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あきやあさみさん講演会#3 ファッションの〈インプット〉〈アウトプット〉で自信を作る方法 感想 前半

今回も講演の中から気になったトピックを抜き出して感じたことを書いていく。
慣れてきたのか回を重ねるごとにメモの分量が多くなり、前半の講演部分だけで第1回のそれをはるかに超える分量になってしまったので、今回は前後編に分けて感想を書くことにする。



「自信」=「自分で自分を信じること」

読み下してみると確かにそうだなという納得があるのだが、漠然と「自信」とは自分の内側からのエネルギーではなく、外側に纏う鎧のようなものというイメージを持っていたことに気がついた。
自分の芯となる部分がしっかりしておらず不安定な状態では、いくら外面を取り繕ってもぐにゃぐにゃして不安になるのは当然だよな、と腹落ちした。


自問自答ガールズは「自分で答えを出したい」人の集まり

もやもやとしたファッションの悩みを抱えているのに、色々な雑誌や指南本、スタイルブックをめくってみても自分にしっくりこなかった理由がここにある気がする。
これを着ろあれを着るな、これに投資しろ私を見習え、と解答を押し付けられるだけで(※個人の感想です!)、自分自身の回答の出し方が分からないままでいたからだ。

それぞれのアイテムが素敵なことは分かるけれど、著者と私では体型やライフスタイルが全く異なることもありありと分かってしまうし、そんな状況でテクニックを自分へ反映させる方法はよく分からず、何も解決しないという体験でまたファッションの重荷が増える。

かといって自問自答ファッションで全て解決!となるわけではなく、服を着て生きていく以上、そして死ぬまで同じ服を着続けるということが現実的に叶わない以上、ファッションの苦しみから完全に解放されるのは不可能だと自分は思う。
ただ、ファッションという大海で溺れかけた時、ふっと顔を水面からあげて呼吸ができて、また泳げるようになる、そういう力を得られたと思っている。


ファッションのカオナシ

自分のカオナシも一時期暴れ回っていたので、あーっ耳が痛いですー!と思いながら聞いていた。
自分の服に同じくらいの熱量を持ってくれている人のために扮装すること、たまには悪くないんだけど、そうでない人のために装うのって無駄な努力だと気付いて受け入れるのにすごく時間がかかった。


食べ物じゃないものは食べちゃダメ

Xの仕様上、ガンジス川にコーヒーフィルターを持っていっても(=せっせとミュートやブロックしても)完璧な飲み水はできないので、あっこれダメなやつ、と思って吐き出してもしばらくお腹を壊しちゃう、みたいなこともたまに起きるけれど、時折流れてくるお花のおかげでなんとかやれている。


アウトプットでしてほしい3つのこと

書くこと、話すことに加えて言葉以外での表現、と聞いて、アーティスティックな表現が苦手(コンセプトに「パフォーマー」があるのに!)なため少し尻込みしたが、近頃セルフでのジェルネイルに凝り出したので手を飾るワークでの延長でなら取り組めるかもしれない。


エルメスのスカーフの話

実は自分も「最悪壁に飾る!」と思って買ったエルメスのスカーフがあるので、首や鞄に巻かなくても、おもむろに取り出して細かな人々を眺めてニコニコしてもいいんだと、改めてファッションの自由さが身にしみた。


フォローにおすすめのアカウント

つぶさにチェックして、電流が流れる出会いを逃さないようにしたい気持ちもあるけれど、気になるものを片っ端からフォローしてもそれはそれで溺れてしまうとも思っていて、そこのバランス感覚がまだ掴めずにいる。


作画の話

あきやさんは「アンニュイ」ではなく「ポップ」なお姉さんという話、こちらの記事のことを思い出しながら聞いていた。

自分は誰の作画だろう、と考えたこともあるけど、今のところいまいちピンとくるものがない。強いて挙げるならカルチャー成分のなくなった冬野梅子先生……と思ったけどそれってもはや別物では、みたいな思いもあり。


不安な気持ちは日記に書いて、その後どうなったかまで教えてあげよう

高い服を買う時は不安なまま買わず、思い切って買った服は勿体なくて着ないということが多い(クローゼットで目に入るたびに嬉しくはなるため、100%苦しいというわけではない)ので、何かひとつ「買う時は不安だったけど、楽しんで使っているよ!毎日HAPPYだよ!」というメッセージを残せるようになりたい。


「これが持ちたい!」となるアイテムを持つことを目指そう

過去1度だけ、これじゃなきゃ嫌だ!絶対妥協しない、他のものを身につけるくらいなら何も持たない方がマシ!!と、自分でも驚くくらいの熱量で求めたアイテムがあった。

それは夫からもらったエンゲージリングなので直接身銭を切ったわけではなく、お読みになった方の中には肩透かしを食らったと感じる方もいるだろう。
だが、私の左手薬指はその指輪のために空いているんだ、そのためなら自分で買う覚悟だってできてる!と、ボロボロ泣きながらあんなに熱弁したことはなかった。
ああいう出会い、これが身につけたいと心から思う感覚を求めてファッションをしているところもあるな、と、あきやさんの言葉で気付かされた。


クローゼットにお花を咲かせて、自分に見せてあげたい景色をつくろう

自分のクローゼットは、お花が咲いてはいるけどギッチギチで窮屈そうなのが喫緊の悩みだ。
雑草の処置(=断服式)はちょくちょく行っているつもりだけど、ゆとりのある景色が好きなのにあれもこれもと寄せ植えてしまったり、1年中同じ景色を楽しみたいがために在庫を持ち過ぎてしまったりする。
特に「なくなることへの不安」が強いので、ここも記録をうまく使って、それがなくなっても満点が取れるという体験、新しく良いものを見つける体験を未来の自分に伝えることが必要そうだな、と感じた。

ありがとうございます。