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死ねない朝と待ち合わせ

34歳になった。
今年の誕生日は有難いことに多くのお祝いと愛情と言葉を頂いて嬉しいことしか起きなかった。
渋谷の靖子ちゃんと向井さんのツーマンでは真前に向井さんが実在して目を細めて笑ってくれて、ZAZENとナンバガをMD(MD!)で繰り返し聞いた高校時代が報われたような気になった。
靖子ちゃんはフロアの客全員一瞬も自分から目を離さないように一人残らず倒すという様な気迫の籠った大変良いライブだった。

対バンする時のバキバキの靖子ちゃんが大好きで純度100パーセントの戦闘モードに痺れました。大好き。

そんな一日があけて、今日。
自由字架ツアー仙台は秋晴れの日で、誕生日が続いているように良いことしか起きず観光でなんだかんだと開場にすこし遅れて辿り着いたライブハウスの4列目で、靖子ちゃんと対峙した。

普段靖子ちゃんのライブで泣くことはほぼ無い。そもそもどんなにしんどくても人前でまず泣けない。周りの目が気になるし感情的になりかけると直ぐに冷静な自分が出て来て、特に周りに人がいる様な没入感が足りない場所だとどうしても泣けないことが多い。(配信だと一人なのでボロ泣きする)
でも今日は違った。

おや、と思った頃には号泣していた。メイクが全部落ちた。抱えていたものが全部全部、吐き出すように流れ落ちた。
靖子ちゃんはデトックスも出来るのかとその多才さに驚いた。

一部の途中、①④才を聞いて許そうと努力して許せなくて、時間をかけて許せた人を、唐突に思い出した。

14年もの間側に居て誕生日におめでとうを言ってお祝いしてくれていた人が居なくなって一年半が経つ。いつか終わる愛も惜しみ無く与えてくれる優しい人だった。

その声が無くなってからも今年は、私が作った新しい繋がりの中で、沢山のおめでとうを貰えた。
朝が来る度にまた一日を始めなきゃいけないことに絶望してなんとか生き伸ばすうちにここまで来た。
強くなりたい、美しくなりたいを叶えるために私は強い、美しいを繰り返し言い続けた一年だった。
去年の誕生日に、全部全部許そうと思えた。
あれから一年。

今、仕事も順調で家族仲も良好で新しい友達も増えて毎日が楽しい。
あの絶望の中で諦めなくて良かったと強く思う。
靖子ちゃんと靖子ちゃんが見せてくれた世界に本当に心の底からものすごく救われたと思う。
朝が来るのが辛くて、一人で生きなきゃいけない現実を見るのが嫌だったあの頃から強くなれた。あの経験をしたから私はきっと変われた。

真夏の卒業式。
夏に着たいなと、浴衣を買っていた。
これまで着たことのある可愛いものではなくシックな大人っぽい緑の浴衣を、来年の夏に着ようねと言って買った。
その夏は来ないまま季節が一巡して秋になった。
さようならは言ってあげない。
いくつもの季節を一緒に生きてきた。お互いが自分の人生を生きて、それがもう重ならなくなった。ただそれだけ。
だから何も言わない。

そんな事をライブ中にずっとずっと考えていたら真っ赤なウサギの目になるまで大泣きをした。

誕生日を迎えて生まれ直して、住んでる場所から遠くに来て、今日がちょうど鎧を脱ぐタイミングだったのかもしれない。
死にたかった朝に死ねなくてこうして心が震える経験が出来ている。
偶然出会ったんじゃなく、靖子ちゃんと待ち合わせてここまで生きてきた。

死神の歌詞の、僕をぼろぼろにした全て、どうしても殺したくて、でも僕が僕だけを殺して来たを聞いて思う。
他人は変えられない。
自分を殺さないと自分だって変えられない。
何度これまで自分を殺して作り替えてきただろう。そうして変われた事を誇らしく思う。
だからわたしはもう、大丈夫。

そうして新しい自分で生きて、出会って、あの朝を越えて、待ち合わせが出来た今を嬉しく思います。

まとまりのない、またパーソナルな感想でした。
寄り添う音楽をありがとう。靖子ちゃんが大好きです。