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禍話リライト 備品/遺品

以前、警備員のアルバイトをしていたAさんの話だ。

当時、新しいアルバイトを探していたAさんはとある寂れたビルの警備員として採用された。
業務内容は夜間の見回りだったが、勤務中に何か事件が起こるようなこともなく楽なアルバイトだった。

しかし、一つだけ不満があった。
休憩時間を過ごす場所がなかったことだ。

警備員用の休憩室はあった。
しかし、勤務初日に先輩からあそこは使わない方が良い、と言われたのだ。
代わりに近くのコンビニにでも行けば良い、先輩達は皆そうしている、とのことだった。

Aさんは最初、休憩室の空調か何かが壊れていて休憩時間を過ごすには不便だから使うな、と言われたのだと考えた。
そこで、勤務初日からしばらくは先輩達に倣って、ビルの最寄りのコンビニで休憩時間を過ごしていた。
しかし、深夜のコンビニはイートインが閉鎖されていて、ゆっくりと過ごすことはできなかった。
コーヒーなどを片手にコンビニの駐車場でボーっとするのが関の山で、これなら多少空調が壊れていても休憩室で過ごす方がマシではないかとAさんは考え始めた。


段々と業務にも慣れてきたAさんは、日によっては一人でシフトを任されるようになった。
そこでAさんは、一人勤務の日に試しに休憩室を使ってみることにした。

Aさんが休憩室に行ってみると、電気も空調も問題なくついた。
しかし、先輩たちが使わない方が良いと言った別の理由が分かった。
油性ペンで「備品」と走り書きされたダンボール箱で、室内が埋め尽くされていたのだ。
入り口付近に辛うじて椅子を置いて座ることができる程度のスペースがあるほかは、足の踏み場がないくらい箱が散らかっていた。
床一面どころか縦にも箱は積み上げられており、Aさんの背丈よりも高く積まれたものもあった。

これでは確かに圧迫感があるし、夏場は暑そうで快適には過ごせないだろうとAさんは思った。
しかし、当時幸いにも夏を過ぎて涼しくなり始めた時期であり、空調をつければ問題なく過ごせたことから、Aさんは休憩室で休むようになった。


Aさんが休憩室を使い始めてからしばらく経った頃、Aさんの勤務初日に休憩室について忠告をしてくれた先輩とシフトが重なった。
そこで、Aさんはその先輩に休憩室が意外と快適であることを伝えた。

「ああ、お前気にならないんだ。ならいいんじゃないの」

先輩はAさんにそのように返事をした。
Aさんは散乱したダンボール箱のことだと思い「全然っすね。散らかってるくらいなら、気にせず寝ることもできますよ」と答えた。

「うーん。そうじゃなくてさ。あそこ、たまにだけど箱の隙間から何かチロチロとよぎるような感じがしないか?」

先輩からのさらなる返事に、Aさんは想定していなかった方向に話が進み始めたと思った。
何せ寂れたビルだ。
先輩はもしかすると、心霊的な意味を含ませてそういうことを言い出したのではないかと直感した。
しかし、その上であえてとぼけるようにして「よぎるって、ネズミとかですか?」とAさんは尋ねた。
しかし、先輩からは案の定「いやおばけ」と冷たく返されてしまった。

ネズミくらいなら俺だって気にせず休憩室で寝るなぁ、と言いながら先輩は休憩室で目にする何かが何故幽霊だと思うのかを説明してくれた。


Aさんが警備をしているそのビルには、以前社長夫婦と数人の従業員が経営する貿易業者が入っていたらしい。
小規模な会社だったがそれなりに景気よく経営されていたという。
しかしある時、社長夫婦も従業員も全員失踪してしまった。
噂では、何かやばいものを取引して事件に巻き込まれたと言う人もいる。
社長夫婦には頼れる親戚などがいなかったようで、ビルにあった夫婦の私物は誰にも引き取られず放置されたため、ビルの管理者によって今でも「備品」としてこのビルに保管されている。
それが、休憩室にあるダンボール箱ということだった。
そういう背景もあって、警備員の皆は気味悪がって休憩室を使わないのだという。

「先輩、社長夫婦がもし生きていなかったら、それってもう備品じゃなくて、遺品っすね・・」
「お前、うまいこと言うね」

結局その日以降、Aさんは再び休憩室を使わなくなった。


Aさんが先輩から休憩室の備品の謂れを聞いてからさらにしばらく経ったある日、元々二人勤務の予定だったのが、相方の体調不良で急遽Aさんの一人勤務となった。
先輩の話を聞いてからは偶然にも二人勤務の日が続いていたため、久しぶりの一人勤務にAさんは少し緊張していた。

深夜3時頃、その日何度目かのビルの巡回で、Aさんが休憩室の前を通った時に、部屋の中からガタッと音がした。
それは恐らく、積み上げられたダンボール箱が崩れて床に落ちた音だった。

