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螺旋曼荼羅 —風の歌・夜の歌—

作曲年/2015
編成/真言宗豊山派と天台宗の声明(初演は26名の僧侶による)
テキスト/ネイティヴアメリカン、ナヴァホ族の創生神話による儀式歌「風の歌」「夜の歌」
演奏時間/約100分(古典声明のお唱えを含む)
声明の会・千年の聲の委嘱により、スパイラル聲明コンサートシリーズ vol.24 (final) 『螺旋曼荼羅海会』のために作曲
EPADデータベース登録作品

English title: Spiral Mandala —Wind Chant and Night Chant—
Year of composition: 2015 
Instrumentation: Shōmyō (Japanese Buddhist chant of Shingon sect and Tendai sect, 26 priests for the world premiere)
on traditionary poetry of Native Americans translated into Japanese
Duration: approximately 100 minutes (including traditional parts)
Commissioned by Shōmyō no Kai - Voice of a Thousand Years; first performed at Spiral Shōmyō Series Vol.24 (final)



作曲ノート

 私はいったい何者なのか。なぜ日本に、日本人として生まれたのだろうか。私にとって作曲とは、これらの答えのない問いに向き合い、改めて自分になるための手段である。自らの在り方をたずね、その起源にさかのぼろうとすると、日本の音や音楽の源流に立ち返ることになる。これまで十数年、聲明の取材と研究、それに基づく創作を続けてきた。
 二〇一五年、天台宗と真言宗豊山派の僧侶による混合グループ「声明の会・千年の聲」の委嘱により、本作《螺旋曼荼羅》を作曲した。両宗派の旋律型を行き来しながら節付けし、試行錯誤の末につくり上げた新しいフォーマットで記譜している。テキストは、ナヴァホ族の儀式歌、『風の歌』と『夜の歌』による。風の神が二本のトウモロコシに生命を吹き込み、われわれ人間の最も古い祖先が創られたときの営みを、聲明の様式に翻訳するように、この世の再創生の儀式として構成した。
 ——新参者たちは東の方、ずっとずっと向こうの方から、彼らを呼んでいるかすかな声を聞いた。耳をすまして、じっと待っていると、間もなく、声は前よりもっと近く、ますます大きく聞こえてきた。まだ耳をすましていると、前よりもっと大きな声が聞こえた。今度はあまりにも近くて、まるで頭のてっぺんから落ちてくるようだった。—— (「アメリカ・インディアンの神話 ナバホの創生物語」より)
 『風の歌』は、創世物語の断片を切々と語る。『夜の歌』は、意味を持たない言葉の羅列に思えるが、その独特の音の連なりは、口から声に発せられると、真言や陀羅尼のように、呪文としての体をなす。世界のどの文化圏にも、世界や生命の起こりが物語に遺されていて、それらはどこか似通っている。ナヴァホの創生物語も、日本の神話も、仏教の死生観も、地続きであるように感じられる。どの「始まりの物語」も、きっと根っこは同じだろう。
 本作で、僧侶は四つのグループに分かれ、東、南、西、北の各方位をつかさどる。東のかすかな声に始まり、南、西、北と、声がめぐる。ナヴァホの創世物語とそれに基づく砂絵の儀式においては、あらゆるイヴェントやイメージがまず東で起こり、その後、南、西、北の順に、方位を移って繰り返される。ひとつのイメージは、頻繁にえがかれるほど強度を高める。

Composer's note

 Who exactly am I? Why was I born in Japan, as a Japanese person? For me, composing music is a way to face these unanswerable questions and a means to become myself. When I question myself and try to trace the origins of what I am, I find myself returning to the roots of Japanese sound and music. For more than a decade, I have been researching and studying shomyo, and creating works based on it.

 In 2003, I was commissioned to compose a new shomyo piece by Shomyo no Kai - Voices of a Thousand Years, a mixed group of monks from the Tendai and Shingon sects of Buddhism. The result is Spiral Mandala. The composition moves back and forth between the melodic patterns of the two sects, and I wrote them in a new notation form that I invented through a trial-and-error process. The texts are from the Japanese verses, Wind Chant and Night Chant, drawn from phrases explaining Navajo rituals. The wind god breathed life into two ears of corn, which became our earliest ancestors, who then translated their lives into chants-like this shomyo piece-as a ritual for the world's rebirth.

