見出し画像

愛を求めて赤を刺す

「初めまして」
アイヴィさんにそう言われた時、綺麗で吸い込まれそうだった。いや吸い込まれた。
私はその時たった一言で好きになってしまった。
なにがあってもこの人の味方でいる、この人について行くととさえも初めましての一言で私はそう誓った。
こころの奥の真っ黒な黒い箱の中で。



それから3年が経っていつものようにアイヴィさんを起こしに行った。アイヴィさんは朝が弱い。あんなにキリッとしているのに、朝が弱いなんてなんて愛おしいのだろう。私は毎朝必ず彼女のおでこにキスを落としてから、
「アイヴィさん、朝ですよ起きてください」
と言う。
「いい加減その呼び方やめてよね」
「距離感じるうえにまるで他人みたい」
寝起きなのに声がはっきりと通っていて、冷淡で、アイヴィさんの方が他人のようで、
まず、一日の初めにアイヴィさんの声が聞けたことが嬉しくて私の鼓膜はうずく。

「私尊敬してるんです。アイヴィさんのことそれに好きだし。だから敬意を込めて。だめですか?」少し上目遣いで可愛く言ったつもりなのにアイヴィさんにはそんなものは通用しない。
「私、あなたのこと好きなんて思ったこと1度もないけど。」
「でも、この前言ってくれたじゃないですか。愛してるって。私あれ涙が黒くなるほど嬉しかったです。」
「それは何千回も聞いた。あたしの記憶にそんな言葉は存在しないし、これからもない。あと、涙が黒くなるほどってなによ。涙が黒くなるわけないじゃない。」
毎回この返し方をされる。一語一句均一でムラがないその返し方に毎回私は笑ってしまう。でもたしかにアイヴィさんは私に愛してると言ってくれた。

アイヴィさんの支度が一通り終われば2人だけの朝ごはんがやってくる。この時間がとても好きだ。彼女が口に運ぶ全てのものを私は毎回羨ましそうに眺めてしまう。特に真っ赤な苺なんか、到底かないっこないお姫様に見えてくる。1度幻覚でそう見えたことがあって、そのイチゴをナイフで突き刺したことがあった。そのときアイヴィさんの口の中にもナイフが入ってしまって、アイヴィさんは相当驚いていた。私も相当驚いた。気がついたらアイヴィさんが私の左腕を掴んで私を殺してもいい事ないわよと耳打ちされていた。
それから机は2mという距離で食事をするという決まりになった。でも私はアイヴィさんが仕事で外に言っている時にこっそり1mmずつノコギリできっている。1mmアイヴィさんに近づけたという事実が私の脳内を甘く溶かす。

お昼になれば、アイヴィさんは仕事へ行ってしまう。お昼と言っても、9時から5時の間。私は一日の中でその時間が1番大っ嫌いだ。
アイヴィさんを見れないから、アイヴィさんと話せないから、アイヴィさんに好きと伝えられないから、アイヴィさんの赤い口紅に触れられないから、アイヴィさんが私の名前を読んでくれないから。
初めは妄想でも収まりがついていた。
そんなのは2ヶ月が限界だった。そこからわたしは、アイヴィさんの書斎に行ったり、アイヴィさんの私物を眺めたり、アイヴィさんに電話したり。もちろん出てくれないけど。
アイヴィさんに少しでも近づきたくて、
長く見つめたくて、そんなことをしている間にアイヴィさんは帰ってくる。

こんな奇行を繰り返してもアイヴィさんは私を受け入れてくれる。だから私も受け入れる。愛すの。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?