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「切ってはいけない」#怪異が本当に出る町 より

去年の夏、駅前の放置自転車撤去のアルバイトをした。
普通の鍵なら、持ち上げてトラックに積めるのだけれど、中にはワイヤーロックで固定されているのもある。そんなときはボルトクリッパーで切ることになっていた。
それにしても暑い。
休憩中、老婆から
「お兄さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「ここの裏の神社に、放置自転車があってね。御社の柱にワイヤーで繋がれてて困ってるの」
なんと、罰当たりな輩もいたものだ。
僕は仲間に声を掛けると、ボルトクリッパーを持って、老婆についていった。

老婆に案内されたのは、誰もいない寂れた神社だった。
裏に回ると、ずいぶん古い自転車が太いワイヤーで繋がれていた。
「お願いできるかしら?」
「やってみます」
僕はワイヤーをボルトクリッパーで挟み、力を込めた。
思ったよりも硬い。いつもならすぐに切れるのに。
すると、奥から人影が現れる。
「おい、君、大丈夫か!?」
現れたのは、今回のバイトの指示役の市役所の人だった。
ひどく慌ててこちらに来たようだった。
「どうしたんです?」
「君が突然、一人でフラフラとこっちの方に歩いていったって聞いて、心配になって来たんだよ」
「え? 僕はそこのおばあさんに……」
振り返ると、そこに老婆の姿はなかった。さっきまであったはずの自転車も。
さらに、ボルトクリッパーで切ろうとしていたものを見て驚いた。
それは古い祠に幾重にも巻かれた、しめ縄だった。

市役所の人は、熱中症かもしれいと、家まで送ってくれた。
その晩、僕は高熱にうなされた。怒り狂う黒い影の姿を夢に見ながら。

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