自己紹介

初めまして。古市祐介と申します。1981年生まれ。

Pole&Lineという人材紹介会社で、主にスタートアップ企業のご紹介をメインに人材紹介業に携わっています。人材紹介業には2007年から携わっているので、そろそろ14年目になるところです。

多くの方とお会いさせていただき、キャリアのご相談をいただいたり、誰もが知るような企業に人材をご紹介させていただいてはいるものの、私自身のキャリアは、自分でもちょっと変かも、と思えるようなものです。

超がつく田舎者、高卒、転職回数6回(短期離職もたくさん)、だけど、人材紹介業でちゃんと仕事ができるようになりました。

出身は岡山県の北部にある、今は合併して名前がなくなってしまった小さい村の出身です。同級生は私を含めて7人だけ。中学校は全校生徒で21人でした。バスは1日1本朝6時半のみ。最寄りのコンビニまで25km、最寄りの駅まで30km。恐らく今では500人くらいしか住んでないと思います。大半がお年寄り(60歳が若いと言われる)。東京に来て、色々な出身地の方にお会いしてきましたが、まだ自分より田舎出身の方とはお会いしたことがないです(かなり近いレベルの田舎の人と会ったことがあり、田舎あるあるで意気投合しました)

私は、

・地元の進学校を卒業するも、浪人→勉強せずに本ばかり読む生活

・海外に行けなかったので、東京に来て仕事。建設中の六本木ヒルズを毎日眺めながら、ITバブルの気分を味わう&外国人ハウスに住んで英語を覚える。

・父が倒れて村に戻り、キャンプ場のお兄さんとして働く

・生活費のために出稼ぎを決意。雑誌B-ingを見て、リクルートの営業職に応募し、300分の8人に入って合格(面接2回は、夜行バス。東京から戻った日の夜にまた夜行バスで面接に行くという0迫3日プラン。翌週から東京へ移住。最初は住むところがないのでネットカフェ)

・リクルート流の営業を体験させていただくも、職場でショックなことがあり、なんと退職。その後、職場を転々とする。

・「今の自分にはなにもない。。。→同じように仕事探しに困っている人がいるのではないか?と思い、そういう人達に仕事を紹介する仕事であれば、多分ずっとなくならない!と思い、人材紹介業へ(転職フェアで出会った会社)

・半年くらいで部門閉鎖の話があったが、ラッキーなことにイギリス系の大手人材紹介会社に拾ってもらう。

・入社3ヶ月で、マネージャー以外全員退職。孤軍奮闘して新規開拓営業にいそしむ→リーマンショックで毎週誰かが辞めていく→震災があり、外資系企業は縮小の嵐→なんとか外資で生き延びて、気付いたら古株に。

・そして時は経ち、人材紹介業14年目になろうとしています。

同僚も上司も後輩も外国人ばかり、日本人もほとんどが留学経験者、インターナショナルスクール出身者、海外育ちの人が多く、TOEIC900点くらいだと英語力最下位レベルな環境に9年近くいたので、ちょっと留学した人よりは英語ができます。

人材紹介業は、イギリス系の会社で、リーマンショックの影響もあり3回異動があり、かなり広い分野をカバーしてきたので、どんなポジションでも大抵カバーできます。

人の話を何時間でも聞いていられる性格です。

若い時に、1年間で読書10000冊プロジェクト(挫折)をしたことがあり、雑学が広く浅く身につきました。本を買ってお金がなくなって、新宿から埼玉県戸田市まで毎週往復していました。

東京に来てすぐはお金がなく、月の食費5,000円で1年間生活。ほとんど水道水、実家から持ってきた米、キャベツと塩、当時45円のキャンペーンをしていたマクドナルドのハンバーガーで過ごし、体重59kgまで減りました(身長180cm。体重は今は15kg以上増量。もう1回キャベツ生活するか???)

英語の勉強は、CDをひたすら音読、壁一面に英字新聞を貼る、外国人がいそうな飲み屋に行ってフリーペーパーを貰ってくる、フリーペーパーで見つけた外国人ハウスで2年ほど生活、などなど(最初の外国人ハウスは、同じビルに危ない人たちが事務所を構えることになったので、身の安全が保証できないと言われ、1年未満で閉鎖)

色々ありますが、最初はこんな感じで。

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