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9月18日19日ロンドン日記

1ヶ月前、ライアンエアーのチケットを見ていたらロンドン往復が爆安(往復25ポンド、日本円で4000円くらい?)だったので1泊二日で予約した。まさかそのうちの1日がエリザベス女王の国葬の日になるとは、思ってもいなかった。
ハリーポッターのミュージカルを見て、いくつか好きな美術館を見て帰ろうと思っていたけれど、国葬の日は国立美術館はすべてお休み。国葬の日の街がどんな感じなのか全く想像がつかず、交通機関は大丈夫なのかなど心配なことばかりだったが、着いたらなんとかなった。国葬といっても、社会がとまるわけではないのだから。正直私はふつうのロンドンを楽しみたかっただけだったので、この日に旅行の日がかぶったのが、運が良いのか悪いのかわからない・・・。

ダブリンからロンドンの空港に着いた瞬間、「都会・・・」と思った。
ライアンエアーはアイルランドが誇るLCCで、安い分メインの空港ではなく中心部から少し遠いところの空港を使うことが多い。ヒースロー空港しか使ったことがなかったけれど(日本から往復すればだいたいそうなる)、今回おりたったのはガトウィック空港。ロンドンから電車で1時間くらい。それでもこの空港の大きさと設備の新しさなのか、着いて10分くらいでも都会と感じるのは不思議。北アイルランドのベルファストにバスで行ったときも思ったけど、国変わっているのに入国審査ないのが私には慣れない。

ダブリンからきた私からすると、ロンドンは超大都会で忙しい街。東京に似ていると思う。あるていど、大都市はどこも似ていると私は思う。個性はそれぞれあるけど機能が似ている。
偶然通りかかったチャイナタウンの近くに、韓国コスメや韓国料理のお店が並んでいるところがあった。韓国料理のお店は若い人々の行列で、ここでも韓国の力を感じた。
ダブリンよりも、アジア、アフリカ系、人種も幅広い。そしてみんな忙しそう。犬はみんなしっかりリードでつながれている。ダブリンの犬は半分くらいリードがついていない。飼い主がまったく見ていなくても、犬はついていっている。
完全におのぼりさんの気分で、ついて3時間くらいで小さくてのんびりしたダブリンが恋しくなった。1ヶ月半滞在しただけで、すっかりダブリンがホームになっている。ダブリンは来た人に誰でもホームに感じさせる魅力がある。

10時から美術館が開館するのだけど9時半くらいに近くについた。テムズ川に沿って行列ができていて、毛布などをかぶった夜から並んでいたであろう人たちがたくさんいた。何の行列か聞かなかったけれど、たぶん弔問かな。夜通し並ぶ人向けに臨時の休憩所もあった。

エンタメは大都市が圧倒的に強い。今回は1つしかいけなかったけれど、ロンドンは美術館が大量にある。国立のものはすべて無料。
私がたぶん世界で一番好きな美術館、テート・モダンへ。2時間しか時間がないのでかなり急いでみた。本当だったら次の日もくるつもりだった。草間彌生の特別展をやっていたけれど有料要予約だったので見ず。ユニクロがスポンサーになっている子供向けの企画があって、こんなところでユニクロの名前をみたことに驚いた。
テート・モダンは建物が昔の発電所をリノベして作られていて、空間が唯一無二。展示も年代ではなくテーマごとで面白い。2016年に新館ができてから初めて来た。メディアと芸術のテーマの展示が特によかった。私は現代アートがなぜか好きで、特に勉強していたり専門的なことがわかるわけではまったくないのだけど、定期的に観て頭の中をかきまわしてもらいたくなる。ほとんどの場合、私は好きなことを論理的に言語化して説明できない。「なんでかわからないけどすごく惹かれる」ことが多い・・・。

