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Tant bien que mal 〜どうにかこうにか〜

今日は『神は細部に宿る 〜足し算と引き算〜』というタイトルの記事を投稿する予定だった。もう書き上げていたのだが、気が変わったので、その記事は明日投稿することにする。

気が変わった理由は、今この瞬間の状態と気持ちを書き留めておこうと思ったからだ。ネガティブな内容も出てくるが、将来「そんなこともあったね」と笑いながら見返せるように、文字として残しておこうと決めた。

コロナ禍により、想定していなかったところに大きな影響が出てしまった。そしてそういったことが複数重なったことで、今金銭的に困った状況に立たされている。どのくらい困っているか、というと、来月の家賃を払えるかどうか微妙なラインに立たされているのだ。32歳にもなって、家賃が払えるかどうかわからない状況というのは、控えめにいって、なかなか惨めだ。

今までも困った状況には幾度となく立たされてきたが、ここまでの状況になったのは初めてかもしれない。ここを乗り越えれば少しは楽になるが、問題は乗り越えられるかどうかだ。

先週末あたりから雲行きが怪しくなり、今週になってさらに状況が悪化した。普段はなるべく普通に振る舞っているが、実際私もだいぶ精神的に厳しい状態になっている。日々モノを書くことで、うまく精神のバランスを保っているのが現状だ。

今日の夕方、とは言っても最近のパリは日の入りが夜の10時ごろなので、夜8時頃の話だが、お天気雨、いわゆる「狐の嫁入り」が降った。素敵な狐の嫁入りだった。夕方の厚ぼったい光の中、サァサァと音を立てて降る雨のコントラストは、私の沈んだ気持ちを少しだけ軽くしてくれた。

ふと窓の外を見ると、うっすらと虹がかかっていた。

狐の嫁入り

薄くて細くて短くて、今にも消え入りそうな虹…まるで私の今の状況のようだ。しかしそれは紛れもなく虹であり、暗闇を照らす一縷の光のようだった。

ふと、"tant bien que mal"というフランス語の表現が頭をよぎった。タンビヤンクマルと発音されるが、そのリズムがどことなく可愛げがあり好きなのだ。「どうにかこうにか」という意味だ。

初めてこの表現を見たのは、サン=テグジュペリの『星の王子さま』を読んでいた時。その部分を引用する。

Car je n'aime pas qu'on lise mon livre à la légère. J'éprouve tant de chagrin à raconter ces souvenirs. Il y a six ans déjà que mon ami s'en est allé avec son mouton. Si j'essaie ici de le décrire, c'est afin de ne pas l'oublier. C'est triste d'oublier un ami. Tout le monde n'a pas eu un ami. Et je puis devenir comme les grandes personnes qui ne s'intéressent plus qu'aux chiffres. C'est donc pour ça encore que j'ai acheté une boîte de couleurs et des crayons. C'est dur de se remettre au dessin, à mon âge, quand on n'a jamais fait d'autres tentatives que celle d'un boa fermé et celle d'un boa ouvert, à l'âge de six ans ! J'essaierai, bien sûr, de faire des portraits le plus ressemblants possible. Mais je ne suis pas tout à fait certain de réussir. Un dessin va, et l'autre ne ressemble plus. Je me trompe un peu aussi sur la taille. Ici le petit prince est trop grand. Là il est trop petit. J'hésite aussi sur la couleur de son costume. Alors je tâtonne comme ci et comme ça, tant bien que mal. Je me tromperai enfin sur certains détails plus importants. Mais ça, il faudra me le pardonner. Mon ami ne donnait jamais d'explications. Il me croyait peut-être semblable à lui. Mais moi, malheureusement, je ne sais pas voir les moutons à travers les caisses. Je suis peut-être un peu comme les grandes personnes. J'ai dû vieillir.

Antoine de Saint-Exupéry "Le petit prince"

簡単に訳してみた。

なぜならば、私の本を軽々しく読んで欲しくないのだ。この思い出を語るととても悲しくなる。私の友達が、彼の羊と一緒に行ってしまってからもう6年になる。ここにそのことについて記述しようとしているのは、それを忘れないためだ。友達を忘れるのは悲しいことだ。誰もが友達を持っているわけではない。そして私も、数字にしか興味のない大人になってしまうかもしれない。だから私は一箱の絵具と鉛筆を買った。6歳の時の、中の見えない蛇と、中の見える蛇以外の試みをしたことが一切ないと、私の歳で改めてデッサンに取り掛かるのは大変だ。もちろん、なるだけ似せてポートレートを描くつもりだ。しかし、成功するかどうかはわからない。あるデッサンはいいが、他のは全然似ていない。この絵では王子さまは大きすぎ、こっちでは小さすぎる。彼の服の色でも迷ってしまう。ああでもない、こうでもない、と試行錯誤し、どうにかこうにかやっている。大事な細部に関して間違いを犯すだろう。しかし、それについては自分を許すべきだろう。私の友達は決して説明しなかった。彼は私が、彼に似ていると信じていた。しかし、残念ながら私は、箱の中に羊を見ることができない。私はきっと、少し大人なのだろう。きっと歳をとってしまったのだ。

彼は今まで、中の見える蛇と見えない蛇しか描かなかったのに、歳を取った今、どうにかこうにか王子さまの絵を描いている。私は今までいくつもの困難に見舞われ、それらをなんとかやり過ごしてきた。私もきっと、どうにかこうにかやっていける、そんなふうに思えた。

そして、きっとこれからも、いろんなことを“どうにかこうにか”していくこととなるだろう。その時は、今の“どうにかこうにか”を思い出して、“どうにかこうにか”していこうと思う。

ふと思い立って書いた文章だが、書いたことによって少しだけまたすっきりした。読んでくださった方、ありがとうございます。次回の記事も、楽しみにしていてくれたら嬉しいです。

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