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『グッバイ日常譚』第二話 執着(前編)

暗い部屋の中パソコンの画面に照らされる一人の女性。年は20かそこらだろうか、彼女が一つため息をつく。悩ましげな顔。彼女の後ろに置かれた鞄につけられた、少し大きなぬいぐるみのようなストラップの口角は他より少し上がっているように見えた。

13:20、N寺。
応接間には若い女性が緊張した面持ちで所在なさげに座っている。服装やメイクを見るに、いわゆる白ギャルと呼ばれるタイプだろう。
八谷はそんな彼女にお茶と茶菓子を出す。小さくペコリと会釈をされ、八谷は自身の中にあるギャルへの偏見を一つ正した。彼女の前にはこの寺の住職がすでにかけている。彼女の神妙な表情を見るにどうやら大切な話があるのだろ、そう判断した八谷は失礼しますと小さく呟きを部屋を出ようとした。
「八谷さんもご一緒に」
表情の読めない笑顔の住職が言う。八谷は面倒ごとに関わりたくない、自分は部外者にあたるなどいくつかの言い訳を考えたがこの住職に言っても言いくるめられるだろうと諦め、住職の横に再び小さく失礼しますと呟き席に腰をかけた。
このギャルの来客を仮にCさんとしよう。
Cさんは、学業の傍ら趣味として動画配信などをしていると話した。姿を見せることはしないが、代わりにイラストを用いそれを自身の動きに合わせ、その仮の姿でゲームや歌を歌うなどの配信・動画投稿などを活動の主としているらしい。
八谷自身もたまにそういった動画を見ることがあるので知っていたが、住職は知っているのだろうかと思い横をチラリと盗み見てみると、住職は特に疑問を抱くでもなく相槌を打っているようだった。
「自分で言うのもなんだけど、けっこういい感じに登録者とか視聴者も増えてきてるんですよ〜」
得意げに言う。それは裏打ちされた自信の現れだ。こういった配信者の人気は努力なしで得られるものではない。彼女はファンに見えないところでしっかりと努力しているのだろう。
先ほどの表情と一変し、彼女の顔は曇った。
明るかった声音はしゅんとしぼみ、細々と話を続ける。
内容を要約すると、約1ヶ月前に配信で歌を歌う枠として行っていたが、そこで急に同じようなコメントが流れてきたことに端を発する。
「いまの誰の声?」「兄弟いるとか言ってたっけ?」「放送事故か?ww」
みな一様に男の声がしたと言い始めたのだ。誤魔化すように配信を切り、先ほどまでのアーカイブを確認したところCさんにも確かに聞こえたという。
「ずっと一緒だよ」
それ以来、ライブ配信として行うのが少し怖く動画の投稿のみを続けている。また、最近視線を感じるようになったらしく、それは街中でも大学校舎でもそうだが、一人で過ごす自宅でも感じるらしい。
それ以上のことはまだ起きていないがこんなに続くと思っていなかったので、とにかくお寺とかに相談したらいいんじゃね?と考え自宅から近いという理由でN寺に来るに至ったということだった。
「正直怖いけど落ち込んでてもしょうがないっしょ?」
屈託のない笑顔を見せるC。そこまで優しく相槌を打ち話を聞いていた住職はCさんと名前を呼んでから質問をした。
「声が配信に乗ったその前後でなにか変わったことはありませんでしたか?」
Cは少し考えると、ハッとした表情を見せ話し始めた。
「最近やっと人気出てきたからかスカウトを受けて事務所に所属したんですよ!そんでさ、そこにファンの人からの手紙とかプレゼントが届くようになったの!超嬉しくね!?」
怒涛のように話す彼女は本当に心の底から嬉しいということを伝えており、こういった素直さがファンを多く得る魅力なのだろうとCとは反対にひねくれた八谷は思った。
「ではCさん、受け取ったその手紙やプレゼントはどうされていますか?」
「手紙は全部読んで自分で持ってます!あっ、これとかもプレゼントでもらったストラップだよ〜!」
自慢げに自身の鞄につけられているぬいぐるみのようなストラップをさした。
可愛らしい動物のようなデザインのそれはいま巷で流行しているキャラクターのようだった。以前、Cが配信の中でこのキャラクターが好きだと話したことがありそれを理由にファンが送ってくれたらしい。これを受け取る際も、Cは初めての手紙やプレゼントなので自分で事務所まで取りに行ったらしい。郵送という手はあったが喜びが勝ったらしい。事務所に着くと社員と雑談をしたのち、段ボールにまとめてもらいそれを持って帰ったという。社員たちからは口々に元気がいいねと褒めてもらえたと満面の笑顔で語るCは八谷には少し眩しい。
