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#4 『偶然の聖地』宮内悠介 〜ゆるり書評〜


※ポッドキャスト版はこちらから。

 
実はこれを書いているのは7日の日曜日でして。
一気読みしてしまったので早速書き残して参ります。
今回選んだのは、



『偶然の聖地』宮内悠介著


これを手に取ったきっかけは、平日毎日必ず聴いている「アフター6ジャンクション」というTBSラジオの番組内で始まった推薦図書紹介コーナーでした(今月は毎日一人一冊推薦してくれるとのことなので要チェック。)。翻訳家の岸本佐知子氏が紹介されており、そのあまりにも突飛な内容の推薦がなされる本書をついつい読みたくなったという次第です。

小説については概略が必要と感じたので裏表紙の説明を引用しておくこととしましょう。


地図になく、検索でも見つからないイシュクト山。時空がかかった疾患により説明不能なバグが相次ぐ世界で、「偶然の聖地」を目指す理由ありの4組の旅人たち。秋のあとに訪れる短い春「旅春」、世界を修復(デバック)する「世界医」。国、ジェンダー、SNS、、、ボーダーなき時代に鬼才・宮内悠介が描く物語という旅。


これだけ読んだら何が何やらである。けれど読み始めると止まらなく一気読みしてしまった訳で。
なぜそんなに面白かったのかを以下3点で論じてみることにする。

◆毎月5枚半の原稿だからこそ紡がれた、物語の進行と登場人物達の視点。
◆300にも上る註が生み出す“隣でつぶやく作者”の存在と可笑しみ。
◆プログラミングこそがリアリティーを加え、旅こそがファンタジーを加えるということ。

では早速、ゆるりと参ります。




◆毎月5枚半の原稿だからこそ紡がれた、物語の進行と登場人物達の視点。

いきなりあとがきの話から。
著者の宮内氏によると、本書は毎月発行されていた「IN POCKET」にて5枚半の原稿で掲載されていたものになるとのこと。そう知った時に構成自体に合点がいった。全ての話がおおよそ5ページ半であり、さらにはそれぞれ登場人物が五月雨式に出ては引っ込んで視点を変えて語られていく。一貫しているのは、どうやら皆“イシュクト山”一点に向けて話が進んでいることのみ。

細かい描写や言葉選びもきっとその時思い浮かんだものを鮮度良く使われている印象である。本格的なSF等を重厚に書き上げるのとは違い、より自由度高く書きたいことをたくさん詰め込むことができたのであろうことは、登場人物が皆魅力的なことにより一層感じられる。
もしかすると読み始めは若干迷子になるかもしれない。しかし慣れればどの人物(もしくは場面)の話かは分かってくるのでまずはどんどん読み進めてみることをオススメする。



◆300にも上る註が生み出す“隣でつぶやく作者”の存在と可笑しみ。

おそらく読み終わった一部の読者は本書を奇書と思うかもしれない。
それはなぜか。
本書には本文中に300にも上る註が所狭しと挿されている。註というのは、一般には引用されている文献の紹介や読む上で理解すべき知識の補足の為に挿されるものである。しかし本書ではそうした機能以外に、その時著者が何を思いながら(場合には思い出しながら)書かれているのかがそのまま註として多く挿されている。つまり心の声をそのまま乗っけているのである。

正直、これがこの物語を加速度的に面白くしている。
それはまるで、読んでいる自分の隣に著者がおり「ここは実はね・・・」と私自身につぶやいてくれているかのようである。中には物語に関係ない註も多いものの、ついつい都度註を読みながらその可笑しみを感じ進めていくのである。
ここでは自分の好きな註を一部紹介しておこう。


【茶の間】ダイニングかリビングかわからないが、考えずに感じてもらいたい。
【熱海】妻の運転で伊東を訪ねた際、熱海で迷ってぐるぐると市内を回りつづけることになった。この一件は「エンドレス・アタミ」として夫婦のあいだで記憶された。


さぁ、いよいよどんな話なんだ、という声が聞こえてくるようだ。



◆プログラミングこそがリアリティーを補強し、旅こそがファンタジーを補強するということ。

著者は以前プログラマーとして仕事をされていた経験があるとのこと。そうしたプログラミングに関する数多くの用語を様々な場面で用い、語られる世界がどのようなものかを設定することが上手くできている。
一方本書を書くに当たって大きなインスピレーションを与えているであろう大学卒業後の海外旅行での経験を、それぞれの登場人物がイシュクト山に向かう道中の描写(並びに多くの註)として多く加えられている。

一件縁遠いはずの、プログラミングがフィクションである物語にリアリティーを持たせており、旅の描写は逆に経験の少ない私にとってはファンタジーの世界であることを強化しているように感じられた。きっと旅慣れしている読者からすると、逆の印象を感じるはずである点が本書を他者と共有したくなる大きな動機のなっている気がする。
そしてこうしたプログラミングや旅の描写にこそここぞとばかりに註が入り、結局のところこの物語をより壮大且つ緻密なものにしているものだから手がつけられない。参りましたの一言である。




さぁ、ここまでとしましょう。
物語本編の内容にほぼ触れていないのは、やはり初見はできるだけ知らずに読むことを推奨したいがためである。そして作品の影響かこの書評の文章の雰囲気が変わってしまった。
ま、そこも含めてゆるりと楽しみましょうか。
では、次回乞うご期待。



yururi

※作品情報
タイトル:『偶然の聖地』
著者:宮内悠介
出版元:講談社文庫
価格:税込836円

#ゆるり書評  #偶然の聖地 #宮内悠介 #アフター6ジャンクション #utamaru

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