700人のルワンダ人の前でうろ覚えのあいみょんを歌った話
私は今、アフリカ大陸の真ん中らへんに位置するルワンダという小国の農村部に住んでいる。
火曜の夕方5時半、家の裏にあるバーで、ルワンダの超低予算映画を見ていた。
※私の家は教会の広い敷地内にあり、教会、我が家、バー、私立の中高一貫校、その教師たちの家がある。
この国では基本、瓶の飲み物を買った場合は買った店に返す。
その日も瓶を返しに行ったら、従業員が見てるテレビで、その映画が流れていた。
内容は理解できないが、スマホで撮影してるかのような低予算加減がおもろくて、一緒に見ていた。
すると、電話が鳴った。近くに住む教師の一人であり、同い年で仲の良い女の子からだ。
「ユリ元気~?6時から学校でダンスとか歌のイベントするから来なよ~」
冷蔵庫に解凍中の豚肉があるので少し迷ったが、こういう誘いは行っておいた方がいい。
「オッケー行く行く~」と答えた。
「あの小さいギター(ウクレレ)持ってきてよ~」と言うので、それにもオッケーして電話を切った。
低予算映画の続きも冷蔵庫の豚肉も少々気になりはしたが、急いで服を着替えて少しだけ化粧をして家を出た。
何かの部活の発表会みたいな感じなのか、たまに行われている定期イベなのかわからないが、「早く終わるといいな~」と思いながら学校に向かう。
以前、この学校に呼ばれて行ってみたら、全校集会でいきなりマイクを渡され、フリースピーチをさせられたことがある。
「ひゃ~まじかよ疲れたぜ~」なんて思っていたらその後校長が90分くらいしゃべり続けて気絶しかけた。
まあ、そのおかげで生徒たちに顔と名前は知れているので、足取りは軽い。
※あまり存在が知られていない学校に行くと、突然の外国人の訪問に子どもたちがパニックを起こし、大変なことになる。
校門にいる警備員に「私は訪問者だ」などと言い中に入る。警備員は何の確認もせず門を開ける。何というセキュリティの甘さ。外国人パワー。
私を呼んだ友達が「カリブカリブ~(ようこそ)」と迎えに来てくれた。
「こっちだよ~」と手を引かれ、案内された先には…
立派な音響機器、綺麗に並べられた椅子に座る大勢の生徒たち、飾り付けられた来賓席。
もしかして…"ガチデカイベント?"
「イチャラ・ハノ☆(座れ・ここに)」
来賓席だ。花も飾られている、紛れもない来賓席。
もう一度言うが、電話で呼び出されたのは開始30分前である。
まじでどうゆうこと?
戸惑いながらハノにイチャラすると、フロアが沸いた。
無視するのもアレなので軽く手を振ると、もっと沸いた。スターの気分である。
近くの観客席をチラ見すると、女生徒たちがキラキラした目でこちらを見つめ、小さな声で「ユリ…❤」と言う。
来賓席にいても落ち着かないので彼女たちのとこに行くと、「キャー❤❤」と言われ、「ウィーミスユー❤」「ウィーラブユー❤」「ユーアービューティフル❤」とチヤホヤが止まらない。
承認欲求満たし屋かよ。
さらには「私からの愛の印❤」と言って棒付きキャンディーをくれた子もいた。自分で食べたくて買っただろうに。優しすぎる。
そして「生徒たちって何人いるの?」と聞いたら、「700人くらい」と言っていた。多。
そんなこんなしていたら、時計は午後6時20分をまわっていた。相変わらずのルワンダタイムである。
すると、校門のほうから見覚えのある二人が歩いてきた。
私の配属先であるセクターオフィス(区役所的な)のトップと、この地域の警察のトップ(私と仲良し)である。
この地域ではかなり住民から尊敬される存在だ。
なぜ、ここに…?
二人は予めここに招待されていたらしく、私の隣に同じ来賓として座った。
ガチデカイベント、確定。
いや、ここ同率に並ばすなら何で私への連絡は30分前なんだよ。
6時半を過ぎると他の先生たちも揃い始め、うちの大家でもある校長が、来賓席にやってきた。
同時に、一人一本ミネラルウォーターが配られる。大変気前がいい。
みんなそれぞれ挨拶して、握手をしあう。
そして、私のところへ。
「ユリ、来てくれてありがとう。さ、歌って」
は?
は?????????????????