ハリーポッターのミュージカル『ハリーポッターと呪いの子』は期待以上ですっかり感動してしまった。5回くらい泣いた。ミュージカルとしての演出の完成度の高さ、役者の迫力、舞台美術の面白さ、魔法をどう表現するか、すべてがすごかった。魔法の表現はマジックショーのようだった。幕間の直前の演出が特にすごくて(具体的にはネタバレになるので書かない)、毎回拍手喝采だった。ミュージカルってこんな進化してたんだ!?と思った。
このミュージカル、ハリーの子供が主人公なのだけど、タイムターナー(逆転時計。タイムターナーとうったら逆転時計と変換ででてきてびっくり)で過去に戻るシーンがいくつかあり、ぐっとくる(スネイプ先生とか・・・)。長年追いかけていたファンだったら間違いなく涙が出ると思う。
そしてマルフォイの子供役の俳優さんがすごーく上手で、キャラクターが立っていた。実質主人公はほぼ彼だったと思う。
『呪いの子』は1回しか読んでいなくて、小説ではなくて脚本なので正直あまり入り込めなかった気がしていたのだけど、舞台でキャラクターとして初めて見て、この新キャラたちはこんな人たちだったのかと初めて世界に没入できた気がした。ファンとして、とにかく大満足だった。
『呪いの子』の本のイメージがそこまでだったから、ミュージカルも飛行機のチケットをとってからそういえばチケット今からとれるかな?と思って調べてみたら偶然空きがあってとったくらいだし、あまり期待してなかったけどこのためだけでもロンドンきてよかったと思った。国葬の日だったら公演キャンセルされていたので、これは運がよかった。
日本でもミュージカルがやっているようなので、比べる意味でも見てみたい。ロンドンでは、二部制でチケットも別々に買うことができる。日本ではどうなっているのだろう。一部と二部のあいだに2時間くらい時間があくし、幕間もあるので集中力がとぎれず観れてよいと思った。
そういえばハーマイオニー役の役者さんは黒人の女性だった。最初驚いたけれど驚いた自分を恥ずかしく思った。エマ・ワトソン以外にハーマイオニーのイメージを作ってもよいのだから。原作は小説なわけだし。そもそも映画化が今の時代からはじまっていたら、配役もっと変わっていた可能性あると思う。

一部と二部の間の時間に街をぶらぶらした。トラファルガー広場は中心部が封鎖されていた。広場から、バッキンガム宮殿に向かう道(道自体は封鎖されている)を見ることができた。広場の近くで行列ができていて何かと思ったらフードバンクだった。

さて2日目は国葬の日。美術館は休みで行きたいところも特にないので、目的もなく街をぶらぶら歩くことにした。町の中心部はほとんど車両通行止めで、一部歩行者もいけない区域になっていた。地下鉄も一部の駅は封鎖されていた。
いたるところに警察官がいて、大通りの道沿いでは見物の人々がずっと待機している。そしてお店や交通機関には、エリザベス女王の死を悼むポスターやデジタルサイネージが溢れている。地下鉄からバス、カフェや銀行まで本当に、いたるところにある。ハロッズはショーウインドーが真っ黒になっていて追悼メッセージが貼られていた。こんなときに自分がロンドンにいることが不思議でしかたない。
朝、入ったカフェのTVで国葬の中継がついていてみんなそれを見ていた。棺が運ばれてくるシーンで、隣のテーブルに一人せいた女の人がTVを見ながら涙ぐんでいるのを見た。何人かはTV画面を動画でとっていた。
教会の中で各国の参列者が並んでいるのをみて、「すごい人?えらい人?ばかりならんでいてすごいな〜」と素朴な感想が浮かんだけれど、自分から出てきたその「えらい人」ってなんだろうと思ってしまった。人の命の価値は同じと思っているけれど、こうやって「地位のある人」が並んでいるのを見ると、命の価値は同じというメッセージとは逆のことを感じたりもする。権威って何のために必要なのだろうとも思う。

朝食を食べてから地下鉄にのろうと思っていたけど、この非日常な街をもっと見てみようと思って中心部まで歩くことにした。国葬自体よりも、国葬にこの国人々がどう向き合うのかを見るほうに私は興味があった。警察官が大量にいて、車が入れる道はほとんどなくて普段よりも安全そう。不動産屋やカフェ、バスのデジタルサイネージなどあらゆるところに追悼メッセージが。イギリスの人々の思いの強さを感じる。
ハイドパークの近くまでいくと、歩行者の道も封鎖されていた。そこで地下鉄にのり、バッキンガム宮殿の近くの広場、トラファルガー広場まで。広場もほとんど封鎖されていて、周りしか歩くことができない。どこの国かわからないけれど、中継しているリポーターがいた。
コヴェントガーデンまで歩く。途中の道もやはり車道は封鎖されている。コヴェントガーデンは半分くらいのお店が休みだった。最後にきたのがもう8年くらい前なので、お店がどう変わったか覚えていない。シェイクシャック、ルパンコティディアン、ベンアンドジェリークッキー、ヴェンキと東京でも見るお店がのきなみ並んでいた。大都市になると同じ店が並ぶのは少しつまらないと思いつつ、東京に住んでいる身とすれば海外店の出店は嬉しいので矛盾だなぁとも思う。
ルートン空港までの電車が出ているセントパンクラス駅に行くには少し早い時間だった。時間あるしビッグベンでも眺めようと思い、テムズ川の反対側まで歩く。川の反対側は、開発されて新しいところ。賑わっているレストランがたくさんあった。ビッグベンを見て満足して対岸から戻る。地下鉄でセントパンクラスまで戻る。
国葬は終わったようで、パブリックビューイングの大画面では女王のドキュメンタリーが流されていた。地下鉄で、喪服のご婦人と紳士が乗っていた。
セントパンクラス駅のすぐ隣の駅、キングスクロス駅には9と4分の3番線がある。前にもここで写真をとったことはあったけれど、時間もあるしハリポタ熱も再燃したし、並んで写真を撮ることにした。昔は、寮のマフラーを貸してくれてしっかり写真をとるための案内係の人がいたけれど、コロナのせいか無くなっていた。

