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手紙書きさんたちへ

5月のある日、不動産屋さんと名古屋に行った。

名古屋には私の実家があり、実家に関する依頼をしていて、何度目かになる名古屋出張にこのたび同行させてもらうことにしたのだった。


不動産屋さんの事務所でFさんと待ち合わせして、車に乗って行った。
私は初めての本を出したばかりで、そのことを話したくてたまらなかったからずっとそわそわしていた。
Fさんは運転しながら、ゴールデンウィークは名古屋に帰ったんですか? と聞いてくれたり、去年のゴールデンウィークに僕も名古屋に遊びに行ったんですよとか、名古屋城が満員で入れなくてとか、もう何回も聞いた話をしたりして、忙しなく気遣ってくれた。

高速に乗るときに、突然、Fさんが「最近手紙を書き始めたんですよ」と言い出した。

私が文章を書いていることや、元国語教員だということを知ってのことだとわかったし、第一、私はFさんに初めて担当してもらった後に手紙を書いていたから、「手紙」はわれわれにとって共通のキーワードではあった。
さらに私たちは、最初に私がその不動産屋さんを飛び込みで訪れた日(つまり出会った日)から電話ではなくメールでやりとりをしていて、業務上の内容とはいえ、それは「手紙」といえなくもなかった。

電話は苦手で、とっさに何を話したらいいのかわからなくなる私にとって、メールでのやりとりは気が楽であり、自分の土俵というような気分もあってずいぶんリラックスして交信していた。
会ったばかりのFさんが、日頃私と同じ温度で文章を書くことに親しんでいる人であるのかどうかはわからなかったけど、その日のお礼やまとめを、感想や決断を催促するような性質のある電話ではなく、メールで送ってくれることには好感が持てたし、安心した。

Fさんのメールは、顧客への礼儀上、定型の言葉を使いつつも、ほとんど話すのと同じ勢いと丁寧さで書かれていた。物件のおすすめポイントとマイナスポイントと自分の考えと私の悩みや迷いへの返事がもれなく書かれた文章の合間に、時々のぞく人柄はくすりと笑えた。
私は、いつしかこのやりとりを楽しむようになっていた。


そうはいっても、忙しい身なのに手紙を書き始めただなんて、私でもあるまいし……といぶかしんで聞いていると、仕事で手紙をもらうことが多く、私からの手紙や私の母からの手紙もうれしくて感激し、自分も書こう! と思い立ったのだという。
どれだけの不動産屋さんが日頃手紙をもらっているのか、私は知らないけれど、「手紙をもらうことが多い」というのは、たしかに納得の人なのだった。

ちなみに、私の母も、どちらかというと手紙書きではあって、(うまくはないけど)わりとよく書いていた。
母の場合は「手紙が好き」というよりも、主に、感謝を伝えたいがどうしたらいいかわからずその最高手段として手紙を書くという性質のもので、Fさんにも今回の名古屋での依頼に応えてくれたことについて感謝の手紙を書いていたのだった。


それで、Fさんは、「定型の言葉ではなくてぜひ自分の言葉で書きたいのだが、それは失礼なのかどうか?」ということを私に聞きたかったらしい。
「拝啓」とか「緑も多く生い茂っている今日この頃」とか、書いた方がいいんですかね? そういうのじゃなくて、自分で書きたいんですけど、と言う。
私は、「自分の言葉がいいと思います!」と勇んで言いながら、でも大事なお客さんに対してそれは失礼なのかな? 私みたいな人ばかりだとは限らないし、と一瞬ためらった。

すると、「社長に相談したんですけど……」
「したんですか?! 社長は何て?」
「『自分の言葉で書いたらいいんじゃない?』って」
すばらしい社長だな!