 —The newcomers heard a faint voice calling to them from the east, far, far away. They listened carefully and waited quietly, and soon the voice was closer and louder than before. Still straining my ears, I heard a louder voice than before. This time it was so close that it seemed to fall from the top of my head.—
 (From American Indian Mythology: The Navajo Language of Creation, 1989 TAISHUKAN Publishing Co., Ltd.)

 The Wind Chant tells a fragment of the story of creation in a poignant way. The Night Chant seems to be a series of meaningless words, but when uttered aloud, the unique series of sounds forms an incantation, like a mantra or a dharani. Every culture in the world has its own stories about the origin of the world and life, and they are all somewhat similar. The Navajo creation story, Japanese mythology, and the Buddhist view of life and death all seem to be connected. The roots of all "stories of the beginning" are probably the same.

 In this piece, the monks are divided into four groups, representing the cardinal directions of East, South, West, and North. Beginning with a faint voice in the East, the voices travel South, West and North. In the Navajo creation story and in the sand painting rituals based on it, all events and images occur first in the East, and then in the South, West and North, repeating that order. The image increases in intensity with every turn.

 Spiral Mandala was first performed at Aoyama Spiral Garden in January 2016. The sound recording of that performance is used in this installation at Japan Society.

Shomyo: Buddhist Ritual Chant Spiral Mandala Ceremony (Rasen Mandara Kai-e)
presented by Japan Society (February 2022) 
 

作品解説

 私は、一体何者なのか。なぜ、日本人として生まれ、作曲という行為を通して、ひとの生き方というものを考えようとするのか。これらの問いに向き合い、自らの在り方について考えようとすると、日本の音や音楽の起源まで遡ることを避けては通れません。音楽は、洋の東西を問わず「祈りの言葉をどのように神々に伝えるか」の工夫を重ねるところから、その歴史が始まっているといえるでしょう。祈りを聴いてもらいたい、どうにか神々の注意を引きつけたいと考えたとき、切実な願いであればあるほど、音声の強弱、長短、音高の変化、抑揚などで、祈りの言葉の読み上げ方を工夫するのは自然なことです。その工夫が更に発展し、ますます複雑化して旋律のようになったところに、声楽が始まったのだと考えられます。音や音楽の起源に遡ろうとすると、宗教音楽について考える必要に迫られるのです。

 聲明との出会い、そして、スパイラル聲明コンサートシリーズとの出会い
 聲明という仏教声楽の世界を初めて知ったのは二〇〇八年のことで、それ以来、取材を続けています。聲明のための大きな作品は《螺旋曼荼羅》で二作目となります。聲明のために作品を書くことは、日本人である私を再発見するようなことです。聲明ならではの様式感、古典の節回しに学びながら、作曲家として、いま、新しい聲明曲を書くことにどのような意味を見出せるのであろうかと、自問自答を繰り返し作曲しています。
 聲明のための一作目は、二〇〇九年二月に行われた、日緬寺酒塚二五〇周年祭酒塚涅槃会(静岡県沼津市)の委嘱で作曲した、日蓮宗の僧侶二十名と仏具打楽器奏者二名のための《レクイエム》という、約二十分の作品でした。その二年前に初めて能に触れ、能の謡を編成に含む作品を書く機会があり、日本の言葉を用い、日本ならではの発声のための作品を書く意味を考え始めました。また、謡の作曲を経験したことによって、自身の創作のなかで実現したいのは、能の音楽のような、音というエネルギーそのものの緊張のグラデーションによる音楽だということを、自らのなかに見出しました。これは私にとって大きな発見で、それまでただ闇雲に作曲していたところに、わずかながら光が射したように感じられました。私が創作で為すべきことは、日本の言葉と音について考えることだと気付かされたのです。それ以降、文化の古今と東西をつなぐ試みを続けることが、創作の主要テーマとなりました。《レクイエム》を書くことは、能の謡からさらに遡って日本の言葉について考える機会になり、聲明という日本の音楽の根本に挑むことに、大変なやり甲斐を感じました。《レクイエム》の演奏機会は、残念ながら、初演の一度きりになってしまいましたが、その後、偶然チラシを見つけ、これだと思って聴きに行ったのが、二〇一〇年のスパイラル聲明コンサートシリーズでした。鳥養潮先生の『阿吽の音(こえ)』に感動し、私もいつか、スパイラルガーデンのこの螺旋の空間のために、このような力強い作品を書きたいと、密かに心に決めました。間をおかずに、不思議なご縁で、その公演に出演されていた僧侶のおひとりである斎藤説成さんと知り合い、お稽古や法要等で継続して聲明の勉強をさせていただくようになりました。そして二〇一六年、スパイラル聲明コンサートシリーズ最終回のvol.24で、念願の作曲の機会をいただき、《螺旋曼荼羅》が生まれることとなりました。

