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「消費税二重取り」の正しい解説

週刊ポスト2023年12月1日号に
インボイスで「消費税二重取り」の巧妙手口、財務省の試算以上の税収増の可能性 最終的な負担は国民に - グノシー という記事が載っている。
この記事の筆者の「消費税」に対する認識が誤っており、結果「益税」というありもしないものを買い手事業者が「肩代わりさせられる」というミスリード記事になっている。
本稿ではこの誤りを指摘し、本当の元凶が「インボイス」とそれを悪用する財務省の悪意にあることを指摘する。
(文責: 城崎裕一)


消費税は「預かり金」ではない

最初にキッチリ確認しておきたいのが、消費税が「預かり金」ではないということ。

売り手の税金

まだ消費税は「預かり金」だと思っている人がいるかもしれないが、それは間違いである。消費税は「売り手事業者の売上の付加価値にかかる税金」で「買い手から預かった税金」ではない。
そもそも消費税は導入検討時までは「売上税」という名称だった。文字通り「売り手の売上げ(の付加価値)にかかる税」という意味である。ところが、「〈売上税〉では税額を価格に転嫁するのに消費者の理解が得られない」と小売業・サービス業を中心に猛反発に遭ってその名称だけを「消費税」に改めたのである。
その証拠に消費税法(以下では単に「税法」とする)第五条には納税義務者の規定があり、「消費税を納める義務を負うのは課税資産(課税対象品目の商品・サービス)を売った事業者」であると定められている。
実際、「自分の預けた〈消費税〉が全額国庫に納められないのはおかしい」という訴えの裁判も起きた※。この裁判では消費税が「消費者が事業者に預けて納めてもらう〈預かり金〉」かどうかが争われたが、判決は「消費者が売り手事業者に支払った消費税額相当分はあくまで〈対価の一部〉としての性格しか有しない」という結論で確定・決着したのである。
消費税は売り手の付加価値にかけられる税金であり、買い手から見た場合、転嫁された税額相当分を含めたいわゆる「税込み価格」がその商品(サービス)の対価なのであって、一般に信じられているような「税込み価格=対価+消費税」ではないのである。

「課税仕入れ」というインチキ

消費税が実は「預かり金」などではない「付加価値にかかる税金」だということがわかったところで、次にその計算方式を検討しよう。
まず疑いの余地なく
(付加価値)=(販売価格) - (仕入れ価格)
ここで「販売価格」「仕入れ価格」ともに消費税額相当分の転嫁が含まれている。転嫁分は「価格の一部」なのだから。
次にこの「付加価値」の中から消費税を徴収する。
徴収額は事業者の取り分に税率を掛けた額。税率10%ならば事業者の取り分の10%にあたる額が徴収額になる。
この条件で付加価値から徴収額を弾き出すには「比例配分」を行なう。
(徴収額)=(付加価値) × ((税率) ÷ (1 + (税率)))
小学校5年生あたりで習う算数の問題である。
例えば「ある商品を110円で仕入れて330円で販売した」とすると
(付加価値)=330円 - 110円=220円
(消費税徴収額)=220円 × (0.1 ÷ (1 + 0.1))=20円
ということになる。極めて明快だ。
しかし、税法に規定された計算方式は違う
本稿ではそれらを区別するために上記の計算方式を「付加価値直接計算方式」と呼ぶことにする。
では税法ではどのように計算することになっているか??
第三十条に規定してある。「売値に転嫁した消費税相当額から〈課税仕入れ〉に係る消費税額を控除した額」と。
先ほど取り上げた例でいうと、
(売値に転嫁した税相当額)=30円
(〈課税仕入れ〉に係る消費税額)=10円
(消費税徴収額)=30円 - 10円=20円
という計算をしろというのだ。(区別のためこちらの計算方式を「課税仕入れ控除方式」と呼ぶことにする)
前項「売り手の税金」を読んだ方ならここで「あれ??」と思うはずだ。
税法にも「売り手に納税義務がある」と書いてあるし、確定判決でも買い手にとって消費税相当額転嫁分は「対価の一部」と認定されているのに、あたかも仕入れた側(買い手)が消費税を払ってるかのような「課税仕入れ」とはどういうことだろう、と。
有り体に言ってしまえばこれが「インチキ」なのである。