それでも、話のついでに私にも尋ねてみてくれたらしい。
さらに、「僕、手書きで書きたいんです」と言って、「手書きの方がやっぱり気持ちが伝わるじゃないですか」と言うから、私はちょっと意地悪な気持ちになって、
「そうですかね~。パソコンの文字でもいいと思いますけどね。(フォントによっちゃすごくかわいいしなあ~)」と言ったら、「ワタナベさまにいただいたお手紙も手書きで、きれいな文字で、僕すごい感動したんですよね! その人が、書いた文字に表れているというか」と持ち上げるので照れる。
そこまで言われたらもう聞くしかないので聞いていると、
「パソコンの字はやっぱりなんだか味気ないですよ。ワタナベさまは、やっぱり習字とか習ってたんですか?」「子どもの頃ですけどね」
「やっぱり!!」と言って興奮している。
「僕、字が下手で! だから、ペン習字習おうかなと思って申し込んだんですよ、ユーキャンで!」と続ける。
本気だなーまじめだなー。ブレないなー。
「でも、手紙ってすごい時間かかりません? Fさん、お忙しいのに、いつどこで書くんですか? お家?」と聞くと、「両方です! 家でも事務所でも書きます。手紙って、空いた時間に書けるのがいいですよね~」と、毎日激務であちこち飛び回っているくせになんだか夢みたいなことを言っている。
私が各ポイントで一人圧倒されているうちに、さらに驚きの告白が続く。
「便箋にもこだわりたくて。良い紙にさらさらっと書きたいじゃないですか。だから東急ハンズでレターセットとか買ってるんですよ」
「便箋を……? 私ならともかく……」(←驚きと感動? で、ツッコミの言葉も尽きている。)
「ワタナベさまのくださった手紙の便箋もかわいかったですよね」と言うので、「あ~、パンダでしたっけ?」と言ったら、「いや、ワニだったと思います! かわいかった~」とニコニコしている。
さらに告白は続く。

「それでね、僕、シール貼るんですよ。ドラえもんの」
……ん?
しーるはるんですよどらえもんの?

私はだいぶ前から驚きと嬉しさでニヤニヤしていたのだけど、ついに爆笑してしまった。

シール貼るの? 相手、お客さんだよね? 変じゃない? それ。 
シール貼るのに、定型文じゃなきゃいけないかどうか悩んでたの? 
ってか、シール貼ることへの迷いはなかったの? (な・さ・そ・う!!)
しかも、ドラえもーーーーーんて。
 
「どこに?」って聞いたらけろっとして、「文章の最後に、なんかさみしいなあと思ったら貼ります。かわいいのを見つけたんですよ! 東急ハンズで。ドラえもんのアンティーク調のイラストのシール。これだ! と思って」
だそうです。

かわいい人だな~(ちょっと変だけど)と思う。そりゃあみんな手紙書きたくなるよ。わかるわかる。手紙魔じゃなくても書いちゃう。
私は、ドライブの序盤からもういいもん見たな~(聞いたな~)と思いながら、すでに満ち足りた気分で座っていた。

Fさんはまた気を遣ったのか、
「ワタナベさまも手紙書かれるじゃないですか」と言うから、
「書きますよ。手紙魔なんで」と言って、私はすっかり押されていた形勢を立て直すかのように、ここぞとばかりに最近到達した手紙についての見解を発表する。

「いろいろ考えたんですけど、手紙って書いてるだけで満足なんですよね。究極的に言えば返事はいらないというか。いや、ほしいけど別にいらないというか。ほしいけど。前に、手紙を出した相手から3日後に返事が届いたことがあってすごく引いてしまったことがあるんです。だって私が悩んで考えて、投げかけたことのすべてに対して即座に応えられるわけがないのに。時間をかけて書いたものに、すぐ相手がこたえを書けるなんて思ってないっていうか。望んでないっていうか。そんなの無理だし。『礼儀上』って言って、すぐに返事を書かれても困るしそんなの悲しい。そんなんだったら返事はいらない。そうやって考えると、手紙って、自分の話を一方的に話したいから書いていて、結局ジコマンなんですよね……反省ではないけど」


うなずきながら聞いた後、彼は、「なるほどたしかにそうですね!! 手紙って自分の話しかしてないかも。僕もお客さんに自分の感謝の気持ちをどうやって伝えたらいいんだろう。どうしたら伝わるのかな? と考えて、そのことばっかり書いてます!!」と言った。


つまり、悩みすぎる私のことも、うるさくてめんどくさい私のことも、彼の手にかかるとまるっと爽やかに肯定されてしまうのだった。
やっぱりかなわないし、すばらしいな~と思う。くよくよといつまでも考えすぎる私との違いが鮮やかで魅了される。だから好きなのだと思う。
すっかり完敗した私は、「Fさんは、感謝を伝えたくて手紙を書いてるんですね」と確認するように問うと、
「そうです!」
きらきら。きらきら。
違う人っていいなと思ったお話。

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