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はがきの切手代って、何円か知ってますか?

いつものように起きて、いつものように仕事をして、いつものように寝る。
4月から、そんな生活が続いていた。
春風を感じることなく、テレビのアナウンサーに春を告げられ、まだ春の実感がない朝に、僕は、真夏のような高揚を感じた。


絵葉書が届いていた。

郵便受けに入っているものは、だいたいは、水道光熱費の明細や、生命保険の通知書、そして大量のポスティングのビラやチラシで埋まっている。4月に入ってからは、かなり激減していて、郵便受けも、僕の生活同様に変化はなかった。変化がなさすぎて、しだいに、郵便受けの取り出し口のふたの部分に、人差し指を突っ込んで、変わらない大量のチラシを見る程度になっていた。

その日は、4月なのに夏日で、春に着るために出しておいたコートを横目に、半そでのTシャツを着て、買い出しに出かけた。そして、郵便受けのふたに人差し指をつっこんで、中をみると、見慣れない絵葉書が入っていた。
ダイヤルを回し、絵葉書を取り出すと、黒インクが滲んでいたけど、僕の名前が書かれていた。そして、差出人には、僕の知っている人の名前が書かれていた。

あの時、セミは鳴いていないはずなのに、セミの声が聞こえた気がしたし、
入道雲は、まだでていないはずなのに、入道雲が見えた気がした…。

僕は、一年前のあの日のことを思い出す。

◇◇◇

「言葉を企画して、何が変わった?」

下北沢B&Bで行われた「言葉の企画2019」のトークイベント「『言葉を企画して何が変わった?』特別報告会」

「企画でメシを食っていく」主宰で講師の阿部広太郎さんと一緒に、
「言葉の企画」の企画生のしのさん、ふくまっぴ先輩と登壇した。このとき、「言葉を企画して、何が変わった?」というテーマで話をし、報告会が終了した後も、多くの人から、たくさんの言葉をかけていただいた。そのときに、自分が発した言葉から、さらに言葉を返してもらった原体験が生まれた。相手から言葉を返してほしかったら、あることをすればいい。それは、「先に言えばいい」そんなことを教えてもらった貴重な場だった。

◆◆◆

SNSで連絡を取り合っていても…

ハガキをもらったその日の夜、彼女とメッセンジャーでやりとりをしていたんだけど、ハガキについては、特に何も言ってこない。今となっては当然なのだが、そのときは、「なんでハガキをくれたのかな?」とか、「なんでそれを言ってくれないんだろう?」と、少々の不安と疑惑で頭がいっぱいになっていた。だけど、しだいに、ハガキでやりとりをしている世界線が存在していることが、特別な温かい気持ちにさせてくれた。それから「お返事を出さなくては…!」という思いが、こんこんと泉のように湧き上がってきた。

今は枝葉を伸ばすんじゃなくて、
じっくり幹を太くする期間なのかもしれない。

このハガキに書いてあった言葉に救われた。
部屋の中で一人でいて、冷蔵庫の振動音にさえ愛着がでるくらい、自分に向き合っていて、しんどかった僕に橋をかけてくれたような、そんな気持ちだ。

◇◇◇


ことばの日は、ことばを大切にする日

「言葉の企画」から生まれた企画「ことばの日」は、無事に制定された。
ことばを大切にする日。ことばと向き合ってきた、言葉の企画生から生まれた、ふさわしい企画だと思っている。その反面、僕には、不安があった。果たして、僕は自分のことばを語ることができるのだろうか…と。自分ごとできているのか、どうかというのが、僕の中での不安があった。


自分の言葉で書くことの怖さを実感しながら、返事を書いた。大切にしていた「江口寿史」さんのポストカードを返信用に選んだ。いま僕にできる精一杯のおもてなしだ…!


郵便局まで歩いて20分

マスクをして、ハガキ代の小銭を持ち、郵便局を目指した。
そもそも郵便局は開いているのだろうか…?わからないけど、行ってみればわかるし、少し散歩もしたかった。スマホで近くの郵便局を目的地に設定すると、徒歩20分と表示される。郵便局がこんなに遠いことを知らなかった。

ドキドキしてくる…。

返事書いてよかったんだろうか…とか…
メッセンジャーで先に伝えた方がよかったんじゃなかろうか…とか、
書いた言葉、もっと工夫できたんじゃないかとか…。

ドキドキが増してくる…。

郵便局に歩いていく20分、僕は、そのことしか考えてなかった。

暴いていくね…。
こんな自分がいたなんてことを、言葉と向き合うことで、暴いていくね…。


はがきの切手代って、何円か知ってますか…?

幸い、郵便局は開いていた。
前の人が、大きな荷物を抱えているのに対して、僕は、ポストカード一枚…。不要不急かと言われたら……今の僕には必要なものだったと思う。

窓口にハガキをだし、ポケットから84円を取り出し、トレーにのせる。
すると、金額が多いと言われ、21円を返却された。
戸惑っていると、「ハガキは63円だよ」と言われ、初めてハガキの切手代を知った。だからなんだよって、思われるかもしれないけど、それほどまでに、ハガキを出すことに馴染みがないんだと、なんとも言えない衝撃を受けた。帰り際に、63円切手を、1枚買って帰った。


◇◇◇


たくさんのことばをもらっていたことを思い出す

5月16日の制定記念祭が無事に終了した。そして、5月18日は、ことばの日。この日のために、1年間活動をしてきた。あっという間だったなんて、言うのは簡単だ。本当は、長くて辛いこともたくさんあった。でも、みんながいるから、楽しく思えた。みんながいるから、長くて辛い日々も、楽しく思えた。

「偶然を必然に」
絵葉書をもらったことは偶然かもしれないし、必然かもしれない。
63円切手を買ってしまったのも、偶然かもしれないし、必然かもしれない。
すべてを必然に変えていく…、だから、今度は、僕らから先に、63円切手を使うね…!

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