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映画『女王陛下のお気に入り』【女たちの邪魔をするな】

レビューシリーズ【女たちの邪魔をするな】、第一回は本年度アカデミー賞にもノミネートした話題作『女王陛下のお気に入り』です。
※以下、記事内で史実程度のネタバレがあります

プロローグでは、「女たちの友情や連帯や協力が描かれるとき…」と書きましたが、こちらは女たちの骨肉の争いが描かれている映画です。
しかし、世に溢れる「キャットファイト」とか「女同士の泥沼」の話とは何かが違う。
その「何か」とは、女たちの世界が邪魔されない描き方によって、その誇りが守られていることかもしれません。

登場する3人の女性は、陥れ合い、支配を奪い合いながらも、彼女たちだけにしかわからない言語を持ち、そこには誰一人として男は踏み込めない、プライドの檻に閉ざされた3人の世界を持っているように思えたのです。

18世紀初頭の女たちの世界

18世紀初頭のイングランドの女王アンと、その寵愛を奪い合う2人の女性の物語。この3人は、みな歴史上の実在する人物です。
アン女王が幼馴染みの侯爵夫人サラ・チャーチルを寵愛し、政治的にもチャーチル夫妻に大きな権限を持たせていたこと、軍事政策の考えの不一致から決別したこと、その後サラの従妹のアビゲイル・ヒルを重用したことは史実だそうです。
決別する前のサラとの親密さには実際同性愛の噂があったそうで、その女同士の関係にスポットを当てて描いたのが本作というわけです。

女王として君臨する貫禄の中年女性でありながら、少女のように無垢で不安定な精神を持つアン
アンへたゆまぬ愛と奉仕を捧げながらも、幼馴染みとして遠慮ない物言いをし、加護者として支配するサラ
そんな2人の関係に割って入る、貧しさと暴力の生活から抜け出すためなら手段を選ばないアビゲイル

3者とも他人を侵害し、利用し、身勝手に振る舞う人間であるにもかかわらず、3者ともにどこか共感するところがあり、味方したくなってしまう人間描写が実に巧みです。

アビゲイルが職を求めて城に向かう最初のシーンで、彼女は乗り合い馬車で最悪のクソ男に出会います。
このクソ男はただのモブでその後一切出てこないのですが、女が馬車に乗るだけでどんな嫌な目に遭うのか示したこの描写は、現代日本の電車内で日常的に起こっていることと瓜二つです。
これはまさに、この映画がどういう気概を持った作品なのかという名刺代わりのシーンでしょう。

この名刺通り、その後男性の登場人物は出てきますが、彼らの言動がこの3人の女性を動かすことはほぼなく、女たちの思惑によってのみ物語は展開します。

愛を蝕む権力社会

しかし、その結果3人それぞれに訪れる悲劇は、女性が自分の魂を守るために傷つけ合うしか仕方のなかった、この時代の悲劇のように感じられます。

サラはアンを愛していたし、護ろうとしていたけれど、アンを精神的にも政治的にも支配していた。政治的な思惑が先だったのか、アンへの支配欲が先だったのかは定かではありません。しかし、権力社会へのコミットとアンへの愛を切り離せなかったのは確かでしょう。

そんなサラと決別することは、もしかしたらアンにとって、訪れるべくして訪れた未来だったのかもしれません。アンは単にアビゲイルに騙されたのでなく、国政を司る女王として、もしくは人間としての誇りにかけて、あの選択をしなければならなかったのではないか…と、私は思うのです。

王室の権力争いとは全く違う貧者の世界からやってきたアビゲイルは、その美しさを道具として使うことしか知らず、愛も友情もイデオロギーも持たない存在。機知に富んだその頭脳も、彼女は再び貧しさに落ちないため、のし上がるためにしか使いません。

王室という最高権力者の世界でも、その日暮らしの貧者の世界でも、権力が愛や友情を蝕む構図は同じ。彼女たちはみな、権力に愛を喰らい尽くされた存在なのです。

実際にアン女王やサラやアビゲイルが、同性愛による愛憎劇を繰り広げたかどうかは定かではありません。
しかし、世が世なら女性同士の愛情や友情によるパートナーシップやコミュニティで、幸福な関係性を築けたかもしれない、こういう女性たちは本当にいたのではないでしょうか…。

描かれているのはそんな、時代と社会によって愛を奪われた女性たちの悲劇。それは権力争いの担い手である男たちによって奪われたともいえます。

しかし、彼女たち3人の世界で男たちはあくまでも周縁です。
男の作った世界で潰された女の悲劇を描きながら、女たちの世界だけは男に立ち入らせない。
そんなとてつもない離れ業をやってみせたのが、この映画のわけのわからない魅力の理由なのではないでしょうか。

他にもうさぎの描写の妙とか、サラの満身創痍になってからの恐ろしいほどの美しさとか、語りたいポイントがたくさんあるのですが、それはきっと他の方のレビューで見れることでしょう!
『女王陛下のお気に入り』、百合人としておすすめです。

文・宇井彩野

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