頸管妊娠レポ

10000人に1人とも言われる頸管妊娠について、
どなたかの役に立てればという思いで記録します。
細かいことも含めてになりますが、
7日間の入院記録です。

8/11、外苑前のウルフギャングで入籍1周年のお祝いをしたその日の夜、妊娠検査薬をしたらなんと陽性。抱き合って喜んだ。

だけど、子宮外妊娠の場合は早期発見・治療が必要ということもネットで知り夫に伝えた。また、あまり産婦人科に行くのが早いと胎嚢や心拍が確認できず2度手間になるとも言われたため、
お盆休み明けの8/18(木)午後に駅前のクリニックへ。

綺麗に妊娠できていますね、経過順調ですよ。
という医師の声を期待していたが、
現実は違った。

異所性妊娠の疑いがありますね。大きい病院をすぐにご紹介しますので診察をお願いします。

頭が真っ白になり、まだ疑い、なのでそうと決まったわけではない…と言い聞かせた。
夫も励ましてくれ、とにかく明日日赤に行こう、
と付き添いしてくれることになった。

翌日、お盆休みには毎日8時や9時に起きていたが、
6時半に起床し、広尾の日赤に8時半に到着。
紹介票を持って緊急外来の当日順番待ちをすることになった。

1時間半ほど待つと、先生の診察にかかれた。
やはり頸管妊娠との診断で、
いまは胎嚢と心拍も確認できると教えてくれた。
その日はMRIと月曜午後からの入院予約を入れて帰宅。
夜ご飯は広島焼き。その夜、両親に電話した。
私はどうしても自分の口から両親にことの次第を伝えられなかった。いい報告をできるはずだったのに。なぜ私が…という思いがぐるぐるしてしまい、夫が落ち着いた口調で順を追って説明をする中、涙せずにはいられなかった。
両親は、残念だけどしっかりした気持ちでまず療養を頑張ってね。義理の両親は大丈夫、すぐできるよ。不安だと思うけど治療頑張ってね。とそれぞれ温かい言葉をかけてくれた。

これまで、楽しいことばかりだったよね。でも人生そう楽しいことの連続ではないということだろうね。できることなら代わってあげたい。と夫。
つらいけど、乗り越えていくしかないと思った。

これで安心、と思い土曜日は安静に過ごした。
午後3時間ほど横になり、夫は「息しているか心配になった」といいつつ遅めのお昼ご飯を作ってくれた。
夜ご飯は私が作り、彼が洗い物をしてくれた。
日付が変わる頃、お風呂あがりに鮮血が滲むことに気づき夫に相談。
日赤の緊急ダイヤルに相談し、タクシーで緊急外来に向かうことに。夫がすぐタクシーを呼んでくれた。慌ただしく、急いで荷造りをした。

8/21 01:20
タクシーで日赤へ。色々な想いが交錯し、涙が溢れた。
夫が私の両手に優しく手を置いてくれた。不安や悲しみを和らげてくれようとしている温かさだった。

…いよいよ始まってしまった。MRIの結果0.01%といわれた、流産ではない一縷の望み。鮮血が出ている以上、
妊娠は成立しているとは言えないだろう。抗がん剤や外科的手術、最悪のケースは子宮摘出という医師の言葉が浮かぶ。もしこの先子供を産めない体になったら耐えられない。こんなに先が真っ暗になったことはない。
あまりに残酷すぎるような気がした。出血多量でショック症状、母体への危険が高まる…自宅に二度と帰ることがないなんてことはないよね…と弱気になったりもした。

8/21 01:40
緊急外来に到着。1時間ほど待つと診察台で胎嚢が見えにくくなっているといわれる。
MRIの結果では頸管妊娠で間違いなさそう。
血液検査、心電図、胸部X線をして管理入院へ。
その間出血は酷くなりつつある。
夫から、入院中は遠慮せずなんでも速やかに看護師に伝えること、ちゃんと頼るんだよと言われる。暫く会えないと思うととても寂しくなったが、別れ際に握手。

8/21 04:00
個室ベッドへ。出血が増え不安だが、しばらくして女医さんが説明に。
・血液検査の結果を見て今後の処置を判断する
・今後胎嚢が出てくるとしたら手のひらサイズの塊

