見出し画像

労働者協同組合法と「採用の自由」

1.テーマ選定の背景

令和4年10月1日に施行された「労働者協同組合法」において、新たな法人格として「労働者協同組合」が定義された。「労働者協同組合」においては組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、組合員自らが事業に従事することを基本原理としている。つまり、いわば「出資」「経営」「労働」のすべてを参加する組合員(労働者)が担う法人形態であり、使用者と労働者が分離されていることを前提としている株式会社等の従来の法人格とは性質を異にしている。こうしたことから、労働者協同組合については働く人が主体の「新しい働き方」を可能とする組織形態として大きく期待されている。
 労働関係法令の多くは、資本を有する「使用者」と自身の労働力を商品として提供する「労働者」との間の契約交渉・締結等の場面において労働者の方が不利な立場にあることを前提に民法等の一般法を修正する形で法律形成がなされてきた背景がある。
 今回の「出資」「経営」「労働」の三位一体型の労働者協同組合においては上記の労使間の立場の非対称性という前提がないため、これまでの労働法令がどのように適用されているのかという点に労働法研究としての広がりを感じたため、今回、労働者協同組合法を本レポートの題材として選択した。本レポートにおいては、労働者協同組合法の中でも特徴的な規定である第12条および第20条がいかにして「採用の自由」という従来の労使関係の論点に影響を及ぼすのかについて考察する。

2.労働者協同組合法の概要

 まずは、令和4年10月1日に施行された「労働者協同組合法」成立までの経緯について記載する。労働者協同組合法の制定の背景については厚生労働省の説明によれば次のとおりである。

「我が国では、少子高齢化が進む中、人口の減少する地域において、介護、障害福祉、子育て支援、地域づくりなど幅広い分野で、多様なニーズが生じており、その担い手が必要とされております。これらの多様なニーズに応え、担い手となろうとする人々は、それぞれのさまざまな生活スタイルや多様な働き方が実現されるよう、状況に応じてNPOや企業組合といった法人格を利用し、あるいは任意団体として法人格を持たずに活動しています。しかし、これら既存の法人格の枠組みのもとでは、出資ができない、営利法人である、財産が個人名義となるなど、いずれも一長一短があることから、多様な働き方を実現しつつ地域の課題に取り組むための新たな組織が求められています。そこで、組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、組合員みずからが事業に従事することを基本原理とする新たな組合を創設することとしました。」

厚生労働省「知りたい!労働者協同組合法」(https://www.roukyouhou.mhlw.go.jp/)

 労働者協同組合法第3条1項では、労働者協同組合の基本原理として「出資原則」「意見反映原則」「従事原則」が定められており、その他同法第3条2項では以下のような要件を遵守する必要があるとされている。 

・任意加入・任意脱退
・組合員との間での労働契約の締結
・組合員の議決権・選挙権の平等
・組合との間で労働契約を締結する組合員が総組合員の議決権の過半数を保有
・剰余金の配当は従事分量配当によること

労働者協同組合法は「労働者協同組合」という法人格についてのルールを定めるものであり、会社法や特定非営利活動促進法等の「(企業)組織法」に分類される法律であるが、当該法律の中に労働契約法等の労働法令に関する規定も内在している点が大きな特徴と言える。

これは労働者協同組合法の制定過程において実施された「与党協同労働の法制化に関するワーキングチーム」においても、労働者協同組合の組合員に対して労働者保護法制を全面適用することを優先すべしという要請に応えることを優先したことから同法にも明記されたものである。本来、同法の理念からすれば、組合員間には「雇う―雇われる」という関係性は生じえないものであるが、労働者協同組合法第20条1項の定めにより、いわゆる代表理事および専務理事(および監事)については労働契約の締結対象外とされており、代表理事については「使用者」に該当すると解されている。

本レポートにおいては特に同法12条1項の「正当な理由がないのに、その加入を拒み、又は又はその加入につき現在の組合員が加入の際に付されたよりも困難な条件を付してはならない」という条文が、これまでに議論されてきた「採用の自由」にどのような影響を及ぼすのかについて考察する。

