【追悼文】平岩弓枝さんについて思い出すいくつかのこと

去る6月9日(金)、作家で文化勲章受章者の平岩弓枝さんが逝去しました。享年91歳でした。

長谷川伸と戸川幸夫に師事し、1959年に短編小説『鏨師』で直木賞を受賞したほか、時代小説『御宿かわせみ』や『はやぶさ新八御用帳』などの連作やテレビドラマ『肝っ玉かあさん』や『ありがとう』などの脚本を担当するなど、多作であり、他分野で活躍したのが平岩さんでした。

特に『御宿かわせみ』は真野響子さんが主演したNHK版が情感豊かに物語の持つ雰囲気を表現し、平岩さんの代表作にふさわしい、幅広い知名度と人気を誇っているのは広く知られるところです。

また、『鏨師』に象徴的に示されているように、一つの道、一つの芸に打ち込み、あるいは一つの優れた能力を持つ人物を主人公としてその姿を丹念に描くことで奥行があり、重層的な物語を描くのは、平岩さんの小説や脚本の特長でした。

さらに、『妖怪』(1996年)で鳥居耀蔵を、『魚の棲む城』(2002年)で田沼意次を取り上げるなど、歴史上の敵役や悪役とされる人物に焦点を当て、その内奥に迫ろうとするのも、その作風の重要な特徴の一つでした。

今でこそ歴史小説や時代小説が中心と思われる平岩さんながら、『青の伝説』『青の回帰』『青の背信』(1985-1986年)のいわゆる「青の三部作」や『幸福の船』(1998年)など、現代を舞台とした恋愛小説や推理小説なども手掛けたことが示すように、幅広い主題でいずれも優れた作品を残したことも、大きな魅力でした。

私にとっての平岩さんの歩みは、推理小説『枯草の根』(1961年)によって作家としての地位を確立しつつ、最後は中国を舞台とした種々の歴史小説や『唐詩新選』(1989年)などの詩論、さらには『琉球の風』(1992年)のような東アジアを視野に収めた雄渾な小説など、多くの分野で複眼的な視座に基づいて健筆を振るった陳舜臣さんと重なるものでした。

長年にわたり小説や劇作を通して日本の文芸を牽引した平岩弓枝さんのご冥福をお祈り申し上げます。

<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of Ms. Yumie Hiraiwa (Yusuke Suzumura)

Ms. Yumie Hiraiwa, an author and recipient of the Order of Culture, had passed away at the age of 91 on 9th June 2023. On this occasion, I remember miscellaneous memories of Ms. Hiraiwa.

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