ダンボール箱は雑に積み上げられていたため、何かをきっかけに自然と崩れることもあるだろう。
しかし、音がした以上Aさんは警備員として休憩室の中を検める必要があった。
Aさんは、先輩から話を聞いてから避けていた休憩室に入ることに少し怯えていた。

Aさんが休憩室に入ると、入り口から見えるところでダンボール箱が崩れていた。
元々箱が散乱している部屋のため、崩れたものを積み直したところでほとんど変わりはない。
それでも、崩れているのを確認だけしてそのままにするのも逆に変に思えたため、Aさんは崩れた箱を元の位置に戻そうと崩れ落ちたと思われる箱を持ち上げた。

持ち上げたダンボール箱は、想像に反して異様に軽かった。
そして、持ち上げると同時にカランカランと何か軽い物が箱の中を転がる音がした。

そのダンボール箱はガムテープなどで密封されておらず、上蓋が交差されて塞がれているだけだったため、中身を見るのは容易だった。
Aさんはなんとなく、無意識に近い状態で箱を開けて中を確認した。

ダンボール箱の中身はドライバーが一本入っているだけだった。
ドライバーには「○○」と恐らく持ち主と思われる名前が記されていた。

たった一本のドライバーを備品として保管するために、ダンボール箱を一つ費やすだろうか。
Aさんは、目の前で箱の中に転がるドライバーを見ながら混乱した。
そして、周辺のほかの箱も持ち上げたり蓋を開けてみたりした。

ほかのダンボール箱は中身がしっかりと入っているものもあった。
しかし、Aさんが最初に持ち上げた箱と同様に、例えばタオルが一枚入っているだけのものもあった。
気味が悪くなったAさんは、開封した箱を元に戻すこともそこそこに休憩室を後にした。
Aさんはその日の業務日誌に、休憩室内の箱が崩れそれを元に戻したことと、ドライバーしか入っていない箱があったことを記した。


朝になり退勤したAさんは、帰宅すると早々に布団に入り眠りについた。
いつものAさんなら、退勤後に帰宅して眠っても昼過ぎには起きる。
しかしその日は、目覚めると夜の10時頃だった。
Aさんは、仕事後の疲れも普段と変わりないのに変だなと思いつつ、起きた後もダラダラと過ごしていると、気づけば日付が変わっていた。
翌日は休みだったが、そのまま起き続けて生活リズムを崩すのも避けたかったAさんは再度寝入ろうとした。
しかし、直前まで長時間眠っていたためか全く眠気がしない。
そこで、Aさんは普段はしない寝酒で眠ろうと考えた。

Aさんは自宅にあった適当な酒を飲んだ。
それから再びダラダラと過ごし、眠気が来るのを待っていたが、なかなか眠気は来ずしばらくすると気分が悪くなってきた。
普段しない寝酒なんてしようとしたからかな、とAさんは思いつつ体を横にしていると、いつの間にか眠っているようなそうでもないような、曖昧な状態にAさんの意識は落ちていった。


曖昧な意識の中でAさんは夢のようなものを見た。
そこでAさんは、自宅にいて何か大事なことを忘れているような焦燥感に襲われていた。
例えば、コンロの火がつけっぱなしとか、風呂場の水が出しっぱなしとか、そういう類の焦燥感があってAさんは家の中を確認して回った。
しかし、何処にも特に異常はない。
それでもどんどんと焦燥感は増し、もう取り返しがつかないという気持ちになったところで、台所の流しの下部分にある収納が目に止まった。
観音開きになっているその収納の戸を開くと、中にはダンボール箱があった。
ダンボール箱には「備品」と走り書きされていた。
ダンボール箱の蓋は、ガムテープで厳重に閉じられている。
これだ、これを外に運び出さなくてはいけない。
Aさんは強くそう思い、ダンボール箱を収納から引き出して持ち上げようとしたが、それはとてつもなく重くなかなか持ち上げられない。
やっとのことで持ち上げたダンボール箱を台所に隣接する玄関まで運び、玄関の戸を開けて自宅マンションの外廊下に放り出したところで、Aさんは目を覚ました。


目覚めたAさんは尋常ではない量の汗をかき、激しい動悸がしていた。
何故か両手にしびれまである。
まるで、重い物を持ち上げ必死に運んだ直後のようだった。
水でも飲んで落ち着こうとAさんが立ち上がり台所に向かうと、流しの下の収納の戸が開いていた。


ペリペリペリ。

玄関の戸の向こう、マンションの外廊下から、ガムテープを剥がす音がした。


Aさんは、翌朝にはアルバイト先へ電話をし退職を申し出た。
急な話だったにも関わらず、上司は何も言わずそれを了承したという。


この話は、著作権フリーの青空怪談を語るツイキャス「禍話」より以下の回の話をリライトしたものです。


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