 《螺旋曼荼羅》の意図とテキスト
 スパイラル聲明コンサートシリーズ vol.24は、『螺旋曼荼羅海会』と名づけられています。天台宗と真言宗の二箇法要の曼荼羅供の形式から、スパイラルガーデンの螺旋空間を立体曼荼羅に見立てるという、演出の田村博巳先生の構成の土台があり、導入部分、法要の中心部分、そして、最後の部分を作曲しました。テキストには、ネイティブアメリカンのナバホ族の創生神話に基づく二つのチャント(儀式歌)『風の歌』『夜の歌』を用いることになりました。ナバホ族の創生神話によると、われわれ人間の祖先は風の神がおつくりになり、その風のうずのしるしが、手に指紋として遺されているということなのです。『風の歌』は、散文風のテキストによるチャントで、その創生神話を切々と語ります。『夜の歌』は呪文の言葉によるチャントで、仏教でいう真言のようなものとして捉えることができます。どちらも、ナバホという特定の地域に伝わるチャントでありながら、全人類に共通の普遍的で壮大なテーマで、世界の起こり、人間の起こりについて問いかいます。そのような意味で、ナバホの世界観が仏教の世界観と重なり、さらに、曼荼羅とスパイラルガーデンの螺旋空間とが重なります。
 スパイラル聲明コンサートシリーズには、私が作曲する以前に「螺旋曼荼羅」と名付けられた公演がすでに二度あり、一度目は藤枝守氏が、二度目は寺嶋陸也氏が、『風の歌』『夜の歌』に作曲されました。今回、『風の歌』については、藤枝氏、寺嶋氏が用いたテキストと、同じく、ナバホの創生神話を原案に作曲された間宮芳生作曲「白い風ニルチッイ・リガイが通る道」のテキストと、それらのテキスト全ての原典である、ポール・G・ゾルブロッド著、金関寿夫、迫村裕子両氏の訳による「アメリカ・インディアンの神話 ナバホの創生物語」をふまえ、作曲しながら再構成しました。『夜の歌』については、藤枝氏、寺嶋氏が用いたテキストと、引用元の金関寿夫著「魔法としての言葉—アメリカ・インディアンの口承詩」
をふまえ、それら全ての原典である、ジェローム・ローゼンバーグ著「SOUND-POEM No.1」(「Shaking the Pumpkin: Traditional Poetry of the Indian North Americas」より)の全文を、改めてカタカナに読み替えて用いました。
 「螺旋曼荼羅」の三作目として、藤枝氏、寺嶋氏と同様に『風の歌』『夜の歌』
のテキストに作曲することになり、両氏と違うアプローチをしたいという想い、そして、これまでに作曲された多くの新作聲明をふまえ、聲明について、自分なりの新しい視点を示したいという想いがありました。しかしながら、このような伝統音楽や伝統楽器を扱う作曲に取り組むときにいつも思い知らされるのが、古典はあまりに偉大であるということです。思案の末、古典の聲明曲の節付けを自分なりに分析し、より単純な構成要素に分解し、その要素の組み合わせのバリエーションで節付けを行おうと考えました。さらに、古典聲明には無い、アンサンブルの面白さを聲明の様式に持ち込み、聲明による新しい音楽を実現したいと考えました。
 『風の歌』『夜の歌』などのチャントは、ナバホ族の砂絵の儀式に用いられます。メディスンマンにより様々な色の砂を用いて砂絵が描かれ、儀式が終わると消されるのが一般的です。砂絵のモチーフや構図には、多くのパターンがありますが、ひとつの砂絵のなかに、ナバホの世界と創生神話の一場面が表現されています。それぞれのモチーフ、色、配置、モチーフ同士の関係性など、すべての要素に意味があります。また、ひとつのモチーフは、頻繁に描かれれば描かれるほど、強度を増していきます。その様式は、曼荼羅にとてもよく似ています。ナバホの創生神話とそれに基づく砂絵の儀式、砂絵の構図などから学んだことをもとに、「職衆は四つのグループに分かれ、東、南、西、北の四方角を司る」というアイデアが決まりました。ナバホの創生神話においては、あらゆることがまず東から起こり、その後、南、西、北の順に方角を変えて繰り返されます。ナバホの世界の起こりをなぞるように、東のかすかな声から始まり、次いで、南、西、北と声がめぐり、風が起こり、世界が動き始めるような音楽にしようと思いました。さらに、砂絵上の四方位と、初演の会場であるスパイラルガーデンの空間内の方位とを関係づけ、時空間を超えて、ナバホの地と創生神話の世界を、スパイラルガーデンに現出せしめようと考えました。そうして、スパイラルガーデン内の方位をコンパスで確かめに行くところから、《螺旋曼荼羅》の作曲が始まりました。