ここで付加価値直接計算方式の計算からどうやって「課税仕入れ控除」が出てくるのか、ちょっと解説する。
既刊の別稿※※でも簡単に解説したが改めて。
(消費税納税額)=(付加価値) × ((税率) ÷ (1 + (税率)))
という式から出発する。この式中の(税率)とは当然売渡しの消費税率である。消費税が「売り手の税金」なので。
そしてさらに「仕入れ取引の税率と販売取引の税率が同じである」という仮定を置く。
この仮定を置いたことは重要なのでよく覚えておいてほしい。
その上で上式右辺に(付加価値)=(販売価格) - (仕入れ価格)を代入すると
(消費税納税額)=((販売価格) - (仕入れ価格)) × ((税率) ÷ (1 + (税率)))
=(販売価格) × ((税率) ÷ (1 + (税率))) - (仕入れ価格) × ((税率) ÷ (1 + (税率))) ☆分配法則
となるが、最後の式の第一項は「販売価格に転嫁された消費税額相当分」、第二項は「仕入れ取引の税率と販売取引の税率が同じである」という仮定により、「仕入れ価格に転嫁された消費税額相当分」と解釈できる。
そして財務省はこの式の第一項を「本税」(この言葉そのものは税法には出てこないが)、第二項を「課税仕入れ控除」として税法に組み込んだのである。
それが税法第三十条の規定。ところが肝心の仮定はすっぽり抜け落ちている。
これが第一の「インチキ」

インボイスは課税仕入れのインチキから産まれた

こうして税法に「課税仕入れ」というインチキが組み込まれると、今度は「税率が複数あるから仕入れ側の税率が正しいことを確認しないと〈課税仕入れ控除〉が正しいかどうかわからないよね。だから税率が正しくなるようにインボイス制度入れて登録制にするよ」という口実でインボイスが導入された。
つまりインボイスは「課税仕入れ控除方式」の計算でしか必要ではない、「インチキの申し子」なのである。
さらにあくどいことに「課税仕入れ」を「控除」として、あたかも「行政側がその〈適用・不適用〉を恣意的に決められる」かのように扱っているのだ。「インボイス登録していない事業者からの請求書による〈課税仕入れ控除〉を認めない」がそれ。前項の計算でお気づきのように、多段階取引における納税額の膨れを避けるため「付加価値のみ」に課税する消費税の税額計算では必ず差し引かなければならないもののはずなのに
これが第二の「インチキ」

元凶は「インボイス」

週刊ポストに取り上げられた例

以下、本稿では比較をわかりやすくするために週刊ポストに取り上げられたのと同じ、
「A社は税率10%の商品を11,000円(うち消費税転嫁額は1,000円)でB社に売り、B社は12,100円(同1,100円)でC社に販売、C社は13,200円(同1,200円)で消費者に小売りする。ここでB社は〈免税事業者〉である」
という例を利用する。

週刊ポストによる「二重取り」の説明

この例を取り上げて週刊ポストは「消費税二重取り」をこう説明している。

国(地方分を含む)に入る消費税収の合計は小売価格の10%の合計1200円。B社が年間売り上げ1000万円以下の免税業者の場合、従来は消費税分の100円はいわゆる「益税」となって納めなくていいから、税収合計は1100円だった。
インボイス制度は、免税業者と取引する業者(城崎註: この例ではC社)に、「益税」分を肩代わり納税させる制度と説明されている。
ところが、実態はもっとひどい。B社が免税業者の場合、仕入れ控除を受けられないC社は、小売価格の10%の1200円の消費税を丸ごと納めなければならない。1つの商品でA社とC社が重複して消費税を納めることになる。

https://gunosy.com/articles/ewFAp?s=s

ツッコミ: 「益税」なんてどこにもないぞ?!

引用記事中の「免税業者」という言葉が気になるので、続きの前に言い換えておきたい。
「免税業者」と言うとなんか「特別に税金を免除されている」みたいなニュアンスがあるが、そうではなく「年間売上げ1000万円以下のインボイス登録をしていない事業者」のことなので本稿では「無登録事業者」と呼ぶ。
閑話休題。
前項の週刊ポストの説明にはいくつか致命的な欠陥がある。
まずB社が無登録事業者である場合についての「従来は消費税分の100円はいわゆる「益税」となって納めなくていい」というくだり。
前章〈消費税は「預かり金」ではない〉で解説したようにC社が仕入れの際B社に支払った12,100円はその全てが仕入れ価格なのであり、税法上「このうち1,100円は消費税として預けた分だよ」という解釈はされない。それが前章でも触れた確定判決中の「消費税を転嫁した額は対価の一部である」の意味するところである。つまり引用文中の「100円(1,100円-1,000円)」はあくまでB社の「付加価値の一部」に過ぎず「益税」などというものはどこにも存在しないのだ。
従って、続く〈インボイス制度は、免税業者と取引する業者に、「益税」分を肩代わり納税させる制度と説明されている〉のくだりは大間違いとしか言いようがない。寡聞にして、と言うべきか「幸い」と言うべきか、そんな「説明」をしている人に出くわしたことはないが、何の因果で「ありもしない益税」なんぞを「肩代わり」させられにゃならんのだ??

