いつでも空色染め(藍の生葉染め)の方法を紹介します
こんにちは、ゆりくまです。8月に入って毎日暑いですね。
7、8月の、この暑い時期限定の植物の色遊びに藍の生葉染めがあります。
建染めと呼ばれる本格的な藍染めでは、一度生成させたインディゴ色素(蒅(すくも)や乾燥葉、沈殿藍)を発酵や薬品の力で再還元してから布に染め付けます。何度も染め重ねることでジャパンブルー、深い藍色を染めることができます。
一方 生葉染めは、積みたての藍の葉から、水と風と光の助けを借りて短時間で一気に染め上げます。染め重ねると色が悪くなると言われており、一回で薄い浅葱色から見出し写真のような鮮やかな水色を染め上げます。
花が咲く前に生の葉を手に入れられなければできない生葉染めですが、その染まる原理を知って、適切に葉を処理して保存することで、季節や場所を問わずに同じ空色を染められる方法があるのです。
2001年に武庫川女子大学の牛田研究室が報告した方法で、そのレポートや牛田先生のサイトは最後に記載しておきます。
この夏、タデアイの生藍をたくさん手に入れることができたので挑戦してみた結果と、わたしなりの補足を整理します。生の葉ではなく加工した葉を使うので、この文中では本当の生葉染めと区別するために「いつでも空色染め」と名付けています。
ご参考いただき、チャンスがあれば是非やってみてください。
基本の藍の生葉染め手順
1)染めたい布と、布の重さの2〜5倍程度の藍の葉を用意する。
※布はシルクが簡単。事前に糊抜き等の前処理を行い、染める前に濡らして軽く絞っておく。
2)葉に少量の水を加えてミキサーにかけ、青汁にする
3)布や目の細かいザルで青汁の固形分を漉して大きい容器に移し、適量の水を加える(布が十分浸ってゆるゆると動かせる量)
4)布を青汁に浸し、染めむらがないように動かしたりかき混ぜたりしながら好みの濃さになるように染める
5)布を軽く絞って広げて干し、十分に空気にさらして酸化・発色させる(30分程度目安。この時点では青緑色)
6)水を替えながらよく洗うと鮮やかな空色になる。絞ってよく乾かす。
2)〜4)までは手早く、20〜30分以内に終わるように。またなるべく液に空気を含ませないように行う。
藍染めの化学
藍染で青が染まる イコール インディゴ色素が生成する仕組みを説明します。 下の図をご覧ください
左から、
藍の生の葉藍の中にはインジカンというインディゴのもとになる物質が含まれます。インジカンはインドキシルとグルコースが結合した物質で、無色のため、藍の葉は青くなく、緑色です。
また、葉の中にはインジカン中のインドキシルとグルコースの結合部分を切断できる酵素も含まれていますが、葉が元気で生きているうちは酵素とインジカンは出会うことがないようになっています。
中ほど、
緑の葉を摘んでミキサーにかけたり、自然乾燥させたりして細胞が傷つくと、この酵素とインジカンが出会って分解反応が起こります。
分解で生成したインドキシルは空気に触れると酸化され、またインドキシル2分子が結合して右上のインディゴが生成します。
生葉染めはここまでの化学反応を起こさせて布上にインディゴを生成させています。
右の青枠は建染めの化学反応になります。建染めの素材の蒅や乾燥葉にはすでにインディゴが生成しています。水に溶けないインディゴはそのままでは布に染め付けられないため、微生物による発酵や薬品による還元反応で水に溶けるホワイトインディゴ(ロイコ体、ロイコインディゴ)に変換して(このことを藍を建てると言います)、ホワイトインディゴを繊維に染み込ませ、再び酸化してインディゴに戻すことを行っています。
生葉染めではシルクやウールのような動物性の繊維がよく染まり、綿や麻のような植物性の繊維(セルロース)は染まりにくいのに対し、建染めでは植物性の繊維もとてもよく染まります(動物性の繊維も染まりますが、染液が比較的強いアルカリ性のため、繊維が傷みやすくなります)。これはインディゴの前駆体であるインドキシルとホワイトインディゴの繊維への親和性の違いによるものであろうと考えます。
