異国に住む、砕けない

 よくカルチャーショックで苦しむ留学生の話を聞く。

 イギリスで暮らし始めて二か月だが、苦しいと思ったことがない。

 今日初めてまともな日本食をレストランで食べた。イワシの焼き魚と天ぷらと白米。とてもおいしかった。店員さんの何人かは日本人で、メニューもとても日本的だった。京都の五十棲みたいな感じで、値段は少し高めだった。

 それだけ。別に泣き出すほど懐かしい味ではなかった。

 夜の8時に一人でソーホーをうろつく。ちょっと道に迷ってしまったが、先週火曜日に見つけたお花屋さんのあるコベントガーデン近くの角に出たので、少し安心して上を見上げれば、クリスマスデコレーションが金色の光をまたたかさせていた。

 広場ではGQのレッドカーペットイベントをしていて、私とはおそらく一生人生の線を交えることのない人々が、カメラの前で蠱惑的に微笑んでは新装されたレストランに消えていった。その建物の二階に目を映せば、きっと美しいのだろう人々のシルエットが、私が暗闇を透かそうとするのと同じ表情をきっと浮かべて下をのぞき込んでいる。そして彼らの背後には天使像がそびえたっている。

 帰ったらすぐシャワーを浴びよう、すっかり凍えてしまった。そう思って踵を返してから1時間後、私はこうやって文章を書いている。

 まるでフワフワ浮かんでいるかのように、私は一人暮らしや留学が寂しいとか、辛いとか感じていない。何かがきっと私には欠落しているのだと思う。

 痛みを感じなければ私たちは馬鹿なことをする。

 このままでいいのだろうかと、酒に酔ったかのような漠然とした不安と、現実に戻ってこれない幸福感のあいまに、私はいる。

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?