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理系ハーバリストはジンジャーシロップを作りながら蒸留器の冷却部について考察する

ハーブやアロマセラピーを学んで活用されている方の多くはお家で蒸留してハーブウォーター(芳香蒸留水)を作られている、または作ってみたいと思われていることでしょう。様々なサイズやコンセプトの家庭用蒸留器が販売されているし、お鍋を使って作ることもできます。もちろん私もそのクチです。自分のコスメやハウスケア用なので、素材も少しで済む小さめのものをもっぱら使っています。

ところで2020年の夏もやっぱり暑かったですね。
シャワーの後にスキッと辛めの自家製ジンジャーエールをいただくために、新生姜が出始めると必ずジンジャーシロップを作ります。
ハービックという家庭用蒸留器の鍋部分を使って煮詰めると、蒸気と一緒に揮発した生姜の香りもハーブウォーターとして捕まえることができて、全く甘くないジンジャーウォーターも作れちゃったりするんです。
主役はお鍋のジンジャーシロップの方だから、蒸留水は火が通るまでの間に逃げる蒸気の分だけ、少しだけ楽しめればいい。だから時間は短めに、蒸気を冷やすのに使う氷も少なめに、と準備しながら、ああ、そういえばこういう熱量の計算をちゃんとしてみたことがないなと気がつきました。

あ、普通は熱量の計算なんかしなくていいんです。試験に出ません。ただワタクシ本業がエンジニアなんです。工業的な蒸留装置をいっぱい設計していて、だから職業病です。気にしないでください。

※こういう蒸留塔ね(Free素材.comより)

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ガスコンロで使えるくらいの比較的小さな蒸留器の場合、加熱源は連続供給可能でパワーがあることが多いのですが、冷却側はマメに水や氷を入れ替えたり循環ポンプをつけたり水道直結のプチ工事をしたり、とにかく大変になりがちなので、自分が使う蒸留器がどのくらいの冷却パワーを必要としているのか、知っておくといいかなぁと思ったりしちゃうのです。

ここからの話は、数字が出てくるけど構えずお気楽に。。。
カガクといわれると構造式が出てくるケミカル、バケガク(化学)ばかりをイメージする人が多いように思うけど、サイエンス(科学)の目線も大切に。
普段何気なく使っている蒸留器の冷やし方と採取できる蒸留水の量の関係がなんとなく解る、大きい蒸留器を使うのは結構大変な気がしてくる、そしてゆりくま家レシピのジンジャーシロップを作りたくなる(ここ重要)、ことを目標にお送りします。

そもそもハービックってなに?

芳香蒸留器ハービック(herbique)とは、家庭用ハーブウォーターメーカーのひとつで、半磁製(土鍋と蚊遣り豚で有名な四日市の萬古焼)、三重県津市のタナカ園芸さんが販売しています。タナカ園芸さんはメラレウカ(いわゆるティーツリー)やその近縁種の育成、販売をされているナーセリーです。メディカルティーツリー精油も自社で製造販売されていますが、家庭でも気軽に蒸留を楽しんでもらいたいと、ハービックを開発されました。

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写真のように3パーツで構成されていて、一番下が土鍋で加熱される部分、中段の取り出し口があるものが蒸留水のコレクター、上部の筒のようなものが冷却器で、お椀を伏せた形の底がついていて水や氷を溜めることができます(この後の写真を見てください)

家庭用蒸留器としてはゴツい感じでガラス製のもののようなエレガントさはありませんが、やきものなので金属臭がつかないこと、そしてなんといってもお鍋部分が萬古焼の土鍋そのものなので、煮炊きに使っても大丈夫なんです。蓋がないので普段の料理に使ったりはしませんが、「ハービックジャム部」と称して、お花やハーブだけでなくフルーツとお砂糖を入れてジャムを作りながらその香りを蒸留水として採る使い方を楽しんでます。今回のジンジャーシロップ作りもジャム部活ですね。
(タナカ園芸さん、ハービック、ジャム部活動などのリンクは文末に)

ハービックでわかる、氷の量と蒸留水の量の関係

ハービックの取説には「(冷却部に)いっぱいの氷を入れて加熱して、氷が解けたら火を止めて、冷ますと約100mlの芳香蒸留水ができる」という主旨のことが書いてあります。
これ、本当にそうなんです。ガス火でもIHでも、氷が解けた頃に80ml強の留出があって、火を止めて冷めた頃には(本体に残っている液滴が出てくるので)約100mlになっているのです。

