猫屋敷あもさんがいつでも“猫屋敷あも”を辞められるために——『ブルーピリオド』感想

山口つばさ『ブルーピリオド』を11巻まで読んだ。久しぶりに漫画でボロボロ泣いて、面白さと苦しさの渦に飲まれていたら日曜日が終わった。
未読の方は以下のURLから2話分無料公開されているので、それだけでも読んでみてください。
https://afternoon.kodansha.co.jp/c/blueperiod.html

せっかくなのでブルーピリオドの感想を書きたいのだけど、「ブルーピリオドめっちゃ面白い!」「才能と戦っている人間が読むと苦しい!」みたいな感想は誰かが書いてくれているのに任せて、私は「猫屋敷あも」さんの話をしようと思う。
※本編の内容に触れますので、ご注意ください。

猫屋敷あもさんは、主人公たちが7巻から通うことになる東京藝大の教授で、アートの世界ではかなり有名っぽい。キュートなラッピングを大きな建造物に施すなど、一般人にも触れやすい世界でアートをやっている。社会との折り合いがうまくいかなそうなほかの教授陣とは違い、世渡り上手で現場の職人さんにも差し入れを忘れない。髪の毛にキラキラトーンがついてるし猫耳ついてるし可愛い。可愛いんだけど、時々可愛い顔でコワイことを言うことがとっても印象的な人物。
おそらく多くの読者に最もインパクトを与えたであろう部分が、猫屋敷あもみたいになりたいと言いながら最近彼氏の束縛が激しいという話をする生徒に対して、「じゃあ彼とのセックスを作品にしたら?」と真顔で言い放つシーンだろう(顔がめっちゃコワイ)。冗談だと受け取る生徒に「そのプライドって作品良くするより大事?」とさらに追い打ちをかける。彼女はその前に、「大変だよー”猫屋敷あも”をやるのはー」と言っている。本当に自分のすべてを作品のために捧げてきたのが”猫屋敷あも”。かっこよすぎる。
と、こんな感じで猫屋敷あもさんは本当にかっこいい人なのだが、私たちは手放しで彼女が”猫屋敷あも”をやっていることを褒めそやしているだけでよいのだろうか?
彼女は油画専攻唯一の女性教授で、教授会ではナチュラルにセクハラ発言も受ける。受けるが、真っ向から戦ったりせず”上手に”受け流す。アートに理解を示さない職人に頭を下げ、自身への好感度を上げることで協力を仰ぐ。そうやって生き残ってきたのだろうが、彼女にずっとその役割を引き受け続ける限り、同じような無理解や無意識の差別は続くだろう。
だからこそ彼女は戦い続けるし、この状況を変える存在を育成することも自分の役目だと思っているのではないだろうか。彼女ひとりにその役目を負わせ続けるのは酷だから、どうか周りの人も同じくらいの意識を持っていてほしい。

教育者としての猫屋敷あもさんは基本的に人当たりが良いが、珍しく声を荒げた相手がいて、それは油画1年の高橋世田介だ。彼は、主人公の矢口八虎が初めて会った時から「天才」と思うほどの絵の才能の持ち主で、頭も良い。猫屋敷あもさんはそんな世田介を何かと気にかけ、頭を使って作品を作れとか、本を読めとかいろいろ言ってくる。しかしながら結局猫屋敷あもさんの助言を無視する形になった世田介に対して、「つまんな!!」と言い放つ。「そのままじゃ君 何者にもなれないよ!?」と。
また、世田介に聞こえないところで猫屋敷あもさんはこうも言っている。「むかつくなー 持ってるもの全部使って戦わない人間は」と。ここでの猫屋敷あもさんと世田介の関係と、初期の八虎と世田介の構図との対比が際立つ。世田介は「なんでも持ってる人が美術₍こっち₎にくんなよ」と八虎に言ったが、猫屋敷あもさんからするとそんな世田介こそが「なんでも持ってる人」に見えているように思える。男で、絵の天才で、学力も高くて。世田介だったら、猫屋敷あもさんが戦ってきた種類の苦労はおそらくしなくて済むのだろう。
世田介はなんでも持ってる人=八虎と渋谷で一晩遊んでみることで彼なりの突破口を見つけて、好きなことをやってみても良いんだ、と構えを変えられたように見える。猫屋敷あもさんにとっても、そんな突破口になる存在がいてくれたら、と猫屋敷あもさんのいちファンとしては思う。それが世田介であったなら残酷かもしれないとは思うが、作品内で、世田介が猫屋敷あものサービス精神から何か学ぶところがあるだろう、と言われているように、何か影響し合える存在になるのではないかとは思う。今後の展開に期待。

猫屋敷あもさん、可愛い作品を作りながらも、「ラッピングはこの世で一番可愛い嘘」なんて言っているので、怒りが原動力になっている部分もありそうだから、作品のためにはある程度必要な部分はあるのだろうけど、「私の全部をギブしないとみんな私の作品を見ないもん」と言う猫屋敷あもさんが、ギブを義務じゃなく楽しみとしてやってくれたらいいなと思う。そして”猫屋敷あも”をやめたくなったときはいつでもやめられる環境になっていれば良いなというのが今の願い。

猫屋敷あもさんの話ばかりをしましたが、ブルーピリオドには猫屋敷あもさん以外にも魅力的なキャラクターがたくさん、というか猫屋敷あもさんは決してメインキャラではない。猫屋敷あもさんの活躍や、そもそも面白すぎるストーリー、美しい絵を楽しむために、今すぐブルーピリオドを読んでください。
今の段階での感想は以上としますが、また完結したら書けたらいいな。

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