 『螺旋曼荼羅海会』の構成
 『螺旋曼荼羅海会』の法会全体は、挿入される古典聲明も含め、螺旋と立体曼荼羅を合わせたような形式を意識しました。二〇一五年六月、常楽院(東京都板橋区)で御影供に参列したとき、私は法要全体の「この」部分を作曲するのだ、と、
自身のすべきことを、身体で理解することができました。御影供だけでも、それまでに数回経験していたはずですが、その時にやっと自身の勉強が追いつき、体験と知識とが合わさったような感覚があって、作曲すべきものが具体的に見えてきたのです。
 『風の歌』は散文風のテキストなので、言葉の意味がしっかりと伝わるような用い方をするべきです。表白を意識した講式風の節付けをし、導師がソロで唱えることに決めました。『夜の歌』には、大きく分けて、A、B、Cの三バージョンを作曲しました。Aは、テキストの言葉を引き延ばしながら、四方位で声を受け渡し、風がめぐっていく…、受け渡す間隔はだんだん短くなり、少しずつリズムが生まれ、音高は螺旋を描くように徐々に上行していく、というバージョンです。Bは、『夜の歌』の「オホホホ ホホホ…」という、呪文の言葉の音とリズムの面白さを、最大限に引き出そうとして節付けした、この作品全体の核となるバージョンです。節が対位法的に綿密に組み合わされて音楽が展開します。Cは、ソロによる唱えと全員での読経風の唱えが交互に行われ、読経のように唱える際には行道を伴う、視覚的にも動きのあるバージョンです。B、Cのバージョンでは太鼓を用います。これは、音源を聴くことのできたネイティブアメリカンのチャントが、ドラムのリズムとともに唄われていたことに基づきます。太鼓のセットは、楽器から太鼓の台、譜面台に至るまで、太鼓師をつとめてくださった塚越秀成さんがすべてご用意くださり、お稽古にも毎回持ってきてくださいました。この作品において、太鼓師は指揮者のような役割を担い、お坊さま方は、太鼓のリズム無しに唱えることはできません。作品全体は、『風の歌』と、『夜の歌』のA、B、Cの三バージョンが、それぞれに少しずつ変化しながら、何度かめぐって現れるよう、全体が構成されています。