3.「採用の自由」の内容とその限界

 ここで従来の労使関係における「採用の自由」について確認する。採用の自由は、労働契約関係において使用者が有する契約の自由(民法の基本原則)の根幹的内容ととらえることができ、実際上も一旦採用すれば解雇が抑制されるわが国の長期雇用慣行のもとでは企業が有する人事権のなかで、制約を加えられるべきではない特別の自由として意識されてきた。[1]また、採用の自由については私法上の権利のみならず、憲法22条1項の職業選択・営業の自由および憲法29条の財産権の保障を根拠とする経済活動の自由に基づくものでもある。もちろんこれらの憲法上保障される自由についても公共の福祉との関係性により、法令等により制限されることは想定されるものの、「採用の自由」は使用者にとっての重要な権利として、その制限については慎重な議論がなされてきた背景がある。

 採用の自由の内容については、大きく(1)雇用者数決定の自由 (2)募集方法の自由(3)選択の自由・調査の自由(4)契約締結の自由の4つがあるとされている。[2]それぞれの採用の自由の内容の概要と、当該自由を制限する法令等については以下のとおりである。


[1] 菅野和夫 『労働法(第12版)』(弘文堂)221頁
[2] 水町勇一郎『詳解 労働法 第2版』(東京大学出版会)448-457頁

(1)雇用者数決定の自由

使用者は経営する事業の内容や事業計画に照らして、組織の要員計画を策定し、採用人数を決定していくが、その上で実際に何人の労働者を雇用するかを決定する自由がある。これらを制限するものとして、たとえば障害者雇用促進法がある。同法では、雇用労働者に占める障害者の雇用率を定め、法定雇用率に満たない事業主に対する行政指導や納付金制度を定めている。同法は、事業主が雇用者数決定の自由のもとで決定した実際の雇用する人数に対して、一定の率を乗じるものであるから直接的に雇用者数決定の自由を制限するものではないが、間接的な制約を公法により与えているものと解することができる。

(2)募集方法の自由

 使用者は、自社において雇用すべき人数を決定した後には、当該採用の計画を達成するために人材の募集を実施することになるが、どのように募集するかについても使用者側の自由である。募集方法については公募によるものの他、たとえば「縁故採用」のみとすることも使用者側の自由裁量に委ねられている。この募集方法の自由に関する制約としては、たとえば職業紹介法による労働者供給の禁止や職業紹介を事業として行う者への許認可制度等が挙げられる。

(3)選択の自由・調査の自由

 選択の自由とは「誰をどういった基準で採用するか」という採用活動の根幹となるテーマである。使用者からすれば人材の採用は企業業績へ大きな影響を与える重要なテーマであり、どういった人材を雇い入れるかによって事業の成否が大きく変動しうるというリスクを背負っているのは使用者であることから、使用者には選択の自由についての大きな裁量が認められてきた。

 この選択の自由に関する代表的な判例は三菱樹脂事件[1]であり、管理職候補として採用された学生が、採用前に提出した身上調書において、大学在学中に違法な学生運動に従事していた事実を記載せず、面接の際にも学生運動に参加した事実を秘匿していたことを理由として、本採用拒否を行った事案である。最高裁は「企業者は、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件で雇うかを、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に決定できるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、当然に違法とはできない。」とした上で、労働基準法第3条の差別的取扱の禁止についても、雇い入れ後の労働条件に関するもので、雇い入れそのものを制約する規制ではないとした。

 この判旨について留意すべき事項としては「法律その他による特別の制限がない限り」という点にあろう。特別の制限についてはたとえば、性別を理由とする募集・採用差別の禁止(男女雇用機会均等法)、労働組合員であることを理由とする採用差別の禁止(労働組合法)、年齢を理由とする募集・採用差別の禁止(労働施策総合推進法)が挙げられる[2]。

 また、法律による具体的な制限が定められていない場合にも思想・信条の自由、人格権等の憲法上の自由・権利に抵触し、公序良俗違反や不法行為等にあたらないかが問題となると解されている。[3]

 選択の自由と表裏関係にあるものとして「調査の自由」も使用者側に認められている。応募者の能力や資質、その他採用の合否を判定する上で必要な情報を、採用面接やその他の行為を通じて調査する自由のことである。当然ながらこの「調査の自由」も個人情報保護やプライバシー保護の観点から社会通念上妥当な方法で行われることが要請されており、募集している職種等への適性を判断する上で必要な事項に限定されるべきと解釈されており、厚生労働省の「公正な採用選考を目指して」という特設サイトやリーフレット等において「採用選考時に配慮すべき事項」として、適性・能力に関係のない事項(思想・信条にかかわること)や身元調査・合理的必要性のない採用選考時の健康診断を例示[4]している。