「いつでも空色染め」の原理
薬品や発酵不要の生葉染めが生葉でしかできない理由は、葉を長期保管できる状態、例えば自然乾燥させたり冷凍したりすると、細胞が傷ついてインジカンと酵素が出会ってインドキシル、そしてインディゴが生成してしまい、藍建てなしでは染まらなくなるからです。
この酵素を働かせないようにしてインジカンのまま保存することができれば、そしてそのインジカンに後から別に酵素を加えれば、そのタイミングで生葉染めと同じ薬品なしの染色ができるのではないでしょうか。それを実現するのが「いつでも空色染め」です。
「いつでも空色染め」では、(A)酵素を失活させた乾燥葉 と、(B)酵素が活きたままの乾燥葉 の2つを作り、別々に保管します。染めたいときに(A)と(B)を合わせることで酵素によるインジカンの分解反応からの生葉染めがスタートします。
どのくらいの布をどの程度の濃さに染められるかはインジカンの量、つまり(A)の葉の量によります。酵素は反応を進める触媒として働くので、(B)は(A)に対して多くを用意する必要はなく、牛田研究室のレポートでは(A):(b)=6:1 としていますが、10:1 程度でも大丈夫です。少なすぎると分解反応に若干時間がかかることはありますが、むしろ生葉を使うときよりゆっくり作業できるメリットもあると考えます。
「いつでも空色染め」用の乾燥葉の作り方
◆(A)酵素を失活させた乾燥葉
酵素は一般的に熱に弱く、60〜70℃以上で失活します。一方インジカンは熱に強く、熱湯でグラグラ煮出して抽出できることがわかっています。この性質の差を使って、つまり細胞が壊れて活きた酵素がインジカンに出会う暇がないほど短時間で一気に加熱してしまえば、インジカンを残して酵素だけを失活させることができます。
短時間での加熱→保管に適した乾燥 までを一気に行うことができるツールが、電子レンジです。
電子レンジによる乾燥葉の作成
1)生葉をキッチンペーパーを敷いた耐熱ガラスや陶器の皿に広げる。
2)ラップなしで、ほぼカサカサになるまでレンジ加熱する(加熱時間目安は別記)
3)荒くほぐして、冷ましながら完全にカサカサになるまで自然乾燥し、湿気させないように保管する(海苔やお茶の保管と同様)
写真 左(生葉)→ 右(レンジ乾燥葉):こんなに嵩が減ります
30グラムの生葉が5グラムになりました(約17%)
加熱時間目安(600ワットの場合)
・・10グラム : 1分 〜 1分10秒
・・20グラム : 2分10秒 〜 2分20秒
::30グラム : 3分 〜 3分10秒
・・以下10グラム増えるごとに 1分追加
注意点など
・一度に多くの量を処理しようとすると積み重なりが多くなり、加熱ムラが発生しやすいので、20〜30グラムくらいがちょうどいい
・完全に乾燥するまで加熱すると加熱ムラで焦げる場所が出てくる危険があるので、部分的にしっとりしている場所が残るくらいでやめて、後は自然乾燥くらいで十分。数時間でカサカサになる
◆(B)酵素が活きたままの乾燥葉
1)藍の葉を摘み、ザルや新聞紙の上で自然乾燥させる。インジカンの分解反応→インディゴの生成が起こって葉に青みが出る。夏場であれば1〜2日で乾燥できる。
2)(A)と同様に、湿気させないように保管する。
写真 左が(B)、右が(A)
「いつでも空色染め」の染め方
◆用意するもの
・染めたい布 : シルクが簡単。事前に糊抜き等の前処理を行い、染める前に濡らして軽く絞っておく。
・(A)レンジ乾燥葉 : 布の重さの40%〜当量(100%)程度
・(B)自然乾燥葉 : (A)の10%〜20%程度
※(A)(B)はそれぞれ手で揉むかミルで粉砕する。出汁パックに入れると漉すのが楽
・染める容器(染液として、布が十分浸ってゆるゆると動かせる量、少なくとも布の重量の50〜100倍くらいの水が入る鍋やバケツ)
・熱湯(染液のうち9割くらい)、残りは水で
・その他、抽出用の容器など
◆手順
