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Rainbows After the Rain

一生忘れないだろうな、と思う。
それ以上に、一生忘れたくないな、と強く願う。
だから私はこうして書き留めておくことにする。


社会人になってとびきり仲良くなった友人がいる。Yちゃん。
この週末はそのYちゃんと共通の友人Sちゃんと私の三人で、久しぶりに少し遠出をした。

Yちゃんは今とある事情で心身ともに疲れ果てていて、食事も満足に食べられないほど弱っている。
少しでも現実を忘れられるように、癒されるようにとSちゃんと考えて、大きなフラワーパークへ。
コロナ禍もあって本当に久しぶりの三人での外出。Yちゃんもここ最近では見せることのなかった笑顔で声をあげて笑うくらいに、楽しい時間を過ごすことが出来た。

帰り道。私が運転する自動車で、高速道路を走っていたときのこと。

雨が降るかもしれないという予報のなか、私たちは結局降られること無くコスモス畑を堪能し、帰る頃には強い西日を背に車を走らせていた。そのオレンジの光が、休日の、つかの間の楽しい時間の終わりを否が応でも感じさせた。

今日は楽しかったね、と過去形で口々に言いあうたびに、明日が、現実が、どんどん近くなるようで、それにつれて助手席にいるYちゃんの横顔がどんどん曇ってきて、ついには何も言わなくなる。私も、バックミラーに映るSちゃんも、Yちゃんになんと声をかけていいか分からなくなってしまった。

そんなときだった。
ふと運転席の車窓から外を見ると、かすかに空に七色の光を見つけた。

「あ!虹!」

思わず叫ぶ。
「YちゃんSちゃん、こっちこっち、右手側!虹!見える?!」

YちゃんもSちゃんも一斉に右前方の空を見る。
「ほんとだ!」「虹だ!」
普段日中は会社にこもりきりな二人。私は外出が多い職種なのでときどき見かけることはあったけれど、二人にとってはかなり久しぶりの虹だったようで、その日一番弾んだ声をあげた。

「すごーい!」「きれいだねぇ…」「ほんとだねぇ…」

最初はかすかに一部だけ見えていた虹が、高速道路を進むごとに根元まで見えて、色も鮮やかに濃くなってくる。三人でかじりつくように右側の空を眺める(私は前方を確認しながら)。追い越した車では、助手席に乗っていた人が同じように虹を見上げ、スマホを構えていた。

前方を見る。少し身を屈めて上の方まで。すると。

「すごい!虹!全部見える!!」

一部だけの虹はたまに見かけるが、端から端まで橋のようにかかる虹は本当に久しぶりだった。左の車窓から、フロントガラス、そして右の車窓まで。私たちは、虹の橋をくぐりに行くようにぐんぐん進んでいく。そのうち、虹の上にぼんやりともう一つ色の順番が逆さになった虹まで出てきた。

「ダブルレインボーなんて初めて見た…」「私も」

そう言って、三人で言葉を失った。オレンジ色に輝く夕陽、高い高い秋空には少しだけ怪しげに漂う雨雲もあったけれど、そんな不穏な雰囲気を吹き飛ばすような見事な虹。胸がドキドキする。すごい。すごい。

「きっとさ、いいことあるよ、Yちゃん」
Sちゃんが言う。

「そうだね、こんな景色が見れたんだもん。いいことあるに決まってるよ」
私も重ねて言う。

降り止まない雨は無い。そして、雨の後にしか虹は見えない。
決まり文句のように人は言う。
だけど。
土砂降りの、嵐の中を懸命に生きているYちゃんに、そんな使い古した言葉を贈る気には到底なれなくて。だって、今、この嵐をどうにかしてほしいのに。そのあとのことなんて考える余裕もないし、第一、この嵐はいつか抜けられるのかどうかの保証もないのだから。

それでも、この目の前の景色を見たら、思わず言ってしまった。「いいことがあるに決まってる」って。

「見れてよかった…」
「二人といるときに、この景色を見れて本当に良かった」

Yちゃんが涙ぐみながら言った。私もそう思った。Yちゃんと、Sちゃんと見れて、本当に良かった。この景色を私たちが忘れなければ、覚えている限りは、Yちゃんの心の希望の灯が消えることは無い。そう思えた。

やがて虹は目の前から消える。でも。

「私たち、虹をくぐったんだね」
「あんな見事なダブルレインボーをくぐったんだもん、きっと幸せになれるはずだよ」

きれいごとでも、うわべでもなく、良い大人が三人とも、心の底からそう信じた。きっと良くなる。いつか、きっと。

Yちゃんは今日も、朝からため息を重ねながら嵐の中へ向かっていった。嵐のやり過ごし方も、いつ抜けるのかも、消えるのかどうかも分からないまま。先週までと何も変わらない。

でもきっと大丈夫。あの景色を胸に、私は今日もYちゃんに寄り添う。

ものの10分くらいのただの空模様の、なんと力強いことか。
言葉を持たない光の造形の、なんと雄弁なことか。
Yちゃんが、私たちが、どれだけ励まされたか。

どこに向かって言えばいいのか分からないけど、ありがとう。
あのとき、あの時間、あの場所に、私たちが一緒にいた奇跡に、ありがとう。

いつかYちゃんの嵐が止んで、あの虹みたいに輝くYちゃんの笑顔に会えますように。

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