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【小説】風信子館の証跡 -2-

 言葉は話せるのに、本で勉強して知識だって多少は蓄えているのに、どうして声は届かないのだろう。
せめて言葉を届けることさえ出来れば私達は毎晩こんな苦労はしないといつも思う。
声が届いていないからこそ、人間は勘違いする生き物なんだ。
 私のノックを済ませ、フユウの誘導は済ませた。急いで走り、足音が聞こえてしまいそうな範囲まで来れたらフユウの背中に乗って私達は今宵のターゲットである使用人の元へと辿り着く。
 不可思議そうに窓の外を見つめる使用人の名は馬服一縷(まばらいちる)という男。懸命に見えたはずであろうフユウの白い影を探しているみたいだが、その探している姿がこんなにも堂々と真横に立っている事に気がつかないとは憐れに思うところか、それとも私達の存在を私達自身が恨むべきか。
横で手を振っているんだぞ、フユウが自らを指差し嬉しそうにしているというのに……。

「……絶対におかしい。誰かが扉を叩いて、外に何か通ったと思ったのに何もない。この間もこれあったし……七月さんも辞める前同じ事言っていたよなぁ」

 独り言を呟き、首を傾げる一縷に私はただこの姿を傍観するわけにもいかず、次なる作戦を実行しなければならない。
フユウから降りている私はゆっくりと歩きながら廊下に並ぶ扉を端から端まで目を通して策を練る。
 存在証明はここが肝。さっきまでやった事だけで終わってしまうのなら、それでは人間という存在は疲れだとか気のせいだとかの便利な言葉で片付けてしまうから終われない。
 ふと、そういえばここの真下が使用人達の部屋だという事を思い出した。
一縷には姉がおり、馬服姉弟は昔にこの館の主から引き取られた孤児なので使用人として姉弟仲良くこの風信子館で働いて住ませてもらっているらしい。
別々の部屋が与えられているようだが、その部屋は隣同士で1階にある。
それがこの廊下の真下の場所だ。

「フユウ、下の階に行こう。良い事思いついた」
「べろべろば~……あ、はーい!そこ動かないでね~」

 まだ一縷に見えないアピールをしていたフユウがサッと飛んできては、私の腰に手を回して今来た道を飛んで戻っていった。

「私も飛べたらこんな情けない姿で運ばれずに済むのに……」

 小声で呟いた文句は誰にも届かないまま、一縷の場所から離れた静かな廊下の奥にその姿と共に消えた。


◇◇◇◇


 1階廊下。いや、東通路と西通路の2つがあったりするのでどっちの?と思われない為に、さっき一縷がいた方の真下の廊下だ。
東か西かだなんて私達にとっては人間の決めた事なんだから、正直廊下は廊下で良い。だってどっちも似た景色だし。
 とにかく、今日の存在証明を思いついた私はフユウと一緒に1階廊下の一縷の姉の部屋と思われる扉の前に立っていた。

「確かここだ。馬服姉弟の姉の方の部屋は」
「お休み中の部屋のノック回数は4回のお・は・よ・うかなぁ~?それとも2回のノッ・クの自己紹介かなぁ~?」
「フ・ユ・ウの3回に特別にしてあげるよ。私の友人の名前でね」
「やったー!」

 3回以上も以下もない。私のルールなんだから。
 どこも似た飾り気無い扉の前に立っては、上の廊下にまだいるはずであろう一縷がいなくなる前に私は握った右手で扉を3回ノックした。
外の風で揺らぐ葉の音が聞こえるくらい静かな屋敷の廊下内で、僅かながら私の真上で足音がし始める。
 少しだけ扉から離れて、ほんの少し待ったら2階廊下にいた一縷が廊下に姿を現し、訝しそうな表情で狙い通り一縷の姉の部屋の前まで来た。

「姉ちゃん……?」

一縷が扉を開こうとドアノブに手を伸ばしたと同時に、まだ掴んでいないドアノブは先に回り始めて扉は開かれた。

「……一縷?一体こんな時間に何?」
「え……いや、姉ちゃんこそ何か音立てて用事でもあったのかと」
「ここ私の部屋で、今扉叩いて開けようとしたのそっちでしょ」
「上の客間で戸締り確認してたら扉を叩く音が聞こえて、姉ちゃんが探しているかと思って来たんだよ!てっきり僕の部屋にも尋ねてきたと思って!」