勘のいい方は気づかれたと思います。とっくに気づいていた人もいるでしょう。
「解ける氷の量」と「採れる蒸留水の量」に関係性があります。
この関係性を熱量という状態量で説明してみようというのが本稿の狙いです。

まず氷と水と蒸気の関係

計算を始める前に、水の状態変化と熱量の関係を整理します

状態変化とは物質を冷やしたり温めたりすると、水(H2O)であれば
氷←→水←→水蒸気
のように温度によって状態が変わることです。この状態変化が起こっているとき、物質は熱を吸収したり放出したりしています。この熱を「潜熱(せんねつ)」といいます。液体と気体の間が蒸発潜熱、固体と液体の間が融解潜熱です。また、同じ状態で温度が変化するときに出入りする熱を「顕熱(けんねつ)」といいます。

水の蒸発潜熱と融解潜熱、液体の水の顕熱を下の表にまとめています。
値を覚える必要はありませんが、イメージだけ持っておきたいのは、顕熱に比べて潜熱の方が桁違いに大きいということです。(潜熱は温度変化を伴わない状態変化なので1kgあたり、顕熱は状態変化を伴わない温度変化なので1kg1℃あたりの値で、単位が違うため正確な表現ではありませんが)

例えば、融解潜熱と顕熱は約80倍の違いがあります。これはつまり、1kgで0℃の氷が解けることで、同じく1kgの水を80℃から0℃まで冷やすことができるということです。(氷は全部解けて0℃の水になります)。

また、蒸発潜熱は融解潜熱より約6.77倍大きくなっています。
ここが今回のお話のポイントで、結論でもあります。
100℃の水蒸気 1kgを100℃の水にするには2256.5kJの熱を奪う必要があり、
氷を溶かすことで熱を奪うのであれば6.77kgの氷を用意してねということです。

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ハービック冷却部の熱バランス

では、上記の潜熱と顕熱のやり取りを、ハービックの例で見てみます。

はじめに、ハービックの冷却部分にはどのくらいの氷が入るのか(いつも入れているのか)、いつも蒸留が終わった時の水位くらいまで水を入れて量ってみたところ、600グラム(0.6kg)でした。

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下の図はハービックの冷却部の断面図と思って下さい。
ドーム状の冷却面の外側が氷水、内側は下から香り成分を含んだ水蒸気が上ってきます。赤の太い両矢印が熱の出入りです。水蒸気はドーム部分で蒸発潜熱分の熱量を失い、水滴になります。氷は水蒸気が失った蒸発潜熱を受け取って融解し、水になります。

【仮定の計算】

ここで、蒸留が終わった時点で氷が解けた水は0℃より温かくなっているので30℃とします。ドームの下部から外部へ抜き出されてくる水滴も100℃より冷えて60℃になっているとします。(熱バランスに液体の水の顕熱も考慮します)

また、前提として、冷凍庫から出したばかりの氷は0℃ではなく−18℃くらいなので本当は氷の顕熱も考慮すべきであることと、水蒸気は水100%ではなく微量の精油成分を含んでいることの2点は無視します。

図の下の表で、上の温度の条件で、600グラムの氷を使って100グラムの蒸留水を作った時の、冷却側、蒸気側それぞれの状態変化で得たり(プラス表記)失ったり(マイナス▲表記)する熱量を計算してみました。

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冷却側が得た熱量が約275kJ、蒸気側が失った熱量が約242kJです。
冷却側が得た熱量の方が多いのは、冷却側は上面と外壁が外気を冷やしている、つまりハービックの蒸気側だけでなく外気からも熱を受け取っているためです。
単純な割り算で、蒸気側を冷やすことができた効率が88%になります。夏で気温が高かったり、外壁が明らかに結露していたりしていたことを考えると、ちょっと効率が良すぎる(本当はもっと冷気が逃げているはず)と思います。はじめの前提で、氷が−18℃から0℃になる顕熱(約 2kJ/kg)を考慮すると受け取った熱は約297kJ、効率は81%になりました。

【ジンジャーシロップ作りの時】

この時は100mlも蒸留水を出す必要がないので、代わりの目標を60mlとしました。そこで氷の量も6割程度にして、後は同様(とろ火で加熱して氷が解けたら火を止めて覚ます)に操作したところ、得られた蒸留水は70ml弱でした。
予想より若干よい結果になったということです。

