生まれるのか

 私の興味関心は、日本全体で少子高齢化の流れを抑止できないなか、深刻な過疎化が進行している自治体はあちこちにあり、今後、夕張市のような団体が出てくるのではないか⁉という心配です。
 この点に関しては偉大なる小西砂千夫先生の書籍にひとつの見解が載っていましたので要点を紹介させていただきます。

~(省略)、夕張市の赤字が、異常ともいえる規模に膨らんだ理由について、不適切決算などという表現で説明している。つまり、もしも夕張市が一種の会計操作をしなければ、債務や赤字はもっと小さい段階で、準用再建団体として再建を開始していたであろうから、これほどまでに超長期の再建を強いられなかったことを指摘している。夕張市とはしたがって、赤字を隠したことで取り返しがつかないほど傷口を拡げ、重すぎる財政負担を負った自治体である。このままでは第二の夕張になるとは、したがって、自分が調製している決算で虚偽の報告をしたくなるという意味であるから、悪い冗談にもならない。

自治体の財政診断 / 小西砂千夫・今井太志 著

加えて著者は、決算の適正さを担保する仕組みとして例月現金出納検査の重要性を指摘しています。月次ベースで現金の過不足を検査しているので資金不足にも関わらず黒字との虚偽報告を行っていればすぐに見破ることができるはずだからです。今後はさすがに夕張市並みの事例は出てこないかもしれません。しかし、不適切な会計操作は夕張の財政破綻後も一部の自治体で行われていたようです。

当事者の倫理観に訴えるだけでなく、自治体職員や市民も監査の重要性を理解しておいた方がよさそうです。

課題先進地夕張のリ・スタート

 基幹産業の衰退、人口減少、少子高齢化、そして財政難。夕張市が直面している課題は日本の多くの自治体が今後直面するであろう(既に直面している)課題です。夕張市の課題は日本そのものが内包する課題ともいえます。そんな課題先進地である夕張市も、財政再建10年の節目である2017年度に計画変更が認められ、緊縮一辺倒の財政再生計画から財政再建と地域再生の両立を図るものへと全面改定し、「リ・スタート」宣言がなされています。
 例えば、職員給与の部分復元(30%減 →20%減)や、市営住宅再編(コンパクトシティ化)、超過課税の縮小、高校魅力化、拠点複合施設「りすた」や認定こども園整備など、地域活性のまちづくり事業が計画に盛り込まれています。(その副作用として、赤字解消期間が2024年度から2026年度へと2年延長。)

自治体財政の再建と地域の持続 可能性~夕張市の経験から学ぶ
西村 宣彦氏(北海学園大学 経済学部教授、開発研究所長)
2021年度 京都市会 議員研修(オンライン)https://www2.city.kyoto.lg.jp/shikai/img/news/R03/R3giinkenshu.pdf

長い長いトンネルをまだ走っている途中ではありますが、少しずつ明かりが見えてきています。赤字比率800%超えと絶望的とも思える状況からなんとか踏ん張り、愚直に責任を負い続けて借金返済までもう少しのところまできている夕張市には、不思議ながら勇気を貰えます。

おわりに

 夕張市のこれまでの経緯を学ぶなかで、他人事とは言い切れない背景や事情が見え隠れしていることが分かってきました。小西砂千夫先生が指摘されるように、不正な会計操作による赤字隠しの末の財政破綻はさすがに繰り返される可能性は低いとは思いますが、包摂される様々な教訓は未来志向で全国の自治体で活かすことができるのではないでしょうか。
 根本として「国策」に依存しすぎたこと(更に強いていえば他の産炭地と違ってリスク分散の効かない単一型産業構造だった)、自治体の財政状況や3セクの経営実態を監視・是正する機能が働かなかったこと(国・県・市議会の監視機能不全、市の不適切な会計処理など)、膨大な借金を許してしまった財政システムそのものの欠点など…自治体職員として教訓の多い事例があることに感謝したいです。

 そして何より、新たな地域再生のステージに入っている今の夕張市には期待感を覚えます。財政破綻から11年が経過するまでの間、苦行のような「全国最高の負担、最低のサービス」に耐えてきたまちが、少しずつではありますが、将来を見据えた施策を打てるまで再生していることには感動すら覚えます。これからの夕張市の進む道もウォッチしていきたいです。応援しています。

 なお、今回は触れられませんでしたが、夕張市の事例から、「自治体が、合法・違法を問わず、意思決定で生み出した債務を誰の負担でどの程度の期間で返済すべきか」という問題を論じている興味深い文章に出会いました。財政問題とは別の切り口で、自治制度の在り方を考えさせられます。この点も時間があるときに深掘りしてみたいです。


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