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挫折と閉塞から見えるもの

意気揚々と開けたパティスリーだったが僅か1年と3カ月で業績不振と共にあと数日で閉まる事になった。

原因はなんだろう。

品質、接客、立地、販促など色んな経営者さんからのご指摘や介入を経ても改善に至らずこういう結果になったのは紛れもない自分の責任があると思う。

ただ自分のベストは尽くしたと思うし、やれる限界の事はした。時に限界を超えて倒れてしまった事もあり、これは何の為に仕事するのか、幸せとは何なのかという壮大なテーマを病院のベッドで考えた事もあった。

1つ大きいと感じたのは不振のために色々変えていく過程に、時に自分がやりたくない仕事も増やす事になった事。 今まで色んな挑戦をしてきたからそれも超えれると思っていたが、やはり納得いかないものが多数あったのは無理をしていたという事なんだろう。

スタッフは自分が自信満々に出す商品を売る事を大事にしていた。そこを裏切ってしまった結果なのかもしれない。自分では表に出していなくてもそれが十分皆んなに伝わってしまっていた。

閉店を告知してからというもの、店舗の張り紙を見て声掛けてくださる方、SNSでコメント、DMをくれる方が多く、また来店していただけるお客様が大変多く対応にスタッフもみんな感激している。
1年そこらの記憶なんてのは10年単位でみたら淡い記憶の欠片にしかならない。このような光景は人生何度もある訳ではないし、何度もあってはいけない光景としてスタッフに伝えたい。

分かった事はこれから自分で店やるにしても、何にしてもあまり自分のスタンスは変えられない事を知った。
大事にしてきたものを柔軟に変える事は出来ても根本は変えられない。
つまりダサいと思う事が出来ない。
何事も経験というが、あと何年出来るか分からないこの仕事に自分の意思は貫いていくべきで、自分の中でダサいと思う事をやらなきゃダメならこの世界では生きられない。 そういう事だ。

いつか思い出としてだしたこのnoteが屈辱、挫折ではなく、成功、達成感といったリベンジに繋がるようにしよう。 いや、絶対する。

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