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産まれると死ぬがある暮らしをとなりに

祖母の告別式、火葬、骨上げ、子どもたちも一緒に過ごしました。これまでも、集落のじぃちゃん、ばぁちゃんのお通夜や葬式にもできる限り子どもたちも連れていっている。
じいちゃんばぁちゃん子で産まれ育った自分。山村に移住して核家族で暮らしているけれども、地域のじぃちゃん、ばぁちゃんにも子どもたちが可愛がられて暮らさせてもらっていること有り難く思う。

長男は里帰りで産まれて旭の家に、下3人は岡崎の吉村医院で家族みんなで見守るなかで産まれ、それぞれ一つ上の兄弟と父ちゃんでへその緒を切らせてもらった。

日々の暮らしのなかでいのちの巡りを感じられることの有難さをあらためて実感する。季節の移ろいとともに、また新たな芽吹きを感じられる季節になってきた。山村にはいのちの巡りが満ちている、これまでもこれからも、私たち自身が自然の一部であることを暮らしのなかで感じながら生きていきたい。

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