一度も結婚したことないからバツもないけど丸もないんです


「バツ2っていうことは、丸も2回あった、ということですよね。
婚歴なしということは、丸がひとつもないということなんです。
それが自分の、自己肯定感の低さの根っこだと思います」


秋の3連休最初の夜、まりかは愛すべき女友だち3人と新宿に来ていた。
何とお見合いパーティである。
一緒に参戦したのは、ゆめみひめこちゃんと、HALismちゃん。
ふたりとも、このnoteが縁でなかよくなった恋活仲間だ。
何がきっかけかは忘れちゃったけれども、じゃ、一緒に行ってみるか、ということになった。


ひめちゃんは、恒例の金曜お泊まりトリップからの直行。
今回は横浜だったそうで、今日は帰りが遅くなったときに備えて、おパンツ2枚携えての登場だ。
オレンジのエスニックなワンピースがよく似合う。
モットーは「やってみなくちゃわからない」、殿方は放っておかないが、ひめちゃんのお眼鏡に適う待ち人は、まだやって来ないらしい。

最年少のHALちゃんは、今日も黒のコーディネートでやってきた。
160cmの長身に、ロングヘアをハーフアップにして、私たちのだれよりも落ち着いている。
マッチングアプリ生活、お会いした殿方全員ぜひ次もと言われたようだが、すべてお断りしたという猛者。
仕事終わりに、片道1時間半かけて出てきたそうだ。

まりかは、スキニージーンズに無印良品の白いフレンチスリーブTシャツ。
本当は長袖の花柄のワンピースにしようかと思ったのだけど、あまりに暑くて断念した。
きっと今日もね、何も起こらないと思うし、それならシワを気にしなくてよくて、楽ちんなのがいちばんだ。


パーティは、雑居ビルの一室で開催された。
ハイチェアの席や、ソファ席など、それらしき設えようとしていることがわかる。
男女5人ずつ同じテーブルにつき、殿方が6つのテーブルを動いてゆく回転すし方式はここでも健在。
アルコールは一応、飲み放題という触れ込みだが、用意されているのはカシスと角と紅白ワインくらい。
それでも殿方が動くごとに、酔いが回ってきた。

建材メーカーにキャラクターグッズの製造、公務員に営業マン。
スカッシュが趣味の人、バンドマン、47都道府県を旅した人。
短い時間に3人の殿方と話をするから、どれがだれだったか、まったく印象が残らない。
あっという間に時間になって、進行役の坊やから2次会を促されて解散。

小さなエレベーターで女性6人乗り合わせ、顔を見合わせる。
店の前には商社の営業マンという殿方が大きな声で、「2次会に行くよー」と声を張る。
大学時代のコンパのようだ。
まりかたち3人も、とりあえず列の真ん中あたりに加わった。
3人とも、いまのところ収穫なし。
まりかの2次会の目的はもはや、noteのネタ集めである。


だれかが確保してくれたお店は、どこかの雑居ビルの地下で、最近よく見る屋台風のつくりだった。
土曜の夜の新宿、しかも21時すぎに予約なしで20人近くが入るスペースを見つけてくるのって、すごい才能だと思う。
細い階段を降りた先にあったのは丸イスの座り心地の悪さが絶妙で、そんなに早く追い出したいのかと思ってしまうお店だ。
一応、点心のお店らしい。
ま、いっか。
今日はぶりっ子したい殿方もなし、飲んでしまおう。

殿方たちは非常にわかりやすい行動をとる。
美容師さん、保険の営業ウーマン。きれいな女性の隣から、席が埋まってゆくのだ。
まりかには縁のない世界である。


さして会話が弾むわけでなく、手にしたビールだけが消費されてゆく。
トイレに抜けて戻ると、

「あっ、きたきた2回のまりか!」

と、ひめちゃんに出迎えられた。
何が2回?

「いやー、すごいですね。2回も結婚なさったんですね。
僕なんて、一度も結婚したことないから、バツもないけど丸もないんです」

と、目の前の席に座った48歳のサカモトさんが言った。
あ、その話か。
実はこの手の言われ方、お酒の席に限らず、けっこう言われることがある。
曰く、

「すごいよね、2回も殿方に選ばれたってことでしょ」
「経験値高いですよね」

言うのはたいてい、一度目の結婚生活にして文句もありつつ幸せに暮らしている人だ。
結婚、別に2回もする必要、ないのよ。
結婚するのだってエネルギーを使うけれども、離婚するのはその何百倍も辛いのだから。
ふたりと結婚したって、何の経験値も上がりやしない。
そして、そういう人に限って、離婚に偏見を持っていたりするものだ。

目の前のサカモトさんだって、本当はどう思っているのだろうか。
お前に二度できることが、どうして俺にはできないんだろう、と言われているような気分になる。
本当よね、さしてモテるわけでも、男好きするわけでもないまりかを、娶った殿方がふたりもいたことが、奇跡よね。


「僕、10年くらい前に2社目の職場をリストラされたんですよね。
上司と揉めて、いられなくなって。
そしたら、最初の会社の元上司が独立していて、よかったらウチに来ないか、と誘ってくれたんですよ」

サカモトさんは元ラガーマンだというが、ぽっちゃりしたお腹まわりにはその名残すらなく、言われてみれば移動中に見た逆台形型の背中がそれらしいかも、と思った。
サカモトさんの話は続く。

「リストラされて、自分にも恋愛にも自信がなくなってしまって。
それなりにがんばって働いてきたつもりだったから、社会人としての15年くらいをごそっと否定された気分になってしまいました」
「それが、サカモトさんのコンプレックスの源だったりするんですか」

仕事を否定されることは、まりかにとっても人格を否定されることとほぼ等しい。

「そうですね。そうだと思います。
だから、結婚にも積極的になれないし、どうせ僕なんてと思ってしまいます」

女性がまりかのように外見にコンプレックスを持つのと同じように、殿方はうまくゆかない恋愛を仕事のせいにしたくなるのだろうか。

「でも、最初の会社の退職金で戸建ての住宅ローンも完済したし、ロッカー型のお墓も両親のために購入したし」
「えーっ、家持ちなの? 私、この人と絶対に結婚する!」

と、優良物件物色中のひめちゃんが、素っ頓狂な声を出す。

「私、かわいいでしょ、ねえねえ、かわいいでしょ?」
「か、かわいいですよ。でも、ほかのみなさんもかわいいです」


お開きになって、獲物を持たぬまま新宿駅に一緒に向かうひめちゃんが、ぼそっと呟いた。

「私だけをかわいい、って言えないのが、サカモトさんが結婚できない原因だよね。
ああいう場では嘘でもいいから、ひめこさんがいちばんかわいいって言えばいいのにさ。
女は博愛主義よりも、オンリーワンになりたいんだよ。ねえ、まりか?」

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