そういえば1日目の夜におみやげやさんの店員さんに、明日は閉店してないかきいたら、「なんで?明日が一番もうかるよ」と言われて、「確かに」と思った。国葬がどんなものかわからなすぎて、お店がどのくらいやっているのかなどかなり心配していたけれど、特に観光客向けのお店は空いていた。お土産屋さんはこれでもかというばかり、女王グッズを売っていた。国葬の日は、ある意味お祭りの日のような雰囲気でもあった。マグカップやマグネットなど、よくもまぁ急いで作ったなぁと思う。
人の死を機会にグッズでもうけるなんて・・・と思う人もいるかもしれないけれど、記念に何か買おうと思うのが人の心で、それに応えただけだろう(人の欲望にこたえるのが資本主義)。私だって何か記念に女王のポストカードでも買って帰ろうと思って買ってしまった。女王の写真のポストカードは売り切れのお店が多かった。こうやって死すらも消費?利用?されるのが公人なのなら、人権ってなんだろう、人が何かの象徴になるってどういうことなのだろうとも思う。
中心地で、観光客向けの典型的なお土産やさんをやっているのは、ほとんどが白人じゃなかった。何語かわからないけれど、別の言葉で店員さん同士喋っている。ハロッズが死を悼んで休みにするのは美しいのかもしれないけれど、商売をするのはそうじゃないとは言えない。休める余裕があるのはどうして?そもそもどうしてその差ができた?と考えることもできる。「美術館がすごい」「大英博物館がすごい」といっても、その美術品やめずらしいものはどうやって集めた?ともいうこともできる。大英博物館は泥棒コレクションと言われるくらいだし。
しかも私はアイルランドからきている。アイルランドがイギリスから独立したことをもちろん知っていて、アイリッシュの友人に女王の死のニュースについてきいたら「とくになにも思わない」と言われた。語学学校の先生(ベルファスト出身)は、エリザベス女王の死のニュースを見てどちらかというと喜んでいた。アイリッシュとしては当然の反応だと思う。北アイルランドのベルファストに行ったとき、国としてはイギリスでも、おみやげやさんはダブリンのお土産やさんと同じお店でこの地域のアイデンティティを感じた。
色々な国を見たり、色々な国の人としゃべると、矛盾や疑問ばかりわいてきて消化できないことが多い。
あと、印象に残ったのは物価の高さ。ポンドに対して円はドルよりもユーロよりも弱い。オイスターカードというスイカみたいなチャージ式の交通カードを買ったけれど、デポジットが7ポンド。最短距離の地下鉄の値段が2・5ポンド。オイスターカードを買わずに紙のチケットで地下鉄にのろうとしたら、ほんの10分ほどの移動でたしか6ポンド以上で、オイスターカードを買った。この紙のチケットの値段の高さから「オイスターカードを買え」という断固とした意志を感じる。オイスターカードは48時間たたないと払戻しできないので、払い戻しできずに私はダブリンに戻る。とはいえ物価が高いと言っても、私は現に旅行ができている。旅行に行けるレベルで物価が高いというのは、なんだかおかしい気もする。

無事ロンドンから郊外のルートン空港へ。交通機関が遅れたりしていたら怖いので、早めのバスを予約して20:50分発の飛行機なのに17時には空港についた。ルートン空港は、ついたガトウィックとはまた別の空港なのだけど、この行きと帰りで空港が変わるというのもライアンエアーの安いチケットでよくあることらしい。
事前に、「この日は国葬なので遅れる可能性ある」とメールはきていたけれど、今のところ50分くらい出発が遅れそう。おかげで待ち時間にこんなに長く文章を書くことができた。
今の私は時間だけはたっぷりあるしヨーロッパの飛行機事情の話をきくとキャンセルになることが一番怖いので(あとはロストバゲッジ)無事に飛んでくれてダブリンにつけばなんでもいい。

出発は1時間遅れてダブリンに到着。今回入国審査はあったが無事通過。ダブリンについて、心底ほっとした。まばらな人の量。イギリスよりも少しだけ湿気がある気候(ロンドンは乾燥がひどくて喉が痛くなった)。ロンドンと比べると、夜ということもあって、空港からダブリン市内への街並みは少し古ぼけて見える気がした。
そういえばイギリスはダブリンと比べてもやはり紅茶が美味しかったが、これは水と気候のせいなんじゃないかと思う。乾いた空気のほうが、紅茶の香りが立つ気がする。そして自分の寮について「お家に帰ってきたー」と思った。
色々な国を見たり、違う国の人と喋るたびに、自分の中は矛盾ばかりだと思う。そして日本はこれからどうなるんだろうと思う。
キンドルでブレイディみかこさんの本を買って読みたいと思う。

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