義理の祖母のお葬式に参列した話

夫の父方のおばあさんが亡くなった。

結婚して9年になるが、私は義理の祖母に数えるほどしか会ったことがなかった。
途中で自分たちの海外駐在があり、帰国後すぐにコロナ禍になり会えなくなって、落ち着いた頃には義理の祖母はいつのまにかサービス付き高齢者向け住宅に入居していた。
ご主人は私が夫と結婚した年に亡くなっており、施設に入居するまでずっと未婚の叔父と暮らしていた。
叔父は愉快な人だ。多趣味で遊び仲間が多く、なんというか独自の世界観を持っていて、会いに行くといつも私の知らない話をしてくれて発見や驚きを与えてくれる。そんな快活な叔父に甘えて、安心しきっていたのが本音だ。

祖母は、施設の介護ベッドの上で、叔父に見守られながら眠るように息を引き取ったそうだ。
施設に入居するまで一緒に暮らしていた叔父はきっと寂しさを感じているだろう。心中を思うと胸が痛んだ。

亡くなって葬儀の日取りを整えるまでの段取りは、喪主である義理の父ではなく弟である叔父がほとんど取り仕切っており、参列した親戚一同も叔父を喪主のように扱うので、義父の当主という肩書は名ばかりのものだった。
実際、最も義務感を持って準備にあたっていたのは叔父だった。義父は葬儀の日程を決める大切な日に仕事仲間との約束を優先して、喪主でありながらすぐに駆けつけなかった。義母はそんな旦那の行動に腹を立て、その鬱憤を晴らすために嫁である私に朝早くから電話をしてきて、過去の話まで引っ張り出して八つ当たりしてきた。二人の頼りない大人の相手をしながら、親戚、組合、セレモニーホールとやり取りしていたのは叔父だったようだ。

義理の祖母はきょうだいが多く、地元でも顔が広く人望があったため、葬儀にはたくさんの人々が駆けつけてくれた。祖母の親戚はみな気さくで優しく、頼まれずともお互いにコンタクトを取りながらテキパキと行動してくれた。そして心から祖母の死を悲しんでおり、笑いながら、ときおり鼻をすすりながら、たくさんの思い出話を語り合っていた。

一方親族側はどうかというと、まず喪主である義父は数珠を忘れていたし、義母はペットの世話があるから荼毘の間に一度抜けるなどと話していた。叔父はセレモニーホールの担当者と忙しなく打ち合わせしていた。叔父は誰よりも気を張り詰めながら、それでいて周りへの気遣いを絶やさず、結果的に最後まで立派に親族としての役目を務めた。その姿は誰がどう見ても、叔父が喪主だった。

叔父の尽力があって葬儀はつつがなく進み、荼毘に付すため祖母の肉体と別れを告げる時間がやってきた。
「お顔を見られる最後のお時間です」
色とりどりの花々で棺の中をいっぱいにしたところで、親戚の方々は目に涙を浮かべながら最後の挨拶をしていた。
私は一歩引いて立っていたら叔父が隣にやってきた。どうやらみんなに遠慮していたようだ。どうぞと声をかけて棺の方へ促した。

叔父の目にも、薄っすらと涙が滲んでいた。思春期の子どもがよく見せる、母親と面と向かって話をするのが少し照れくさいような、そんな複雑な表情をしていた。
ゆっくり、ちょっともじもじしながら棺に近づく叔父の姿を、私は後ろから見つめていた。
親の介護や看病は、きっと綺麗事だけでは務まらなかっただろう。叔父自身の人生もある。様々な葛藤のなかで祖母に寄り添い続けた叔父は、今何を思っているのだろう。気がつくと私の目からは止めどなく涙がこぼれ落ちていた。

叔父は母親を見つめたあと、少しかがんで優しく棺の中の顔に触れた。なんだか時が止まったように静かで、尊くて、儚くて、愛に溢れた瞬間だった。叔父の小さな背中から、別れを惜しむ切なさが苦しいほど伝わってきた。あの広くて立派な日本家屋でふたりきりで過ごした、長く穏やかな日々を想った。

もしかしたら、理想的な親子関係ではなかったかもしれない。親子とはいえ大人二人で暮していたのだから、お互いに対して不満もあったろうし、言い合いや喧嘩もしただろう。だけど普段からいっぱい会話をしているんだろうなということは、会いに行くたびに感じていた。互いの近況、叔父が畑で育ててる野菜の様子、祖母の新しい趣味、この間遊びに来た親戚の人の話。二人の中ですでに十分共有された情報を、いつも楽しそうに私たちに話してくれた。
実の両親と折り合いが悪く、義理の両親にも心を開けない私には、二人の姿が眩しかった。叔父が最後のあいさつを交わしたときの、ほんの数秒流れた二人だけの時間が、羨ましくてたまらなかった。お葬式の最中に抱く感情としては不適切かもしれないが、家族っていいなと思った。私はきっと、この気持ちを一生忘れないだろう。

帰りの車の中で、最後、叔父さんはおばあちゃんになんて声をかけたんだろうと思いを馳せた。じゃあねとか、いってらっしゃいとか、そんなありふれたいつものあいさつを交わしたように見えた気もした。
いいお式だった。


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