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永訣

 今朝私は旅立つ。夏の前の青麦の香りや図書館までの近道、通った喫茶店の奥の席とお別れをするのはやりきれなかったけど。
 在来線のホーム、えんじ色の電車は雨の中、退屈そうに雨に濡れそぼっている。お祖母さんが昔使っていた白い日傘を持ち、大叔父さんの大きな旅行鞄を抱えて車両に乗り込み、ボックス席に座る。
 この電車はその内ガタンと動き出す。動き出したら、こんな通り雨の雲の下を抜けて海沿いを走る。窓の外、もしかしたら遠くでイルカが跳ぶかもしれない。
 私のいないあの部屋はどんな風でいるだろう。もしかしたら帰って来ると思っているかな。灯りの落ちた、可哀そうな、あの子。
 気付けば視界の端で海が流れ青空の下。雲は遠く白い。光が飛散る水面で、イルカが跳ねるのをいつまでも待った。

#第1回noteSSF #小説

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