無職になって1か月が経った。

生きてます。それはそう。

最終出社日は6月末だったので、何も仕事をせずに過ごしてる日々は+1か月あるけど、野に放たれたのは8月から。昨日でもう1か月が経った。無職になれば何か面白いこと起こるかな、と思って無職になって、何も起こらないまま、1か月が経った。

机の上に積み上がっている本はぜんぜん減ってない。もう限界がきている帆布のショルダーバッグも縫い直せてない。小麦粉はお菓子にならず冷凍庫で眠っている。福岡に人に会いに行くのは予定が立たないまま。ラズパイピコは机の上で埃をかぶってる。もちろん就活もしていない。

え、それはまずい、と思うかといえば思うけど、かといって将来への不安で夜も眠れなくなるほどまずいとは思ってなくて、その危機感のなさも含めてなんかまずそうな気がしてる。脳内に、元無職の戸愚呂弟みたいなキャラクターを思い浮かべては「元無職のオレの経験から見て(略)、危機感だ」と言わせるなどしてるけど、まあでも、まだ死なない、と思ってるのはそう簡単には変えられへんよなあ。

とりあえず、何をしてるの?、と聞かれて特に答えるほどのことは何もしてなくて、何をやってたか自分でも忘れそうになっていくので、1か月ごとに日記でも書いてみることにした。生存報告的な感じで。あまり長く続けるつもりはないけど。




7月後半~8月前半は人と会ったりしてた。送別会とか、ただの飲み会とか、あとは、ちょっと土木の会社の話を聞いたりとか。こっちから連絡を取った人もいれば、無職になるという知らせを聞いて連絡をくれた人もいた。あんまりバリバリ人と会う陽キャではないけど、まあ声をかけてもらえるのはうれしい。何かあれば連絡ください。


8月に入ってからは、コンパイラの勉強をしてた。とある音楽用プログラミング言語の開発にコントリビュートしたくて。

なぜなのかというと、これは、

  • プログラミング言語のデザインに興味がある

  • DSP (Digital Signal Processing)に興味がある

  • Rust にある程度なじみがある

というあたりで自分にマッチしている稀有なもので、開発が活発になったこのタイミングで無職になったのは何かの縁だと勝手に思うことにしたから。これまで、こういう感じのは「どうせ自分のような素人には無理だ」と思って逃げてたけど、このタイミングで出会ってしまったからにはできるところまでやってみよう、と思って時間を全振りしている。

でもまあ、そのわりには、今のところ意味のある貢献ができてる感じがしない。何もできてないわけではないけど、「無職の期間はこれをやってました」と言える成果にしてはぜんぜん足りない、という感じ。本気さが足りないのか、単に勉強が足りないのか、どっちかだと思う。


家電を電子楽器に改造する団体は、今ごろはオーストリアに行っている。おれは行かなかった。楽器は演奏できないし、技術的なサポート役としても大したことできないし、行っても足手まといになるだけだろうし。別に時間あるんだし行ってエンジョイしてくればいいのに、とか言われそうだけど、フルタイムで無職をやっててなんの成果も出せてない身としては、何かしないといけない、という焦りがあり、なかなか住んでいるところを離れる気分になれない。別に家にいても何ができるということもないのにね。

六本木アートナイトにはいるはずなので、よかったら見に来てください。


R 関連のリリースノートを眺めるというマニアックな YouTube 配信を再開しようと思って、壊れていたウェブカメラを適当なやつに買い換えた。ウェブカメラは、会社でのリモート会議に使ってるころから調子が悪くて、会社のノートパソコンとの相性の問題かと思っていたら、ほんとに壊れかけだったらしく、退職後すぐに動かなくなってしまった。

で、買い換えたものの、夜は人と会ったりしてるうちに再開のタイミングを逃してしまって、買ったウェブカメラはまだ箱に入ったままになってる。9月こそは…


あとは、お盆なので墓参りとか法事とかそういう感じので実家に帰った。

今年は母親が死んで10年なので、10年前に書いた文章を読み返して少し考え込んだりしてた。おれは、自由というのは、何にも縛られていない状態のことではなく、縛りから抜け出せる能力のことだと思うので、無職になれることは自由さだけど、無職でいることそれ自体は自由ではないと思う。自分がいまいるこの場所はまだ、この文章で自分が誓ったものには足りない。


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