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上場株におけるインパクト投資についての考察

投資の世界において「インパクト投資」と呼ばれる手法が普及してきている。
ここでは上場株におけるインパクト投資を取り上げ、課題と可能性について考えてみたい。
昨今、インパクト投資の業界では、世界に大きなインパクトを与えるためにはメインストリームの投資家を巻き込んだ規模の大きな動きが必要だという考え方が増えている。運用資産の規模拡大を考えると、上場株は避けて通れないアセットクラスとなるが、一方で上場株でのインパクト投資を実現することは難しいという意見が多く聞かれる。
 
インパクト投資は、「財務的リターンと並行し、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトの創出を意図する投資」と定義づけられている(*1)。この定義をみる限りにおいてはどの資産クラスでも実践できるように思われる。しかし、世界のインパクト投資における上場株の比率はわずか14%を占めるに過ぎず、これは運用資産全体における上場株の比率が47%であることに比較すると、かなり小さな規模であることがわかる。
 
なぜ難しいのか。結論から言えば、上場株に投資をする場合は収益性を求めることが通常であり、インパクト投資の定義がそれとなじみが良くないからである。
そのことを考える上で、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の考え方が参考になると思われるので見てみたい。GPIFが「インパクト投資をしない」と明言していることはインパクト投資に詳しい人からするとよく知られた話である。
では、その理由はなにか。GPIFが発行している「2022年度 ESG活動報告」(*2)からその説明部分を抜粋して見てみると以下のようなロジックになる。
 
GPIFは、「他事考慮の禁止」を定めた法令により、年金積立金の運用を年金制度の安定以外の目的に利用することを禁じられている。つまり、GPIFは投資収益を上げることを唯一の目的とした組織と位置付けられているため、インパクトを目的にした投資は行えない。
 
しかし、興味深いことにインパクト投資を行わないという説明の直後に、以下のような考え方も述べられている。
 
投資においては、投資先企業の事業活動により環境や社会に対するインパクトが生まれ、そのインパクトが収益やコストを生み、企業価値に影響を及ぼす。これまでもGPIFはインパクトの計測を重視してきた。GPIFはインパクト投資を行わないが、その中では最もインパクトに関心を持っている投資家である。
 
つまり、他事考慮が禁じられている一方で、GPIFはインパクトに強い関心を持っているという複雑な状況が存在する。そして、GPIFはこれらを全て「ESG投資」という枠組みの中で行っているという形に整理にしている。
インパクトを重視しているけど、不特定多数のステークホルダーを抱え投資リターンを上げることを目的とすると、インパクト投資という定義に当てはめるのが難しいということであろう。
 
インパクトに前向きな(しかも世界最大級の)投資家が「インパクト投資をしない」といっているのは、やる気がないということではなく、定義がうまく当てはまらないからということである。ESG投資という枠組みの中でインパクトを考慮するから、インパクト投資と名乗らなくてもいいよ、ということなのであろう。
 
インパクト投資の定義が不完全であるということが話をややこしくしている様子は他にも見て取れる。
インパクト投資の世界では「マーケットレート」という言葉が使われる。社会性を重視する投資家が経済的リターンの優先順位を下げる考え方を「マーケットレート以下(Below Market Rate)」と呼び、その反対概念として、きちんとリターンを狙いに行くインパクト投資は「マーケットレート」と呼ばれる。
投資の世界においてはマーケットレート以上を狙うのが基本で、はじめからマーケットレート以下を許容するというのはかなりの例外である。このような基本と例外が「インパクト投資」という一つのカテゴリーにまとめられていることから、人によって解釈が異なる状態になっているように感じられる。
インパクト投資の解説の中ではマーケットレート以上か以下かの判断軸についての議論を目にする機会はほとんどないが、メインストリームの人たちにとってはむしろそこが極めて重要な論点になる。
 
実際、私は運用の中でサステナブル投資にインパクト投資のフレームワークを組み込むことに挑戦しているが、テキストに載っているフレームワークをそのまま当てはめるのではマーケットレート以上の投資プロセスを実現することは困難だと感じている。例えば、投資領域を特定のテーマに絞り込むことが求められるが、投資ユニバースを狭めることは長期的に良質なパフォーマンスを創出することと馴染みが良くない。
上場株の場合は毎日パフォーマンスが計測され、株価指数や類似ファンドなどの比較対象が多い。またポートフォリオセオリーのような学術的なアプローチも発達しているため、インパクト投資のフレームワークをそのまま適用しつつ、マーケットレートのリターンを出すとうことの難しさが鮮明に見えてしまうのだろう。
 
インパクト投資の定義やフレームワークが不完全だからと言って嘆くことはない。不完全であるなら改善を進めていけばいい話だし、インパクト投資と呼ばれなくても社会に価値を生み出す活動をしていけばいいだけのことである。
私はファンドマネージャーという立場にあるので、IRミーティングで企業と対話をするときは生み出されているインパクトについて問いかけをするようにしている。また、月次レポートなどの顧客向けの資料において、投資先企業の生み出しているインパクトを解説することも行ってきた。一つ一つは小さな活動だが、積み重ねることが社会にプラスの影響を与えると信じている。
結局のところ、インベストメントチェーンに関わるそれぞれの人が、自分のできることを通じて社会に貢献していけば、いいということだろう。業界全体の倫理観が高まっていけば、いつの日か、わざわざ「インパクト投資」という言葉を使わない日がくるのではないだろうか。
 
*1 https://impactinvestment.jp/impact-investing/about.html
*2 https://www.gpif.go.jp/esg-stw/GPIF_ESGReport_FY2022_J_02.pdf
 


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