渋谷の真ん中で
今日、すごい瞬間を見た。
渋谷のスクランブル交差点を、ちょうど渡り終えたときだった。アメリカ人とおぼしき観光客のカップルが、楽しそうにキスをしていた。
「ああ、こんな姿を撮らせてほしいな」心の中でそう思ったけど、話しかける勇気なんてさらさらなかった。
ところが。その瞬間、カメラを持ったおじいさんが突如現れた。
おじいさんはにっこり笑うと、カップルに向けてこう言った。
「ショウミー、ユア・ハピネス・キス!」(あの幸福そうなキスを、もう一回してみせて!)
そう言われたふたりは、ちょっとはにかみながらもう一度キスをした。おじいさんは、にっこり笑うとパシャリとシャッターを切った。次の瞬間、カップルはもう横断歩道に向けて歩き始めていた。
時間にして、30秒にも足らない出来事。目の前で見ていた私は、ただただびっくりするばかりだった。
私が知らない人を撮らせてもらうときは、いつだって緊張する。「撮ってもいい?」その一言を発するのに、頭の中で5回くらい迷う。断られたらどうしよう。嫌がられたらどうしよう。でもそのおじいさんは、あっという間に笑顔を切り取った。
気がつくと私は、そのおじいさんに声をかけていた。
「すみません」
いきなり話しかけられて、彼はちょっと驚いたようだった。
「私、写真の勉強をしている者です。さっきの一部始終を見ていて、あまりのスマートさにびっくりしました。私には、あんなにさらりと写真を撮る度量はありません」
そう言うと、彼はこう教えてくれた。
「コツがあるんです。笑顔だ。笑顔で話しかけるんですよ。こっちが緊張してちゃあ、撮られる相手も堅くなっちゃうだろ?」
たしかに、彼の言うとおりだ。
「あなたが素敵だから、ぜひ撮りたい。その気持ちが伝われば、案外うまくいきますよ」
そっか。どう話しかけような、とか、なんて言えば怪しまれないかな、とか小手先のことばかり考えてしまうけど。大事なことはやっぱりシンプルなんだろう。
「写真って、おもしろいものですよねぇ」と笑うと、彼はまた雑踏の中に消えていった。
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