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マッチングアプリの写真はプロの手で〜まりかの恋活第三幕

「まりかさん、写真、撮られ慣れていますか?」
「いえ、全然どころか、撮られるのは苦手です。
でも、若いころ雑誌の仕事していたから、こういうポーズで、とか、こういうふうに撮ってください、と言うのは慣れているかも」


お気に入りのワインレッドのワンピースに身を包んだまりかは、駅前の公園に背を向けて、階段の手すりにもたれてレンズを見つめていた。
ここは県庁所在地にあるターミナル駅。
さくらまりか52歳、いうなれば令和のお見合い写真、マッチングアプリ用の写真を、プロに撮ってもらっているのである。


「あっ、ありがとうございます。
いい表情撮れました。
次の場所に移動お願いします」
「次はどちらですか?」


カメラマンのニシグチさんは、バブル絶世期に建てられた、駅の反対側にある老舗デパートの名前を言った。
うん、あそこなら、半地下のフードコート前の中庭に花壇があるし、人どおりも少ないし、光もよく回るし、小さな茂みのグリーンが美しい。
ロケーションとしては最高だ。


「雑誌のお仕事していらしたから、写真は詳しいんですね。
ふつう、ポーズもこうして、ああして、目線はこっちですよと細かくお願いしなくてはならないから」
「ふふ、インタビューとかも担当していたから、撮影のディレクションはよくやりました。
あっ、最近、クロゼットの奥から昔買ったミラーレス一眼が出てきたから、少しずつ写真を覚えたくて、実は今日も持っています」
「いいですね! じゃ、カメラ持って写真好きをアピールしてみましょうか」


駅向こうに抜けるエスカレーターで振り返ったニシグチさんはにっこり笑った。
大丈夫、この人ならそれ以上でも以下でもない、そのままのまりかを撮ってくれる。


ニシグチさんは、20代後半だろうか。
化粧っ気のない顔にかぶった小洒落た黒い帽子からは、きれいにブリーチしたショートヘアがのぞく。
紺地にエスニックなお花の刺繍がほどこされたコットンシャツが、華奢な体型を映し出す。
ああ、まりかも一生に一度でいいから、華奢と言われてみたい。


「私くらいの歳の人っていないでしょ? 最高齢?」
「えー、そうですね、でも40代後半の方、こないだ撮りましたよ」


ニシグチさんは、前職はケーブルテレビの記者で、映像の仕事をしていたが、いまは美容師の資格目指して学生生活のかたわら、カメラマンをしているそうだ。


「ではこの花壇に、まりかさんのカメラを持ってしゃがんでみてください。
せっかくだから、シャッターも切ってみましょうか。
あっ、いいですね!
カメラを楽しんでいます、って感じで」
「これで大丈夫ですか?
写真撮られるのは、やっぱり緊張しますね」
「今度はカメラを持ったまま目線くださいね。
写真撮っていたら呼ばれた、みたいな、自然な笑顔がほしいなー。
最近、楽しかったことは何ですか?」


ケーブルテレビの記者をしていたというニシグチさん、なかなかの腕前である。
さすがカメラを回しながらインタビューも取り、編集までこなす、というマルチな仕事をしてきた人だ。
話すだけで自然と笑顔になれる。


「ウチのネコたちかな。
見てるだけで癒されちゃう」
「いい表情ですね。はい、オッケーです」


ニシグチさんは、カメラのモニターを覗き込み、うなずきながら言った。



マッチングアプリお休み宣言をしたまりかは、夏の間はデートセッティングアプリに静かに生息していた。
アプリのようにある程度やり取りをしてからお会いするのではなく、食事の日時と場所まで約束するとマッチング、という手軽さにひかれたのだ。
しかし、7月から6人の殿方にお会いしたが、どうもピンと来ない。
まりかがいいなと思っても、LINEを交換したきりの人もいるし、その逆もある。
会う前に頻繁に的外れなメッセージを送ってきた人は、会ってみても違和感だらけということもあった。
時間的、精神的負担はあるけれども、まりかは会う前に判断材料がほしいと思い、アプリ再再開を決めたのである。


折しも9月は、まりかの誕生月。
自分へのプレゼントも兼ねて、プロの手で撮ってもらうのもよいだろう。
カメラマンの写真なんて、娘の成人式以来だ。
マッチングアプリ、きちんとした写真を上げることは、時間を割いてまりかのプロフィールを見てくれる殿方への礼儀だと思っている。
見る側が不愉快にならず、かつまりかも楽しめて、さらにステキな殿方がその先に待っていたら、こんなにすばらしいことはないではないか。


ニシグチさんの笑顔と的確なリードで、まりかの気分はモデルだった。
そうだ、まりかの人生の主役はまりかだ。
まりか史上最高のまりかになって、一緒に泣いたり笑ったり、人生を重ねることのできる殿方にめぐり逢うのよ。


ロケーションを変えること6回、屋上にあるハーブガーデンのベンチで何枚かシャッターを切ると、ニシグチさんは微笑んでこれでおしまいです、と言った。
ここで撮ってもらった1枚は、ビルの合間に見える青空がきれいに抜けた写真になることだろう、と、まりかは満足した。


ベンチにふたりで並んで、撮影小道具だったカフェラテを飲んでいると、ニシグチさんが口を開いた。


「実は私も、マッチングアプリを少し試したことがあるんですけど、やりとりにくたびれちゃって」
「そうでしたか。
メッセージのやりとりも大変だし、お相手からのレビューが入るアプリもありますよね」
「そうなんです!
ハイスペックな男性が登録することで有名な、あるデートセッティングアプリを試したら、上から目線の人ばかりで嫌になっちゃった」
「あ、あれですね」


恋活仲間たちとも、殿方たちが失礼だと話題になったアプリだ。


「レビューに『しゃべりすぎ』って書かれたことがあったんですけど、おいおいお前が何も言わないから私が必死に会話をつないだんでしょって、腹立っちゃいました」


ニシグチさんの表情が、ふつうの女の子に変わった。
いくつでも、恋を求める乙女心は同じである。
いまのまりかも、こんなふうにきらきらしているのだろうか。


「今日はありがとうございました。
まりかさんみたいなステキな人を撮れて、幸せです。
よい出会いがあることを祈ってます」
「こちらこそ、ありがとうございました。
上がり、楽しみにしています。
ニシグチさんのご活躍も」


ニシグチさんは駅ビルの出口で、はにかんだ笑みを浮かべた。
ニシグチさんの夢は、ヘアメイクから撮影までこなせるカメラマンになることだそうだ。
人はいまの自分を好きになりたくて、カメラに向き合う。
きれいだね、幸せそうだね、と、言ってもらいたくて。
彼女なら、たくさんの人の気持ちを満たすことができるだろう。
まりかがそうであったように。



45分の撮影で、セレクトされた10枚の写真が後日送られてきて、10,800円。
楽しかったから、アプリは空振りでもいっか。
いやいや、よくないぞ。
ファインダーの向こうには、まりかを探す殿方が写っていたはずだ。
きっとこの空の下、どこかにまりかを待つ殿方がいる。いるはずだ。


さくらまりか52歳、恋活第三幕のはじまり、はじまり。

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