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麗らかに…episode1『朝』

「おはよう」
「ちぃ~ッス」
「やばっ。今日1講からミニブタだわ。マジだりぃ」
「わかる。ってか二次関数とか意味わかんないし?式からグラフなんて浮かばないから」
「解釈一致w」

眠そうな顔がエントランスに溢れる。朝練上がりなのかジャージ姿も見える。にんじんパンを咥えてる子、スマホをチェックする子、ガールズトークに花を咲かせている子、トレーナーらしき人と話し込んでいる子…。いつもの朝の光景だ。

トレセン学園
正式名称は『学校法人 日本ウマ娘トレーニングセンター学園』
東京都府中市に位置する、中等部と高等部合わせて2000人ほどの生徒が通う、全寮制(一部許可を受けた生徒を除く)の、ウマ娘専門の中等教育機関だ。また、この本校以外にも全国各地に系列校が存在し、ウマ娘にとっては憧れの学舎である。生徒の多くは『公益財団法人 URA』が主催するレース「トゥインクルシリーズ」での活躍を夢見て、日々トレーニングを積んでいる。

その性質ゆえ、ここではあくまでもレース日程が優先される。職員も然り。あまり大声では言えないが、トレーナーのような花形はやはり人気も名声もあるが…。

「武田先生、おはよ〜」
教職は、言わばカースト制度の底辺。こんな明るく挨拶をしてくれる生徒は珍しい。だから顔を見なくても声の主はわかる。
「春野さん、おはよう。もしかして、今朝も寝坊して、走ってきたのか?」
桃色の尻尾が大きく揺れている。彼女は以前、尻尾を回転させると加速すると信じていた。さすがに今はそれが間違いだと理解してるが、幼い頃からのクセはなかなか抜けないものだ。
「先生すごいね!なんでわかったの?」
私の顔をのぞき込む。まん丸でキラキラと輝く、大きな目。
「今日も加速装置がフル回転してるからね」
「そっかぁ。ウララはこれでバビューンって走れるんだよ。
でもね、本当は速くならないんだって。先生が言ってた」
(…それをキミに教えた先生は、多分きっとおそらく私だよ)

中等部2年A組、春野麗(ハルノウララ)。私が担任する教え子の1人。今年高知から転入学してきて、まだアスリートとしての名前は無い。

郷里でも、特別速いウマ娘ではなかったらしい。編入試験では、学力も実技もギリギリのライン。ただ面接での、自信に溢れた受け答えが好印象だったと、手元の資料にある。

もちろん一部で噂されてる「面接だけで合格した」という話は全くのデマだ。さすがにこの学校はそんなに甘くはない。

「春野さん、そろそろホームルームだから、教室に戻ろう」
「うん。それでね、ウララは先生を迎えに来たんだよ。ねぇ、エラいでしょ」
「ありがとう」

いつもの朝だが、今日からは久しぶりに、忙しくなるはずだ。

(To be continued)

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