 記譜について
 聲明の古典の譜は「博士」といいます。詞章(歌詞であるお経)が縦に記され、その左に「博士」とよばれる線や点、言葉書きなどが付けられ、音高と旋律形(どのように音を伸ばし、装飾して唱えるか)が示されます。「博士」の線が太く記されるのは、僧侶のさまざまな種類の声が合わさっていることを意味しているのだそうです。譜があるといっても、聲明は唱え継がれて伝わってきたものなので、実際のお唱えを聴かないとわからない、微妙な要素が多くあります。特に、譜を見てもわからないのが、音価とそれに伴うリズムです。大まかに「長く」や「短く」などと、言葉書きで指示されていたり、旋律系のパターンによって大体の尺が決まったりしますが、僧侶によって譜の捉え方や唱え方は大きく違います。それが聲明の面白いところであり、魅力でもあります。
 聲明は単旋律の音楽で、ユニゾンを基本とし、頭(リーダー)が唱えるのに続いて他の僧侶たちが唱えるのが一般的です。しかし今回の作品では、多声部に分かれ、旋律形を組み合わせて対位法的に音楽をつくる部分があり、その実現のために、時間軸を表すことのできる楽譜をつくる必要がありました。両宗派の古典の聲明曲の採譜を重ね、節のつくりを分析しながら、自分なりの記譜のフォーマットを探し求めました。しかし、アンサンブルをするための時間軸の表せる楽譜とはいえども、お坊さま方は音楽家ではないので、五線譜に代表されるような、いわゆる西洋音楽をベースにした楽譜はあてになりません。西洋音楽の理論に寄りかからない、できるだけシンプルな、直感的に追うことのできるフォーマットをつくる必要がありました。最終的な楽譜は、グレーのドット方眼紙を製作し、それに芯の太さの違う二本のシャープペンで、線や点、説明などを書き込んでつくり上げました。ドット方眼紙の、点と点の間隔一つ分を一拍という考え方で、音価とリズムを示しました。目安となる音程や調なども、楽譜上に明確に記してありますが、お坊さま方、楽譜上の音高を正確に出すための音感よりも、僧侶同士で音高を合わせたり、節を継いで行ったりするための相対的な音感を、日々の御勤めから鍛えられているので、その感覚が活かされるように作曲し、記譜しました。導師による講式風の唱えの部分は、古典の講式の譜にならって記譜しました。
見慣れた古典の譜とはまったく違う様子の楽譜に、当初、お坊さま方は面食らったようですが、線の長さがそのまま音の長さを表し、線の上下の動きがそのまま音の高低を表すというシンプルな構造なので、徐々に読み慣れていきました。また、今回の作品は、古典聲明に元来ある節付けを分析し、その要素の組み合わせのバリエーションで作曲したため、稽古を重ねるうちに、一つ一つの節が、普段唱えている古典曲と結びつくようになり、新しいフォーマットによる楽譜の理解も深まっていったそうです。
 このような記譜のフォーマットの模索は、日本の音楽の本質を内部から理解するために、有効な方法のひとつだと思います。これを繰り返すことによって、五線譜で音楽を理解するのが当たり前ではなく、五線譜で作品を書く際は「五線譜で音楽を書くことを選んでいる」という意識を持つことができます。また今回、音楽家でなくとも追えるような記譜のフォーマットをつくったことにより、海外でこの作品をプレゼンテーションしたときに大変面白いことが起きました。聴いてくださった人は、日本語がわからないにもかかわらず、特に説明せずとも、すぐに楽譜を追うことができたのです。聲明は、日本人でも知らない人が多くいるような、ある意味でローカルな音楽ではありますが、それを深く追究することにより、グローバルな音楽世界を提示することができたことに、とても驚き、大きな喜びを感じました。

