つぶやきまとめ

別に俺がお前の名前でどんなこと言おうが誰かに迷惑かけようが全てお前が悪いだろうがよ!投げ出した全責任受け止めるくらい母親ならしろよ!という気持ちで母親の名で文を発表している。
しかしそれは貴方は僕のアイデンティティであるという表明でもあり、この悔しさの深さたるやとても言葉などでは表しきれず、良いことを言おうものならむしろ母親はいい息子を持ったものだと思われてしまう可能性すらあると気づき、それでもいない母に母としての役割を求めたいから俺はゆみである事を辞めない。

最も不幸だと思うことが不幸の和らげ方。
「貴方に比べれば私の傷なんて。」としばしば言って貰う。
自分でもそう思いたいけど、それを口に出された瞬間に貴方は気づかないけど貴方の方が不幸になるんだ。僕は「僕の傷なんて」という傷を持っていなかったのだから。
すると僕の方が苦しむ為に「いやいや僕の傷なんて」と口をついて出る。
不幸のために不幸を競うなんてこんな不幸ありゃしないよ。

あの匹婦の血は流れていない
この血の半分は黒
走っていいと言ってくれたのはいつも夜。
それでも忌々しく血は赤い。
この血の半分は怒り。

長靴の旅行

記憶は厳密には体験になれず恣意的に熱せられたそれだけが現実の体験として現れる。
それは事実を内包した嘘であるということ。そういう意味で人は幸せになるように出来ている。
嘘を信じることで幸せになれるなら記憶そのものがひとつの宗教である。
神があるとするならば恐らくその記憶を持つ個人ではないだろう。熱せられた記憶という嘘をあたかも本当であるように錯覚する引き金となりうる他者こそが神となる。
記憶に幸福を任せる限り他者は我々の神である。
知覚に幸福を任せるならばきっと私が神となる。

母に喜ばれなかった生命に生きる意味を考えさせない世界はどこ?

今日も今日分の寿命を消費した
今日まで今日まで分の寿命を消費した
生きてるだけで命削ってる

電車にてお隣さんがとても疲れていそうだったから、肩になだれ倒れてきた頭を許した。おやすみなさい。

あなたが幼稚園児達に席を譲ろうとした時母親たちは丁寧に大丈夫と伝えたけどあなたのその照れるように口を片側少しひきつらせながら目をなくし笑った顔は全く関係の無い向かいに座る僕を幸せにした。

ボールペンの芯を数本口に含み先端をぺろぺろ舐めることが好きだった夢を見てから喉の奥に何度か先端が当たったような感覚が残っている。

伝えるために使わなきゃ言葉である意味がない

感情は文法通りに動かない

明星みてえなクソガキが
明けに枯れゆく
宵待草のやるせなさ
久しく夢も見ぬそうな

お前よお前を殺したやつ1人残らず生かしておくんじゃない!生き地獄に叩き込め!言葉ですべて切りきざめ!

低脳なカスばかりでやんなっちゃうなこの世界とパンクズ食べる太った鳩に思われたい

文字を認識してから感情や映像が浮かぶまでにはコンマ数秒の遅れがある。文字がそれらを追い越してしまうと読みづらい。あえて引き伸ばした文体や遅いリズムで余韻をつくる手法に気づく。

不幸に守られ辛がる楽にすがる。

いい言葉には街が立つ

価値観が合わないと伝えて「そんなことないと思う」と返すようなバカとは関わりを持ちたくない。

あなたはあなたという絶滅危惧種。当たり前。阿呆は相手も自分も記号化し消費し合あう。能力主義の市場において交換可能だが存在自体は交換不可能。恋愛に市場的な感覚を持ち出すなんて終わってる。
私は私でしかない事は絶望ではあるが。

屋根の下電車を待つ群衆の脇 傘指し電車の貸切目論む。

質問されることを繰り返すこと。自身へ問いかけること。

「沢山考えて凄い、でも考え過ぎで疲れない?」と言われる。「疲れるけど楽しい」と言う。詩集を手に取る。もっと考え過ぎて良いんだと安心する。

暴走列車の運転手 ただ人の死ぬのを眺める   ああ止まらない 十字架が重い

子の命 逃げた母には 死あるのみ その飛行機よ 爆破せよ

君の事情 社会の事情 国の事情 全部知らない ただただ辛い

若さゆえの青春を奪うな運命

夜三時 施設の柵越え 走る走る そんなに僕らが獰猛ですか

火傷した脳に言葉が降った。溶ける。癒える。

喧騒に不在しうる安心と屈辱 その感情こそ実存の信奉

浴槽に夜が溢れる 明日よ来るなと今日も眠る

病気の名がついてからでは遅い。世界でたった一人しかいない病気なのかもしれない。相手の不完全さに病の名がないとしても怖がらない器でなければならない。

不幸はアイデンティティを獲得するのに楽というのはその通り。不幸を恨んだはずが、不幸に寄りかかる事すらある。作品作りにおいて量産型ともみれそう。

カメラを持てば街に発見が生まれるように、言葉を持てば、画材を持てば、街に発見が生まれる。だから私は私の道具で世界を描いて見せるのだ。

赤みのかかった思い出は冷やりと汗を乾かした

信仰の解体、そして新たな信仰。

僕自身が僕の母になるしかないのか。

鳥よ、重力に逆らえるカラダの軽さが羨ましい

太陽光度を下げるのだ!目がやけてしまわぬように!

真理が死でしかないのだから、死ぬ為以外に生まれた理由なんて本質的には無いのだ。

冬に湯気立つ血と肉片が都会の地面に飛散した。自殺では無い、血反吐だ。怒りが世界に吐いたのだ!

見限られたくせ僕ら世界は自殺者に「命が勿体ない」などと言い優越に陶酔する。

大抵自殺者が捨てたのは命ではなく僕ら世界だ

苦悩や悶絶に喘ぐ僕の唯一の鑑賞者が僕だ。

「僕は悪者だよ。」
常識人へ決別の宣誓だ。

ファッションは毒だ。身体に対する劣等性の隠蔽を潜在的に試みていた。昔よりも自身を愛せている気がするからまた始めようと思う。今度は魔法としてのファッションを。

「雨はきっとやむ」とか「陽はまた昇る」という言葉が許せない。

それは悪意ではなく未熟さでもない、運命に与えられた欠陥を埋めようとしただけのこと。

死が平等なのは生が不平等だから。
顔も身体も良くない、愛も運もない。何も出来ない。
生まれた意味を、存在の価値を夜に問う。
応えが無いのに生きた今日まで治ることは無い希望の病。

化粧落としを持ってきて!

複雑な人生と複雑な思考を「言葉」という媒体に単純化したなら、単純な物差ししか持ち合わせない人らに白か黒か評価される。灰色として留保出来ない人らに自己開示をする必要は無い。
しかし橋を渡したい自身がいる事も事実でいつも言葉の使い方に苦心する

自身に根を張れば多少の雨風に自身が飛ぶ事は無い。

「幸福になってもいいんだよ」なんて言葉は善意に溢れた素敵な言葉に違いないとは思うけれども、反対に簡単に言ってくれるなとも思ってしまう。

幸福に怯えるは俺は弱虫だったのか、

五線譜を歩く人々。

ガソリンと焼き鳥の匂いが混ざる東京の煙たい街を歩く夜。警備員が微笑み誘導した先に紅く東京タワー。眺める空は雲を火照らせた。

後悔ある人生を。

村八分になろうとも、社会の好みしか信じられない多数に同調する必要は無い。

光すら抵抗に感じるから、夜は自由に走れる気がした。

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