8/21 07:00 
朝食はほぼ食べれず。

8/21 08:00
個室に医師が来て説明を受ける。
・血液検査の結果HCGがかなり高い(昨日の1.5倍)
・自然流産でも大量出血は免れない
・滞納が出ても、母体で根を張っている繊毛細胞が剥がれるまで出血の危険性あり
・ホルモン量と出血は連動していないがHCGがこのまま高い場合は抗がん剤投与となる、その場合薬剤が体内に残るため半年は避妊が必要
・状況次第では輸血の可能性も0ではない
・薬剤投与は今日は間に合わないため早くて月曜
・出血が止まらない場合、最悪動脈に詰め物をする場合があるが、次の妊娠で血流が悪くなるため最後の手段

8/21 10:00
大部屋に移動。東京タワーや六本木ヒルズなどお馴染みの景色が見え、不安な気持ちが少し和らぐ。

8/21 12:00
昼食はカレーうどん。完食。
トイレは車椅子で都度連れて行ってもらうので気を遣う。車椅子に移る時、お腹が痛く出血するので気が進まない。

8/21 13:00
お腹が痛く熱っぽいことを訴えると、バナナ型クッションとアイスノンを看護師さんが持ってきてくれた。
お尻への負担軽減と、後頭部が冷たく快適で、持参したアイマスクをつけてそのまま爆睡。

8/21 17:00
初めてナースコールを使い、トイレへ。
お小水時、力んだ時これまでにない5センチの塊がでて、出血も増えた。流さずに検体検査に出す相談。
赤ちゃんだったのかと思うとすごく悲しく、でも出てきてくれてありがとうという思いが交錯し、トイレの中でごめんね…といいながら嗚咽。その後洗面で歯磨きをしながら号泣。こらえきれなかった。
夫に連絡したら、俺も同じ気持ちだよ。母体が1番大切だから。とコメントがきてジーンとした。
後でナースステーション近くの個室に移るかもしれないと言われた。今のところ大部屋の皆さんはご自身でトイレにも行っているし、私が1番手がかかる患者な気がした。

8/21 18:00
東京タワーのライトアップが点灯するか待ち構えたが、点灯せず。と、いきなり出血量が多いので当直の女医による診察が入った。不安な気持ちで車椅子で同じ階の診察室へ移動。急激に血圧が落ちないよう、体液に近い成分のラクテック点滴をしながら処置開始。
内容物を少し出したものの出血が止まる気配がないので止血処置としてガーゼを3枚入れることに。
これが激痛で、アセトアミノフェンの点滴を投与しすこし落ち着いた。
看護師が腕をさすり、大きく息を吐いてね、とそばにいてくれて心強かった。
力んで詰め物が取れることを避ける目的で尿道に管を挿入。毎回激痛と出血に悩まされたトイレに行かなくていいのでとてもありがたい。

8/21 19:20
処置後、ナースステーション横の個室にベッドが移動されていた。車椅子での移動が辛いがすぐ看護師さんが来てくれるので安心だと思った。
ラクテックを連続投与。やはり出血量が多かったんだなと思った。痛み止めのおかげで腹痛はなかったが、夕食を取る時リクライニングを起こすとかなり出血を感じたので短時間で早食いし、横になった。

8/21 19:50
看護師が夕食しっかり食べれてよかったね、ここは個室だから少しの間だったらご主人に連絡していいわよと声をかけてくれた。
LINE通話で夫に電話。顔を見れただけで本当に安心した。それまでの経緯は随時LINEしていたので良くわかってくれていたが、心配そうにしていた。早食いしたことを報告したら、特技が発揮できてよかったねと笑顔だった。母から夫に真夜中の病院同行へのお礼の連絡があったと報告してくれた。当たり前のことをしたまでですと紳士なコメントをしたらしい。20分ほど話せて、リラックスできた。
その後母親に連絡。入院環境が本当に良かったと安心している様子で、自身が昨年乳がんで10日間入院した時のことを話してくれた。とにかく至れり尽くせり、ご飯は勝手に出てくるし、大部屋では他の患者さんの話を聞いて勉強になったこともあるしと。
看護婦さんが優しくしてくださるのが確かに心の支えでありがたいとの話をした。電話をしてすごく安心したようでよかった。