 『螺旋曼荼羅海会』は、真言宗豊山派と天台宗の混合グループによる法会なので、宗派による聲明の違いの面白さも、作品中に活かしたいと考えました。真言聲明は「男節」といわれていて、キビキビとした素早いユリ(トリルのような装飾)で旋律が彩られ、全体に音の輪郭がはっきりとしています。天台聲明は、ゆるやかに弧を描くような節が多く、その節回しは「女節」といわれています。ユリはゆっくりと滑らかで、「塩梅(えんばい)」という音の動きが旋律の始めや終わりに付くことによって、天台聲明ならではの印象的な節回しとなります。ナバホの砂絵においては、描かれる配置によって、それぞれのモチーフに男性、もしくは、女性の特徴が施され、主に、向かい合うもの同士は同じ性別、隣り合うもの同士は違う性別となります。それを踏まえ、四方位に分かれるセクションにおいては、東西の職衆のパートは真言聲明の旋律形を中心に、南北の職衆のパートは天台聲明の旋律形を中心に作曲し、音楽の要素が、砂絵やテキストの意味とも強い関係性を持つように気をつかいました。また、作品全体にわたって、真言聲明と天台聲明の節回しを組み合わせたり、両宗派の節回しの特徴を併せ持つような旋律をつくり出したりと、工夫して作曲しました。

Description of the work

 I wonder who I really am. I wonder why I was born Japanese and why I have thought of ways of human life through writing music. When I face these questions and consider the way I should be, I always trace back to the origin of Japanese sound and music. Throughout the world, the history of music started with continuous efforts of human beings to convey their prayers to gods. Ancient people wanted their gods to listen to their prayers and pay attention to them. Naturally, the more desperate their wishes were, the more detailed they figured out how to recite their prayers. They would have been creative in their voices’ loudness, length, and pitch. Vocal music is thought to have started when recitation of prayers developed, became more complicated, and formed as melodies. Thus, tracing back to the origin of sound and music requires studying religious music.

 I first came to the world of shomyo, the Buddhist vocal music, in 2009. Since then, I have conducted research on shomyo. Spiral Mandala is my second major work for shomyo. Writing work for shomyo is similar to rediscovering myself as Japanese. I composed the work learning from modality peculiar to shomyo and inflection of classics. At the same time, as a nowadays Japanese composer, I have been asking myself the meaning of writing a new shomyo work repeatedly.

 Shomyo, literally “voice clear,” is a style of melodic chanting based on sacred texts. It originated in India and later came to Japan from China and Korea sometime after Buddhism arrived in the mid-6th century. Shomyo is monophonic music and is primarily sung in unison by priests. First, the leader sing, then others follow him. All priests try to match the pitch with their leader. Shomyo, chanted by various voices by each priest, sounds like a kind of brilliant rope twisted with each colorful string together. They chant sacred texts in a way to stretch each word longer, sometimes decorated with various types of yuri, which sounds like a trill. This deconstructs the term and turns them into molecular “sounds” with only vowels. Japanese music and their performing arts can be traced back to shomyo.

 One of the most important things when dealing with traditional arts in your composition as a composer is that you should not make the materials die. You should not use materials from traditional arts as just effects. First, it is necessary to understand traditional arts in their historical context rather than in Western musical contexts. That is because all the materials play their role and constitute the whole concerning each other. If you divide the materials from the whole and use them for your convenience without considering that, they will not work at all. It would help if you spent a lot of time learning traditional arts. To know them, you should trace and “re-experience” their history from their origins. I have been trying to perceive the inner nature of Japanese traditional arts, digest them, and create my own new work using what I learned to confirm the position of my own existence through “sound.”

 Spiral Mandala is recited by monks from the Tendai and Shingon sects, the Buzan division of Buddhism. Its lyrics adopt Wind Chant and Night Chant, which are based on the ceremonial chants of the Navajo creation myth, which evokes the structure of a sand painting.
 I made a structure combining “spiral” and “mandala,” from which I figured out the material of the sound and the way to make it whole. In this piece, I wanted to make music in counterpoint. However, as I explained earlier, shomyo is mainly sung all together. Moreover, in hakase, the traditional notation of shomyo, the length of the note is not correctly written, and there is no description of time. That is because shomyo was transmitted orally in general. So, I had to develop my unique format to notate before composing this piece. The notation format must have followed the traditional musical principles of shomyo and also been easy for even priests who had never been to study music to understand. Spiral Mandala has finally been written in a new format which I created after a great deal of trial and error to realize the ensemble with minutely combined traditional melodies forms. I spent extensive time discussing with my priests’ performers and practicing my score with them.
 With passion, the priests have aggressively coped with my notation of music, which is entirely different from the traditional one they usually play. I am deeply grateful to all the priests and Mr. Hiromi Tamura, who always gives me chances to learn from. I hope this work will bring the people some questions, new awareness, and healing.