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同じように熱量を計算してみると効率は93%でした。

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今回は少なめの実験でしたが、逆に150mlや200mlの蒸留水が欲しいよという場合は、その比率で氷を増やさなければなりません。全部一度には入らないので、およそ氷が解けたところで水を掬い出し、氷を追加する必要があります。

氷を使う場合のまとめ

水蒸気の蒸発潜熱(2256.5)と氷の融解潜熱(333.4)の交換だけで蒸気を水にするには単純な割り算で6.77倍、つまり100mlの蒸留水に対して677gの氷が必要

実際には水の顕熱も使うことができるので、6倍程度の氷で蒸留できた。
(100mlの場合に600g、65ml弱の場合に366g)

ただし、キャンドルで加熱するので留出時間のかかるハリオは冷気も逃げやすいので、この想定より多く必要と考えられる。

氷を使わない蒸留器の場合

ハービックのように小型で水を溜める形の冷却器を持っている蒸留器では氷を使うことができますが、大きめで金属のコイルやガラスの冷却管を使うタイプだと、構造上、こまめな水の入れ替えや、水道直結やポンプで連続的に流通させないと追いつかないものもあります。

氷を使わない場合、冷却に資することができる熱は水の顕熱のみになります。
上記のハービックの例で、600gの氷で100mlの蒸留水を作る設定での蒸気側の熱量(242kJ)を、水の顕熱だけで賄おうとすると、冷却水が15℃から50℃まで温まるとして、

242 ÷ {(50 -15) × 4.19} = 1.42

冷却の効率が100%だったとして約1.4kg、実際にはロスがあるので1.7〜2kgくらいの水を用意して、ハービックの冷却部だとまるっと2回入れ替えるくらいの作業になります。
蒸留水からの倍数で言うと、少なくとも17〜20倍になります。
この倍率は、冷却水の温度がどのくらいになったら交換するかで変わってきます。
ハービックでなくても、冷却器の水をバッチで入れ替える場合は少なくともそのくらい用意してください。
それが無理だなと思ったら、連続的に水を入れ替えたり氷を併用したりする工夫をする方がいいと思います。

水道を直結して連続的に新しい水に入れ替えする場合には、どのくらい流していると意識することは少ないと思いますがそれ(20倍)以上は使っているはずです。

バケツの水を氷で冷やしながらポンプで循環する場合には、直接氷を使う場合と同様で、氷として6−7倍程度は用意しておくと安心ですね。

冷却のまとめ

採取したい蒸留水の量に対して、用意したい冷却媒体の量

■氷で冷却する場合、6−7倍以上

■水で冷却する場合、17−20倍以上

ジンジャーシロップレシピ

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最後に、ジンジャーシロップ、ゆりくまレシピ
水は加えませんでした(心配な人は火にかけるときに足してもよいです)。
スパイスの量はお好みで。倍くらいに増やしても致命傷にはなりません。たぶん。

新生姜 500g : 汚れをとって皮付きのままスライス
砂糖  500g : てんさい糖。種類はお好みで、生姜と同量
レモン汁 1個分 : 50mlくらい? 超適当
好みのスパイス 適量 : シナモン(粗く砕く)、黒胡椒とクローブ(スプーンの背などで潰す)、カルダモン(鞘を裂いてタネを露出させる)、鷹の爪(粗切り)、八角(ひとかけだけ、そのまま)

1) スライスした生姜に砂糖をまぶして数時間以上置き、水分を出す
2) 切ったり砕いたりしたスパイスはお茶パックに入れる
3) 砂糖漬け生姜とスパイスを鍋に入れ、沸いてきたらとろ火で20分ほど加熱
4) 火を止めてレモン汁を加える
5) 荒熱が取れたら生姜を漉してシロップを清潔な容器に移す

残った生姜は捨てないで。冷蔵庫保管でそのままお茶請けにいただいたり、刻んでお料理に使ったりできます。干してさらにグラニュー糖をまぶせば生姜の砂糖漬け風のお菓子にもなります。

今回は4)の工程でハービックを使って蒸留水も採りました。

おまけ

タナカ園芸 https://www.tanakanursery.com

ハービックのページ https://www.tanakanursery.com/item/B000001/

Facebookで「ハービックでハーブ蒸留を楽しむ会」というグループの管理人をしています。ジャム部の活動も主にそちらに。
https://www.facebook.com/groups/1592538634356514

顕熱や潜熱についても説明はこちらもどうぞ
https://www.hptcj.or.jp/Portals/0/data0/hp_ts/ts_course_pro/column/c_03_02.html





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