 狙った通りのタイミングで2人は鉢合わせてくれた。
一縷の姉である馬服望(まばらのぞみ)は今日の深夜当番ではなかった為、寝ていたであろう。そこを私がノックする事で2人は互いに呼び出された形となり、その食い違いは第三者という可能性を生み出す。
それこそが、さっき思いついた今日の存在証明となるだろう。
 普通ならばこの場合、お互いの言う事が嘘だと思い、喧嘩して信用が失われたりするが、しかし私達がしている存在証明は今日始まった事ではなく、今は屋敷の住人、使用人全てが不可思議と思う現象にまで育て上げている。
だからこそ、私達の存在を少しは感じ取る結論に至ると私は思った。

「……姉ちゃん、やっぱこれってアレだよ」
「一縷が気になって集めてきた本とかに書いてあるアレ?まあ、これは確かに最近噂あったわね。私も体験して、一縷も葦さんも経験してたし……」
「そう!七月さんも言っていた。だって僕は2階で仕事していた時に音聞いて、姉ちゃんは寝ていた所に音聞いて……お館様の部屋は反対の2階で僕はさっき会ってない!家政婦長も今日はもう帰っているんだよ!」

 最近起きた疑惑のおかげで馬服姉弟共々お互いを疑わず、気持ちが良いほど一縷と望は目に見えない存在を認識し始めている。
私のノックと、フユウの白い影が、たった2つの行動だけで成り立っていく存在証明。
 込み上げてくる達成感。フユウはいつも通りニコニコと笑顔振り撒いているけれど、私が今つり上がっていく口の端は紛れもない私の考えた通りの結果に導けたという嬉しさと、未確認な存在ではなく個として認められた私自身を褒めたいという気持ちの表れだ。
 そう、これが私達の存在証明なんだ!!

「やっぱ幽霊の仕業だよ姉ちゃん!」

……はい?

「幽霊がいるんだ……この館に……さっき窓の外で僕も七月さんが言っていた白い影を見た気がする……誰かが扉を叩くのもポルターガイストだよきっと!」

 ちょ、ちょっと待ってよ人間……はあ?
私達が幽霊?私のノックがポルターガイスト?

「そんなわけないでしょ一縷。私達がここにお世話になってから幽霊騒動なんてあった?私も気になって調べたけど幽霊じゃなくって、多分神様の仕業よ。この風信子館建つ前、すごい昔に土地神がいたらしいわよ」

 今度は土地神だって!?
人間……ねえちょっと……嘘だよね人間……。

「姉ちゃんってば、土地神が夜遅くに音立てて空飛ぶって言うの!いーや、絶対幽霊だ。お館様に頼んでお払いしてもらおう!」
「土地神がいたのは事実でしょ!もし幽霊じゃなかったらそれこそお払いしたりしたら大変な事になるわよ!」

 しかしながら、先程まで喜びを押し隠してもなおつり上がっていた口の橋が一気に垂れ下がってしまうほど人間はアレだった……。
 言い争う馬服姉弟の声は段々と私の耳には届かなくなっていた。
私達は自らの正体が分からないが故に、架空の存在を作り上げる人間を利用して存在証明なるものを実行する未確定の存在。
能天気に飛び回り、馬服姉弟の会話に飽きているフユウを横に、私は頑張っても人間には届かない声を大きく、そして怒りに任せて叫ぶ。

「勘違いも甚だしいって人間!!!幽霊ってのは元は人間で、生前の記憶から怨恨や後悔で成り立つ存在なの!!私達は生前の記憶もないし、怨恨も後悔もない、元人間でもないー!!!土地神も昔ながらの記憶あったり、信仰とか伝承あってこその存在なんだから、そういうのも無い私達は違うってぇぇのー!!!」

 言葉は話せるのに、本で勉強して知識だって多少は蓄えているのに、どうして声は届かないのだろう。
せめて言葉を届けることさえ出来れば私達は毎晩こんな苦労はしないといつも思う。
幽霊も土地神も、過去があっての存在なのだから、過去がない私達にとってどちらの存在も私達の個には繋がらない。
私達の存在証明には至らない。
 隣で怒る私の収まらない気持ちを露知らず、楽しそうに"のー!"と真似をしているフユウがいる中。
今夜の存在証明は失敗に終わった。
 怒鳴る私の気持ちなんて、誰にも届かないまま。


―――風信子館の証跡 第2章に続く―――
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