使用テキスト

風の歌

深い海の下に 洞穴の口があって
あらゆる風はみな そこで生まれるのだ

すべて生きるものに 生命を吹きこむのは風
白い風の神
かれは海の下からやってきて
はるかな空の高みにまで 登っていく

かれはすっくと立って 腕をのばす すると
かれの一本一本の指先から 風が起こる

はじめに 白い風
つぎには 赤い風
それから 青い風
そして 小指からは 黒い風

すべて生きるものに 生命を吹きこむのは風
胎内に息ある限り 生命はある
これはみな 風の神にあたえられた風なのだ
胎内の風吹きやむとき 人は言葉を失い
そして 死ぬ

白い風の神
かれがすっくと立って 腕をのばすと
かれの一本一本の指先から 風が起こる

はじめに 白い風
つぎには 赤い風
それから 青い風
そして 小指からは 黒い風

風は指先のハダに 生命の息吹をあたえる
生命のうず
指先をじっと見るがいい
どの指先にも
風のあとのうずが 見えるだろう

田村博巳によるテキストで、ポール・G・ゾルブロッド『Dine Bahane1: The Navajo Creation Story』p. 50-51と、 ジェローム・ローゼンバーグ『Technicians of the Sacred』(Revised and Expanded Edition) (Berkeley: 1985) p.226の一節に触発された間宮芳生のリブレットに基づく。

夜の歌

オホホホ へへへ ヘイヤ ヘイヤ
オホホホ へへへ ヘイヤ ヘイヤ
エオ ラド エオ ラド エオ ラド ナセ
ホワニ ホウ オウオウ オウエ
エオ ラド エオ ラド エオ ラド ナセ
ホワニ ホウ オウオウ オウエ
ホワニ ホワニ ホウ ヘイエイエイエ エイエヤーヒ
ホウオウオウ ヘイヤ ヘイヤ ヘイヤ ヘイヤ
ホーワ へへへ ヘイヤ ヘイヤ ヘイヤ
オホホホ ホウエ ヘイヤ ヘイヤ
オホホホ へへへ ヘイヤ ヘイヤ
ハビ ニエ ハビ ニエ
ハヒュイザナハ シヒワナハ
ハハヤ エアへオーオ エアへオーオ
シヒワナハ ハヒュイザナハ
ハハヤ エアへオーオ エアへオーオ エアへオーオ エアへオーオ エアへオーオ

ジェローム・ローゼンバーグ『Shaking the Pumpkin: Traditional Poetry of the Indian North Americans』p.279より「SOUND-POEM No.1」
 

Lyrics

Wind Chant (Kaze no Uta) in the Japanese pronunciation

Fukai umi no shita ni hora'ana no kuchi ga atte
Arayuru kaze wa mina soko de umareru noda

Subete ikiru mono ni inochi wo fukikomu no wa
Shirai kaze no kami
Kare wa umi no shita kara yattekite
Haruka no sora no takami ni made nabotte iku

Kare wa sukkuto tatte ude wo nobasu suruto
Kare no ippon ippon no yubisaki kara kaze ga okoru

Hajime ni shiroi kaze
Tsugi niwa akai kaze
Sorekara aoi kaze
Soshite koyubi kara wa kuroi kaze

Subete ikiru mono ni inochi wo fukikomu no wa kaze
Tainai ni iki aru kagiri inochi wa aru
Kore wa mina kaze-no-kami ni atae rareta kaze nanoda
Tainai no kaze fukiyamu toki hito wa kotoba wo ushinai
Soshite shinu

Shirai kaze-no-kami
Kare ga sukkuto tatte ude wo nobasu to
Kare no ippon ippon no yubisaki kara kaze ga okoru