(4)契約締結の自由

 採用の自由のもう一つの根幹として、使用者は契約締結を強制されないという点にあるとされており(契約を締結しない自由)、このことは、もし仮に選択の自由等が否認された場合であっても、民法上の不法行為を成立せしめるにすぎず、労働者側が使用者に対して雇い入れ(契約締結)そのものを強制するものではないと解されている。[5]

契約締結の自由を制限する要素としては、たとえば不当労働行為による労働委員会の救済命令、労働契約法の無期転換権や雇止め規制、労働者派遣法による雇用申し込み制度など、他の法律に基づくものがある。


[1] 三菱樹脂事件 最大判昭48.12.12

[2] 荒木尚志『労働法 第4版』(有斐閣)360頁

[3] 水町勇一郎『詳解 労働法 第2版』(東京大学出版会)451頁

[4] 厚生労働省ウェブサイト「公正な採用選考を目指して」

(https://kouseisaiyou.mhlw.go.jp/consider.html)(閲覧日2023年1月10日)

[5] 菅野和夫 『労働法(第12版)』(弘文堂)226頁

4.労働者協同組合法 第12条および第20条による制限

ここで改めて労働者協同組合法第12条および第20条が、前述した「採用の自由」に対していかなる制限を与えるのかについて確認する。労働者協同組合法は令和4年10月1日に施行されて間もないこともあり、当然ながら同法に関する判例は未だない状況である。そのため具体的な制限については今後の判例集積を待つことが必要であるが、本レポートではまずは同法の条文解釈上において、前述の「採用の自由」の中身のいずれに対してどのような制限を与えうるのか、という点を考察していく。
 まず同法20条の定めにより、組合は同法一・二に基づく除外対象となる組合員以外との間においては「労働契約を締結しなければならない」とされており、これは「契約締結の自由」に対する直接的な制限であると考えられる。今後、訴訟の場面において同法を根拠とした地位確認請求等がなされた場合であって、「組合員」かつ「同法20条の除外対象者に該当しないこと」が裁判所によって認定された場合には、労働契約の締結が求められることになる。

第二十条(労働契約の締結等)
 組合は、その行う事業に従事する組合員(次に掲げる組合員を除く。)との間で、労働契約を締結しなければならない。
一 組合の業務を執行し、又は理事の職務のみを行う組合員
二 監事である組合員
2 第十四条又は第十五条第一項(第二号を除く。)の規定による組合員の脱退は、当該組合員と組合との間の労働契約を終了させるものと解してはならない。

また本レポートの中心テーマからは傍流の論点となるが、同法第20条の2項では「組合員の脱退」が「当該組合員と組合との間の労働契約を終了するものと解してはならない。」とされており、「労働契約の解消」については労働契約法を始めとするその他労働関係法令の手続きによらなければならないと解される。これは組合が特定の組合員との労働契約を終了することを企図し、恣意的にその組合員を脱退させるという事態を防ぐための規定とされている。[1]

上記の観点から、労働者協同組合が定める就業規則等において自然退職の事由として「組合を脱退したことや組合員資格を喪失したこと」等と規定することは第20条に基づき認められないと解釈しうる。

また労働者協同組合法の制定過程において実施された「与党協同労働の法制化に関するワーキングチーム」の中でも、田村憲久座長が「使用者と労働者という関係があるとすれば、解雇ということもあるんですね。」と確認した際に、法制局第5部・奥克彦部長(当時)が「あります。」と回答したという記録[2]もある。今後、労働者協同組合が定める就業規則等において「組合員としての脱退・資格喪失」を解雇事由として設定しうるのかどうかについても論点となるのであろう。

[1] 小島明子、福田隆行『協働労働入門』(経営書院)29頁
[2] 日本労働者協同組合連合会『〈必要〉から始める仕事おこし: 「協同労働」の可能性』(岩波ブックレット)

次に同法第12条の定めと採用の自由の関係性について考察する。前提として、基本原理その他の基準及び運営の原則を定めた同法3条2項1号においては「組合員が任意に加入し、又は脱退することができること。」と規定されており、これは任意加入・任意脱退の原則と呼ばれている。