「二重取り」は単なる財務省の悪意

いよいよ週刊ポストの「指摘」する「二重取り」のカラクリの解説を。
わかってしまえば「カラクリ」なんて言うほど大仰なものではない。
要は「財務省の悪意」。「B社の請求書による〈課税仕入れ控除〉」を認めなくしたからC社は余計に消費税を取られるハメになっただけ。
「俺たち政府に逆らってインボイス登録をしないB社と付き合うならお前のところから消費税ガッポリ取ってやる。恨むならB社を恨んでもっと政府に従順なところに乗り換えろ。」ということ。
本来なら付加価値から完全に機械的に徴収額を計算できるところを「課税仕入れ控除」を分離することにより「控除を認める・認めない」という行政の恣意的判断を介入させる余地を作った。そしてその「課税仕入れ控除」を人質に、中小零細事業者、個人事業主にインボイス登録を迫り、年収1,000万円以下納税免除の放棄を迫っているのだ。「さもないと取引先を苛めて取引できなくしてやるぞ」と。まるで陰湿なヤクザかテロリストのような脅迫である。
つまり、この問題の元凶は「インボイス」を利用し「課税仕入れ控除」を人質にした財務省の悪意ある「無登録事業者」潰しにある
今回の週刊ポストの記事、「益税」云々の間違いもさることながら一番問題なのは「消費税二重取り」が単なる財務省の悪意によるものであることを明確に指摘せず、一見インボイスの「制度欠陥」を指摘しているように見せながら、読みようによっては〈無登録事業者であるB社と取引をしたからC社が「二重取り」の被害を受ける〉とも取れる書き方をしてることである。
記事の見出しも「巧妙手口」ではなく「陰湿手口」とすべきではないかと考える。

おまけ・飲食店は消費税を余計に取られている

「インボイス導入」前から余計な消費税負担を強いられている業種が実はある。その代表格は「飲食業」。
軽く計算で検証してみよう。
簡単のため、
「食材432円(うち消費税転嫁額32円: 税率8%)を仕入れて料理を作り1,100円(うち消費税転嫁額100円: 税率10%)で提供する」とする。

「課税仕入れ控除方式」による消費税納税額

売った時の転嫁額から仕入れ食材の転嫁額を引くので次の通り。
100円 - 32円=68円

「付加価値直接計算方式」による消費税納税額

まず付加価値を計算する
1,100円 - 432円=668円
これが〈事業者の売上+消費税(売上の10%)〉なので按分して消費税納税額を計算すると
668円 × (0.1 ÷ (1 + 0.1))=60.72…60円
前項の計算、現行税法「課税仕入れ控除方式」による納税額の方が8円も高くなる
つまり飲食店は消費税を余計に取られているのだ。
付加価値668円に対して消費税額68円を税率に換算すると、
68円=668円 × (税率) ÷ (1 + (税率))の分母(1 + (税率))を払って
68 × (1 + (税率))=668 × (税率)
68 + 68 × (税率)=668 × (税率)
整頓して
(668 - 68) × (税率)=68より
税率=68 ÷ 600=0.1133…→11.33…%≒11%
この例では税率が1%も高くなる。

ちなみにこの「8円」は何かというと、
仕入れ先の食材屋の軽減税率適用による軽減分なのである。
税率10%の時の転嫁額と8%の時の転嫁額の差額。
400円 × 0.1 - 400円 × 0.08=8円
これは明らかにおかしいだろう。「税率の軽減」てのは国が取る税金を少なくするはずのものなのに、その軽減分を仕入れする飲食店に擦りつけてその分余計に消費税をぼったくっているのだ。
こういうのも飲食店の経営が苦しくなってしまう一因になってやしないだろうか。

消費税ぼったくりのカラクリ

〈「課税仕入れ」というインチキ〉の項で触れたように、「課税仕入れ控除方式」の計算で「(課税の累積を防ぐため)付加価値だけにかかるべき消費税額」を正しく計算できるのは「イン(仕入れ)」側と「アウト(販売)」側の消費税率が等しい場合に限られるのである
しかるにそうでない場合も含めて「課税仕入れ控除方式」の計算を強要することによって、「イン側」の税率だけが下がると税額が過大になり、「アウト側」の税率だけが下がると税額が過小になる。
前者の代表例が本章で取り上げた飲食店のケース、後者の代表例が「輸出戻し税※※」である。

最後に一言

やっぱり消費税は廃止しかないだろ!!

脚注


※ 東京地裁平成元年(ワ)第5194号事件[平成2年3月26日判決]、大阪地裁平成元年(ワ)第5180号事件[平成2年11月26日判決]
※※ 消費税・輸出戻し税のインチキ 参照

変更履歴

2024.02.13

  • 記事中の記述が落ちていた箇所を修正

2023.12.06

  • 直接税・間接税の定義に関して諸説あって一概に「間接税ではない」とも言えないことがわかったが、同時に「預かり金」かどうかの議論と関係ないこともわかったため「直接税」「間接税」の表現を全てやめた。

  • 「事業者の粗利に消費税を転嫁・上乗せしたものをまた〈粗利〉と表現すると混乱する」というご指摘があったため「付加価値」に変更。

2023.11.29

  • 〈飲食店は消費税を余計に取られている〉に税率換算を追記。

  • 語彙の調整

2023.11.25

初版リリース



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