Hajime ni shiroi kaze
Tsugi niwa akai kaze
Sorekara aoi kaze
Soshite koyubi kara wa kuroi kaze

Kaze wa yubisaki no hada ni inochi no ibiki wo ataeru
lnochi no uzi
Yubisaki wo jitto miru ga ii
Dono yubisaki nimo
Kaze no ato no uzu ga mieru daro

Wind Chant (Kaze no Uta) translated in English

There is an entrance to a cave in the deep sea
And all kinds of wind are borne from there

The thing that breathes life into all living things is
The White Wind God
He comes from the deep sea
And ascends to the high, faraway sky

He springs to his feet and stretches his arms, and then
The wind blows from each of his fingertips

First is the white wind
Next is the red wind
Followed by the blue wind
Then the black wind from his little finger

The thing that breathes life into all living things is the wind
As long as there is breath in the womb, there is life
All human life is the wind given by the Wind God
When the wind in the womb stops blowing, a human loses his words And dies

White Wind God
He springs to his feet and stretches his arms, and then
The wind blows from each of his fingertips

First is the white wind
Next is the red wind
Followed by the blue wind
Then the black wind from his little finger

The wind gives the breath of life to the skin of his fingertips
A whirlpool of life
Gaze at your fingertips
On each fingertip
You will see the trace of the wind's whirlpool

Japanese lyrics by Hiromi Tamura, based on Michie Mamiya1 s libretto inspired by passages from Paul G. Zolbrod, Dine Bahane1: The Navajo Creation Story, p. 50-51, and Jerome Rothenberg, Technicians of the Sacred (Revised and Expanded Edition) (Berkeley: 1985), p.22.

Night Chant (Yoru no Uta)

"SOUND-POEM NO. 1" from Jerome Rothenberg, Shaking the Pumpkin: Traditional Poetry of the Indian North Americans, p. 279

Performance movie

Performance digest

Recording+score video

Music clip (excerpt)


Performance history
(As of 12 August 2022)

2016年1月9・10日(二回公演)- 世界初演
スパイラル聲明コンサートシリーズ vol.24「千年の聲」螺旋曼荼羅海会
スパイラルガーデン(東京都港区南青山5-6-23 スパイラル1F)
出演/声明の会・千年の聲(迦陵頻伽聲明研究会と七聲会による)
♦︎迦陵頻伽聲明研究会(真言宗豊山派)
新井弘順、平井和成、大平稔雄、川城孝道、斎藤説成、小路耕徳、塚越秀成、塚田康憲、田中康寛、沼尻憲尚、戸部憲海、孤島泰凡、多田康雄、青木亮敬、新井弘賢、中山宥義、堀内明大
♦︎七聲会(天台宗)
末廣正栄、室生述成、玉田法信、杉山幸雄、鈴木亮仁、豊田良栄、宇佐見孝昭、髙栁亮伯、小野常寛
構成・演出/田村博巳
www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_1725.html
www.kaibunsha.net/archives/201601shomyo.html
www.flickr.com/photos/bozzo173/sets/72177720298124289/
www.spiral.co.jp/application/files/4615/7406/7369/2015_spiral_annual.pdf

2018年12月15日
聲明 螺旋曼荼羅海会
上越文化会館 大ホール(新潟県上越市新光町1丁目9番10号)
出演/声明の会・千年の聲(迦陵頻伽聲明研究会と七聲会による)
構成・演出/田村博巳
www.joetsu-bunkakaikan.com/jisyu.html#聲明

24, 25, 26 & 27 February 2022
*Immersive Audio Performance
Spiral Mandala -Wind Chant and Night Chant-
Shomyo: Buddhist Ritual Chant—Spiral Mandala Ceremony
Japan Society, 333 East 47th Street, New York, NY 10017, U.S.
Tei Blow, a sound designer, transform Japan Society’s stage into an immersive soundscape featuring the premiere recording of "Spiral Mandala"
Shomyo no Kai—Voices of a Thousand Years
Hiromi Tamura, director
teiblow.com/spiral-mandala-ceremony
www.japansociety.org/arts-and-culture/performances/shomyo-buddhist-mandala-ceremony


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