そうだった、忘れていた。私はウクレレを持ってくるように言われていた。そして持ってきている。
しかしこんな状況は、まったくもって予想してなかった。
「イ、インポッシブル…インポッシブル~~~」
きょどりまくる私をよそに、校長はニタニタしている。
以前、この校長を夕食に招いたときに、ウクレレの弾き語りをしたことがある。だから軽い気持ちで呼ばれたのだろう。
しかし隣には警察のトップと配属先のトップ、目の前には700人の生徒たちである。
軽音サークルに入っていた時でさえ、こんな大勢の前で歌ったことはない。
「お願いだ、ユリ、歌って!」
校長のまっすぐな目、沸くフロア、吹き出す手汗。
もう一度言うが、誘われたのは30分前である。
何の準備もしてないし、生徒たちと楽しくポロンポロン弾いて歌ったりするつもりでいた。
「ユリー!!ユリー!!」
生徒たちのボルテージが高まっている。
ここでやらないわけにはいかない。
しかし私はここで重要なことを思い出した。
暗譜してる曲が、ない。
いつも弾き語りをするときは、”U-FRET"というサイトでタブ譜を見ながら弾いている。
ゆえに、見ずに弾ける曲がないのだ。
やばい、どうしよう、やばい、、、
あ。
頭をフル回転させた結果、一曲だけコードを覚えている曲があった。
あいみょんの「ジェニファー」だ。
なぜならば、G、A、Dの3つのコードしか使わないからである。
こういった場で歌うには、歌詞の意味が全く合わないが、そんなことを考えている余裕はなかった。
これに決めた。
27年間生きてきてこれだけは言えることがある。
「人前に立つとき、照れや”やらされてる感”を出すのは、最もみっともなく見える」ということだ。
どう考えてもおかしな状況だし、緊張し、混乱していた。
だが、私は入念にリハまで済ませてるが如く、ウクレレを片手に、もう片方の手を振りながら笑顔でステージまで歩いた。
見よ、これがジャパニーズ・サムライだ。
会場のボルテージはマックスである。
私が椅子に腰かけると、生徒の一人がウクレレと私の口元両方にマイクを当ててくれた。
やるしかねえ。
適当に前奏を引いたのち、歌いだす。
「今にもちぎれそうな 二人は」
・・・
やった。やったわ。
歌いだし1秒で、歌詞ミス。
今にもちぎれそうな二人。
どういう状況?こわすぎだろ。
頭が真っ白になりかけた。
が、思い出した。
そうだ、ここに、日本語のわかるものは、いない。
どんなにめちゃくちゃな歌詞であろうと、堂々と演奏し、歌い続ければバレない。
この間、わずかコンマ数秒である。天才。天才のなす業だ。
私は、何とか演奏が止まらぬように適当に歌い続けた。
Aメロ→Bメロ→サビ→大サビと、歌番組スタイルに省略し、何とか着地。
最後の音をかき鳴らし、「ムラコゼ・チャーネ❤(サンキューベリマッチ)」と言うと大歓声が巻き起こった。
苦しゅうない。
体のいたるところから汗が噴き出てはいるものの、久々に大勢の前で大声で歌うのは、気持ちの良いものだった。
開始早々体力を奪われ、先が心配になったが、生徒たちの出し物のクオリティは驚くべきものだった。
伝統的なダンスや歌、そしてモダンダンスやファッションショーまで、約2時間半にわたる催しだったが、ほとんど飽きなかった。
時刻は9時。最後に、来賓からの話になった。
まずは、警察のトップから。
彼は私の1歳下で、いつも忙しそうに働きながら、朝は運動をしているイケメンだ。
私も「イエーイ!かっくいー!」みたいな感じで拍手をしていたら、彼、20分喋った。
20分、喋った。喋り続けた。
いや、そんなタイプだったん?今どきのイケメンじゃなかったん?
「みんなも疲れてるだろうから一言で終わらしてもらうけど」みたいなタイプじゃなかったん?
現地語なのでほとんどわからなかったが、アツい話をしてるであろうことはわかった。
とはいえ生徒たちの中にはふつーに突っ伏して寝てる子たちもいてうけた。私も眠いよ。
次は、配属先のトップ。
ユーモアのセンスもあり、(私にはわからないが)住民たちから絶大な信頼を置かれている彼。
いつも忙しそうな彼は、スピーチも簡潔で上手だろう。
「いえーい!いけいけー!」と拍手を送る。
1時間喋った。
夜も深まり、気温も下がる中、1時間、止まることなく、喋った。
なんなん?
いや、どんなに良い内容だとしてもよ、入ってこないって。寒いし。眠いし。みんな疲れてるし。
彼のことは好きだが、正気なのかと疑うレベルである。
やっと終わり、帰れるぞ~と思ったときに、事件は起こった。
「ユリ!!!!!!!!!!!」
何人かの生徒たちが叫んだ。
「ユリ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫ぶ生徒たちの数が増える。
まずい。
良くないことが起きていることだけはわかった。
ユリが、まだ喋ってないぞ、ってか?
正気か?
みんなももう眠たかろう?帰りたかろう?
私の心配とは反対に、会場のボルテージが上がっていく。
そして、やりやがった。
校長が、聞きやがったのだ。
「ユリに何をしてほしいんだーい?(ニチャア)」
「リリンバ~!!!!!!!(歌って)」
終わった。
色んな意味で終わっている。
私の唯一のレパートリーはもう終わっている。
もう何も見ずに弾ける曲はない。
「オヤオヤオヤ~!!!!(No No No)」と必死に言うものの、一度上がったボルテージが収まることはない。
「ユリー!リリンバー!ユリー!」
仕方なくスマホでU-FRETを爆速で開き、アンコール曲として選んだのはスピッツの「空も飛べるはず」。
来賓席から、ガッツリスマホを見ながら歌ってやった。
700人のルワンダ人の前でうろおぼえの邦楽を2曲も歌った私は、本当に空も飛べそうである。
しかし、人生は何が起こるかわからない。
持つべきものは技である。
営業職時代、いつ接待に行くことになってもいいように、定番のデュエット曲の予習復習は欠かさなかった。
今回の経験を経て、持ち曲を2〜3曲作っておこうと決めた。
あとお母さん、小さい頃ヤマハに通わせてくれてありがとう。
あの頃可愛い声で「子犬のワシントン」を歌ってた私は、700人のルワンダ人の前でうろ覚えのあいみょんを歌ったよ。
私の演奏を最後にして閉会したのちは、職員室でビールを振舞われ、「はよ帰りたい~」などと思いつつも常温のハイネケンを2本飲み干すなどした。おわり
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