[こぼレビュー]二月の勝者

書いた人:高瀬志帆
載せてる:小学館(スピリッツ)

 過去に自分が教えた空手教室の生徒に満足な戦績を残せなかった苦い経験のある佐倉は新入社員として入った都内中堅中学受験塾で大手学習塾から転職で来た塾長黒木と共に新小学六年生の中学受験を受け持つことになる。

 商業ベースにはドラマ作りの理想と限界がある。

 キャラクターベースのストーリーは読みやすさの確保に貢献する。たとえば、まずは卵アレルギーの大食い少年Aがバケツプリンを食べたいストーリーとする場合、アレルギーなのに食べる理由となるマドンナBや小児肥満を心配する母B'、卵の値段を上げ続ける与党B''等を配置しストーリーを作る。基本的にキャラクターベースの作劇とは「なりたいもの」と「葛藤」と「障害」の三題噺である。
 しかしこのシステムには大きな欠点があり、こじんまりとしたサイクルになりがちな事である。映画というメディアではそこはたまに本気のものを作る(トイストーリー3やダンケルクやNOPE等)以外は完全に割り切って諦めている。そのかわりディテールを作りこむ事で機微を盛り込み、なんとか鑑賞に堪えうる程度と商業的成功をバランスしている。

 漫画ではどうなのかというと、やはりこういった作品作りはやはり基本である。そして、その形式で書かれたのが本作を前に必ず通らなければいけないドラゴン桜があろう。
 はっきりいうとドラゴン桜は失敗している作品である。色々ゴテゴテとした極端な装飾のあるキャラクターが出てくる(偏差値30、酒浸りの父を持つとかそういうの)が、それらは装飾に過ぎず話の都合で安易に解決したりしなかったりする。人間味がないといえばいいだろうか。ではなぜ受けるかというとドラゴン桜のポイントは小間切れの3話程度のエピソードが実はキャラクターではなく受験テクニックにフォーカスされていることで、キャラクターたちが東大に安易にグングン近づくメルヒェンなストーリーを追うことで自分も頭がよくなった気がするからだろう。それもそのテクニックもどうせ嘘ならとでっかく逆張りで、詰込み型教育を奨励したりすることで読者を愛撫する。漫画でキャバクラをやるという感じか。特に国語の教師として呼ばれるキャラクター等は名前から芥山龍三郎というパロディで、和服を着て学校に教えに来ているというもはや小学生の即席の妄想レベルのキャラクターである。

 さて、本作にもこの影響といってもいいだろう、受験の裏テクニックのようなものは山ほど出てきて知的好奇心の側からのアプローチはあるが、本質は学校モノであり金八先生から続く各キャラクターの成長と和解の物語である。
 また、同じスピリッツ連載の「あさひなぐ」の影響・成功も大きいと思われる。それは出てくる生徒たちの群像劇的なところを重視しており、恐らく長編であることが連載前にある程度決まっていたことからストーリーの展開を急がない部分や、物語後半に立て続けにクライマックスを持ってくる部分など、余裕のある構成にでている。その他少しのスパイスとして少女漫画的手法も青年漫画を逸脱しない部分で取り入れているところにも感じられる。

 たとえば金八先生がそうなのでGTO等その影響下の作品はほとんどそうだが、複数のキャラクターが出てくる場合は話のサイクルが五月雨式になりがちだ。暗いA君のエピソードがありA君は明るくなる、まるでA君が明るくなるのを待ってたかのようにB君の万引き癖がエピソードになり、B君の万引き癖が治る…こういうのの繰り返し…とても楽な作劇だが、最初に提示した通りこのサイクルは話の途中でも入りやすいかわりに各エピソードはこじんまりしがちとなる。
 そこで本作ではもう一歩進めた部分として、黒木のエピソードを、また中学受験であることを踏まえて親のレイヤーを設定している点が挙げられる。
 大方の作品では子の障害でしかない親に関しては、本作は親離れ出来ていない子と同時に子離れ出来ていない親として1対として描く。実名中学などを出しながらも全体的にポリシングトーンは廃した本作でも、東京の受験事情を異常な状態として定義し、その極限状況下で闘争状態となる親と子を書くことで、どうしても子供という掘り下げが不足しがちなキャラクターもシリアスな内面の突き詰め、その見える化に成功しているといえるだろう。タワマン、戸建て、服装、職業…言外に親のリアルな階層の違いを書いているのも子供に重層的な味つけとなる。
 黒木はライバルであり師であり、謎もある。この超人的キャラクターがドラゴン桜の教師と同じく、教育については間違わず葛藤もないことから話のペースに貢献し、また、ドラゴン桜の教師とは違いクライマックスに向けて逆に人間へと降りて来ることが読者に緊張を継続させる。

 キャラクターエピソードも安易に使い捨てず、退場するキャラもほとんどいない。現代的なDV・貧困・依存等も描き、それでいて本作では耳目を集める展開よりも幸せな理想を提示する。単調な話の積み重ねではなくこなした話数が編み出す重層の表現ができた本作に商業漫画のあるべき姿がここにある。

 

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