同法第12条1項では「正当な理由がないのに、その加入を拒み、又はその加入につき現在の組合員が加入の際に付されたよりも困難な条件を付してはならない。」とされている。同法第20条により「組合員として加入すること」が「労働契約を締結し、雇い入れを行う」ことと(同法20条の除外対象者以外については)ほぼ同義となるため、同法第12条の規定は、「選択の自由」や「契約締結の自由」を制限することになる。

[第十二条(加入)]
組合員たる資格を有する者が組合に加入しようとするときは、組合は、正当な理由がないのに、その加入を拒み、又はその加入につき現在の組合員が加入の際に付されたよりも困難な条件を付してはならない。

そこで同法12条については「正当な理由」の解釈・定義が極めて重要な要素になる。この解釈については、たとえば「仕事の空きがない」「その仕事を行うためには特別な資格が必要」といった組合側の事情も「正当な理由」になるという解釈[1]もあれば、任意加入の原則を鑑みて、加入の自由が不当に害されることがないように限定的に判断されるべきであり、その者の加入を認めることで組合の円滑な事業活動や組織運営に支障をきたすことが予想される場合等という解釈[2]もある。

 今後、業務遂行上の必置資格等の外形的な要件以外で、たとえば通常の使用者が採用選考時に実施する能力評価の結果等がどこまで組合員としての加入を拒むための「正当な理由」として認められるのか、が大きな争点になるであろう。たとえば組合員としての加入を拒否された労働者が、同法12条および20条を根拠として組合員としての地位確認と労働者とした地位確認請求が可能なのかどうかについても、今後の裁判例の集積を待たねばならない。

 また「その加入につき現在の組合員が加入の際に付されたよりも困難な条件を付してはならない」という規定についても、採用基準や条件に関する「現状の組合員(過去の採用選考)との公平性」という「採用の自由」の制約に対する新たな概念を持ち込むものであるから、この点についても更なる考察が必要になるであろう。


[1] 一般社団法人協同総合研究所『協同ではたらくガイドブック(実践編)』43頁
[2] 小島明子、福田隆行『協働労働入門』(経営書院)26頁


5.総括

以上の考察のとおり、労働者協同組合法第12条及び第20条の規定は、従来の議論において「採用の自由」に制約を与えてきた他の法令等の定めと比較した際には、その影響度は大きいものと考えられる。

 一方、そもそも「出資」「経営」「労働」の三位一体型の労働者協同組合においては、これまでの労働関係法令が制定されてきた背景・趣旨である「労使間の立場の非対称性」という前提が存在しない。「与党協同労働の法制化に関するワーキングチーム」の法制局第5部・奥克彦部長(当時)から日本労働者協同組合連合会に対して「あなた方は労働契約を自分たちで作り、自分たちで運営もする。使用者となる代表も自分たちで選びますよね。つまり、強い労働者ですね。だとしたら、なぜ労働法で守らなければならないのですか。労働法制による保護などいらない、ということになるのではないですか・・・。こう聞かれたらあなた方はどう答えますか」という投げかけがあったというエピソード[1]もある。

 労働者協同組合のみならず、コロナ禍による働き手の意識変容や労働力不足時代への突入により現代の「労働者」と「使用者」の関係性は昨今、大きく変わりつつある。こうした労働者協同組合の新たな法制度と労働法への挑戦が「労働・労使関係」そのものを大きく問い直す契機となることを願ってやまない。


[1] 日本労働者協同組合連合会『〈必要〉から始める仕事おこし: 「協同労働」の可能性』(岩波ブックレット)48頁

参考文献

・厚生労働省「知りたい!労働者協同組合法」
(https://www.roukyouhou.mhlw.go.jp/(閲覧日2023年1月10日)
・菅野和夫 『労働法(第12版)』(弘文堂)
・水町勇一郎『詳解 労働法 第2版』(東京大学出版会)
・荒木尚志『労働法 第4版』(有斐閣)
・小島明子、福田隆行『協働労働入門』(経営書院)
・日本労働者協同組合連合会『〈必要〉から始める仕事おこし: 「協同労働」の可能性』(岩波ブックレット)
・一般社団法人協同総合研究所『協同ではたらくガイドブック(実践編)』
・一般社団法人市民セクター政策機構『季刊社会運動 ワーカーズコレクティブー労働者協同組合法を知る―』


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?