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凪の季節

5人制バスケットボールのシーズンが終わりました。私は正直、かつてないほどほっとしています。

どんなシーズンだったのか

少し振り返る余裕が出てきました。思えば、イレギュラー続きだったシーズン。

B1,2のシーズン開始に新規外国籍選手の入国が間に合わず、特例措置として国内に留まっていた外国籍選手との繋ぎとしての短期契約が許可され。
度重なる検査から陽性が判明すれば延期や消滅の試合が発生し、半数の客入りを規定され、情勢によりリモートゲームと呼ばれた無観客試合にもなる。

観客の我々は遠方に行くことを逡巡し、体調管理と消毒に気を遣う。接触を伴うサービスを全て諦め、普通の神経ならば試合後に大勢で会食することを自粛しました。

何試合かは消滅してしまいましたが、シーズンが途中で終わることがなかったのはチームの方々の努力と、常識ある観戦者のリテラシーがあったからだと思います。 

私は試合のある週は仕事を在宅に切り替え、移動はほぼ1人。他の娯楽は休んで、禁酒しました。

疲れたよね。とりあえず推しに決して近づくこともなく、感染もさせず私もせず、家族も無事。終わったらほっとして蕁麻疹出て一日寝込みました。なんていうか、ノー遠慮でどこでも進出できるほどは神経が太くないので、他県には申し訳ない気持ちで伺いました。飲んだり食べたりしづらいので、毎回お土産だけは買って帰ることにしていました。

応援は無力だ、ということ

もともと、私はそういうものだと頭では理解していたものの、今シーズンはそれを改めて実感したシーズンでした。

私は以前は声を出して応援していたので、声を出せないことは自己満足度を少し損なうんだな、という感想でもあります。やった気になる幻がない、というか。

がんばれ!と伝えられたことができないことは、しんどい時間帯ほど、もどかしく、ああ何もできないのだな、とまざまざ突きつけられた感じがしたからです。

それでも通うのは何故なんだろう。

敗戦の次に再び試合会場に向かうときに、それでもいつものように、自分の中に、ワクワクと、はやる心があるのを受け止めながら、長距離の電車の移動の中で思ったものです。

多分、実感が欲しかった、のだと思います。試合だけなら、リモート配信で見ることだけはできる。でも、そうじゃないんです。

スポーツ観戦は娯楽です。趣味のひとつ。嫌なら、つらいなら、やめたらいいんです。でも、毎回幸せでした。毎試合、持てるもの全てを尽くしてプレーするルーク選手を観るのは幸せでした。同じ場所にいること。スポーツ選手としての、ほんの僅かな人生の一部を、この目で観ていられること。なんという幸運なのか、と思いました。

葛藤の中で

ルーク・エヴァンス選手として、7年前から外国籍選手として日本でプレーをしていました。鹿児島→東京EX→金沢→東京Z→越谷→豊田合成→島根→静岡と、契約を重ねて日本に滞在していました。オフシーズンの夏の期間は3人制で立川と契約もしています。

外国籍選手でしたから、どこでプレーする可能性もありました。オフシーズンになると、フリーになって、次の契約が発表されるまで毎日心臓が潰れそうなくらい苦しいときもありました(私が)。
海外だったとしても必ず行くんですけど、それでもファンとしては、離れてしまうのは寂しくて仕方がなかったからです。

その全てを過去形で書く日が来るとは俄かに信じられませんでしたが、今シーズンは途中から帰化選手としてのエヴァンスルーク選手になりました。

運用については1チームに帰化選手は1人という縛りがあるだけです。実際、40分(延長戦があったので43分の試合もありました)出る試合があり、平均して30分以上出場し続けるシーズンになりました。

捉え方は様々だとは思いますが、持てる力を全て出し尽くしていたと思います。

私は、シーズンも終盤になると、ユニフォームの肩から覗く肌に、鍼の穴の跡が無数に残っている姿を見ながら、出場して勝利に貢献してほしい、という気持ちと、どうか無事でいてほしい、という気持ちに挟まれるようになりました。

祈ることしかできませんでした。私はあまり神様を信じるタイプでもないのですが、どうか身体を護ってください、と何度も空に祈りました。

B1のシーズン開始に島根と契約しプレーしたあと、B3の開幕から駆け抜けました。今シーズン、誰よりも長いシーズンでした。

彼は今、里帰りをしています。初めて日本のパスポートを持っていることでしょう。また、帰ってきてくれるのです。私は、なんて幸せなんでしょう。


無事に終わってよかった。
本当にそれだけです。
私はどこにでも会いに行くだけです。


おつかれさま。

2021.06.