1)染液となる水のうちできるだけ多くを熱湯にして、粉砕した(A)レンジ乾燥葉を入れ、5分煮出してインジカンを抽出する。そのまま40℃以下になるまで冷ます(煮出さず浸して冷ますだけでも良い)。温度の下がり方にかかわらず少なくとも30分程度は抽出する。冷めたら目の細かいザルや布で漉す(出汁パックを使っている時はそのままでも良い)。→以降 A液と呼ぶ
2)別の容器に、染液の1割くらいの水またはお風呂程度のぬるま湯と粉砕した(B)自然乾燥葉を入れ、酵素を抽出する。少なくとも30分程度はおく。→以降 B液と呼ぶ
3)A液が冷めたらB液を漉して合わせる(出汁パックを使っている時はそのままでも良い)。必要に応じて水を足して適量の染液とする。10分程度置いて分解反応を始めさせる
4)布を染液に浸し、染めむらがないように動かしたりかき混ぜたりしながら好みの濃さになるように染める。A液とB液を合わせてからの時間によるが、比較的ゆっくり、時間をかけて染めることができる。
5)布を軽く絞って広げて干し、十分に空気にさらして酸化・発色させる(30分程度目安)
6)水を替えながらよく洗うと鮮やかな空色になる。絞ってよく乾かす。
上記手順では(A)と(B)を漉してから合わせるとしていますが、合わせてから漉すのでも構わないし、牛田研究室の手順では冷まして漉したA液に(B)の自然乾燥葉を入れて1時間抽出という順番です。この辺りはあまり厳密に考えずに、以下のポイントだけ守って、後は道具や量に応じて臨機応変に考えていただければいいと思います。(次章参照)
◆外してはいけないポイント
・(A)インジカンの抽出にはお湯を使う方が効率がいいが、(B)酵素は熱に弱いので必ず水かぬるま湯を使う
・抽出には30分以上かける
・AとBを合わせてから染め始めるまでは水に空気を含ませるようなことを避ける
実験結果
はじめの写真は予備実験で、この時は(A)6枚分と(B)小さめ1枚を一緒に粉砕して水に浸し、15分程度で濾さずに染め始めていますが、ちゃんと染まっています。色が出始めるまでに少し時間がかかったと記憶しています。
次の写真の左は上記の予備実験、右2枚はzoomデモの時のもの。
zoomデモでは、A液は熱湯を注いで煮立てずに抽出、B液は水で抽出したものを、両方とも漉してから混ぜ合わせ、時間をおかずに布を浸しました。
やはり色が出始めるまでに5分ほど、シルクが濃い色に染まるのには20分以上かかりました。AとBが混ざった後、分解反応がある程度進まないと染まらないということですね。このデモでは木綿も一緒に染めました。シルクとはまた一味違う爽やかな水色で、十分な量の素材(葉)を使えば綿でも生葉染めができることがわかりました。
まとめ
藍の生葉染めは、生葉を揉んだりミキサーしたりすることで青色色素インディゴの前駆体であるインドキシルを生成する酵素反応(インジカンの分解)を起こしている。
電子レンジを使って生葉を急激に加熱することで酵素を失活させ、インジカンのみを含有する乾燥葉を作成できる。
一方、自然乾燥葉には活きた酵素が保持されている。
「いつでも空色染め」では、それぞれ保管してあった、インジカンを含むレンジ乾燥葉と活きた酵素を含む自然乾燥葉を合わせて使うことで、インジカンの分解反応を起こし、生葉染めと同じ鮮やかな空色を染めることができる。
参照情報
◆川崎充代、牛田智 「いつでもできる藍の生葉染め-藍の生葉の保存と染色方法」、染織αNo246、p69-72 (2001)<2001年9月号>
◆牛田智、川崎充代 「インジカンを保持した状態での藍の葉の保存とその染色への利用」、日本家政学会誌、52巻、1号、p75-79(2001)
◆牛田研究室のサイトの紹介ページ
https://www.mukogawa-u.ac.jp/~ushida/itsudemo.htm
牛田先生には、赤色色素インジルビンの抽出成果についてアドバイスいただくなど色々お世話になっております。ありがとうございます。
もしお心に留まったなら、サポートいただけるとうれしいです。 ご支援はせっけんや色の研究に使わせていただき、noteでご報告いたします。