Cは経緯等を一通り話し終えたのか、こちらがどう切り出すのかをソワソワとして待っている。すると住職が口を開いた。
「そのストラップ、少しよく見させていただいてもよろしいでしょうか?」
快くCが承諾すると、住職は鞄へと歩み寄りそっと触れた。鞄から外してもいいかとCに尋ねてからチェーン部分に触れ音をたてず外す。
かわいでしょ〜とはしゃぐ彼女に住職が言った。
「Cさん、申し訳ないのですが一度こちらのお人形、腹を開いてみてもよろしいでしょうか?」
笑顔だったCは開いた口が塞がらない。同じく聞いていた八谷も思わず驚きの声を漏らしそうになった。二人の顔を見て住職は説明をするため言い足した。
「大丈夫です、私は裁縫が得意なので綺麗に開き綺麗に閉じます。決してこのお人形を傷つけませんので」
まあそれなら、とあまり納得のいっていないCが了承する。八谷はいまだに驚いている。住職は裁縫セットを取りに応接間を出る。
急な二人きりの空間に八谷が少し気まずく思っていると、気を遣ってかCが話し出した。
「そういえば、事務所の社員さんと話してたんですけど、過労死って怖いですよね〜」
なんのことかわからない八谷が言葉を返せずにいるとCは話を続ける。
「事務所の社員さんでねDさんっていう人なんですけど、ほんとつい最近過労死しちゃって家のベッドで寝たまんま起きなくっていろ〜んな人が電話とかしても出ないからおかしいなってなったんですって。Dさんは真面目で仕事もしっかりやるぞ!ってタイプの人だったからサボりじゃないだろうって心配した他の社員さんが家に行ったらしいんです。そのときにはもう……」
過労死、今の私には縁のないワードかもしれないと八谷は感じながらもそれは災難ですねと返す。
「Dさんってホントにやる気のすごいある人で、私のことをスカウトしてくれたのもその人なんです!左手の薬指の付け根にセクシーな黒子があって顔も超カッコいいんですよ!マネージャーとかもやってほしかったけど、Dさん超有能社員&イケメンさんだからもっと人気な配信者についてて一緒に仕事はできなかったんです…だから聞いたらすごい寂しくなっちゃって……」
イケメンは関係ないのではと思いつつも聞いているうちに、八谷はなんとなく彼女に霊がついているとしたらDさんなのではと感じ始めていた。未練がある人の近くに故人が引き寄せられてしまって、的な?だがすぐにその思考を振り払う。自分はあくまで管理事務スタッフ。話を聞くのも、お祓いをするのも僧侶がすべきことであり、今回なら住職が考え対処することだ。出過ぎた助言などしない方がマシだろう。
そうなんですねなどと曖昧な相槌で返した。Cの話はまだ止まらない。
「それにね、過労死ってちゃんとした死因じゃないらしいですよ。Dさんの死因も結局急性心不全なんですって」
心不全は死因としてはかなり曖昧な存在だ。心臓が正しく動かなくなった、それを心不全という言葉は表している。Cが言うように確かにはっきりしない答えで、残された人は納得し難いのだろう。
他にもDは最近ミニマリストになった〜だとか、そんな顔も知らないDの話を聞きながら過ごしていると、裁縫セットを持って住職が応接間へと帰ってきた。
お待たせしましたと言いながら再びCの前に腰かけ、さっそく裁縫セットから裁ちバサミを出した。ストラップの腹に当たる部分にハサミの先をかけ糸を切る。
パチン、パチン。沈黙の中ハサミの糸を切る音だけが響く。Cは息を呑んで見守っている。最後に一度パチンッと小気味いい音がするとストラップは完全に腹がひらけた。
住職がそっとストラップを手に持ち、腹の中を探る。綿を避けつつなにかを探るようにゆっくりと指を差し込んでいる。
カチリと指先がなにかに当たる感触がした住職はそれを摘んで出して見せる。
「これは一体なんでしょうか」
八谷は思わず悲鳴をあげそうになった。Cはというと顔を真っ青にしていた。
声を振り絞りなんとか小さな声で八谷が住職に答える。

「これ、盗聴器じゃないですか?」

応接間のテーブルに置かれた腹を開かれたストラップの横には、その愛らしいキャラクターに不似合いな黒い無機質な盗聴器が置かれた。
理解の追いつかないCや八谷を置いて誰かの悪意は進んでいく。

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