8/21 21:00
うとうとしていたらもう一度診察させてほしいので車椅子に乗れますか?と看護師。
体調的に全く自信がなく、一度座ろうとトライしたら血の気がひく感じと冷や汗が出たので拒否。
この辺から看護師が入れ替わり立ち替わりやってきて慌ただしくなる。

8/21 21:30
出血が1Lほど出ている、少し休んだらCT撮影する。その間輸血と凝固剤も準備します、とリーダー格の当直医から説明。別の当直医2名と看護師に付き添われ、放射線室へ。

先日のMRIに引き続き短期間でこんなに撮っていいんだろうかと思いつつCTを撮影。注射で凝固剤を急速に注入するとすぐ体内が熱くなり、そのまま撮影。

8/21 22:00
撮り終えてベッドのままナースステーション横の個室へ戻り、血液検査。

8/21 22:30 〜8/22 3:00
ラクテックは4袋目、今度は輸血開始。
1パック1時間半、血液2パックと凝固剤FFP 1パック。
その間、1時間が数時間に感じるほどの眠りの深さ。
アイスノンを変えてくれたり、不安そうな私に大変でしたね。ゆっくり休めますよ、電気消しますね。と看護師が声をかけてくれる。
輸血の袋を取り替えるたびに、血圧、酸素濃度、体温を計測。いつもは110くらいある血圧が90に落ちていた。
関根さん、山中さん、短髪の女性、当直医3名、サブ1名の計7名がついてくれていた。

8/22 6:00
入院してから4度目の採血。
このHCGの値と内容物の病理検査で方針は固まると思われるが、看護師としては何も言えないと。
起き上がると息苦しい旨伝えたら、輸血で器官が変化を起こしている可能性があるから横になっていてと言われる。仕事をしようと思ったが諦めて横になる。顔を拭くホットタオルを渡され、拭き取ったら気持ちがよく、そのまま眠りについた。

8/22 8:30
再び山田医師登場。恐らく絨毛細胞も半分くらい出たのではと。HCGも緊急来院時の最も高い値から半分になったため、今日予定していたメソトレキセート投与は中止。昼過ぎに診察し、内容物が自然に出ない場合は麻酔ありで除去する。
ラクテックは6袋目で山田医師からスロー指示あり。

8/22 8:40
再び神谷医師。大変でしたね、頑張りましたね。
HCG値が最も高い時の半分、初診時よりも下がったため、抗がん剤投与は一度中止し様子見れることになった。HCG値が輸血やラクテック投与で薄まっている可能性もなくはないので経過見ていきますねとのこと。

8/22 9:00
大部屋に移動。クール系の看護師さんが「血が止まらないとか、心拍が正常に戻らないとか、ダメな人はダメだから。若いし体の力がちゃんとある証拠よね。本当によかった」と言ってくれた。確かに、と思った。
この時点でかなり出血は引いたが、無理は禁物と言われ10:00ごろまでは休んだ。
起き上がるとお腹が圧迫する感じがあったので、横になりつつ残務整理を行った。

8/22 12:30
またあの嫌いな椅子に座るのかと思ったらオペ室へ。診察と言われていたが完全な手術室。
看護師が手際良く足カバーや心電図、血圧計をつけてくれる。この入院で1番の治療かなと思わせる雰囲気。
先生が手際良く麻酔を打って内容物除去してくれた。
ガーゼと共に沢山の塊が出ていくのがわかった。
絨毛細胞もでてきましたよ、と見せていただいた。
またガーゼを詰めて明日明後日様子を見ることに。

その後、大部屋に移動。
東京タワーが見えるところではなくなり少し残念。
麻酔で15:00ごろまでぼーっとしていたが、このnoteに病床記録をつけ始めた。

8/22 16:15
ようやく食事OKが出たので買ってきてもらったまい泉とみかんゼリーを食べつつ、大河ドラマを観賞。

8/22 18:00
病院食を美味しく完食。NICE FRIGHT!やNHK NEWSを見た(Wi-Fi環境最高)。

8/22 21:00
夫や家族にLINEしたりしていたらあっという間に夜になった。この間の東京タワービューではないが窓際の夜景を眺め、23:00就寝。

8/23 6:30
リクライニングを少し起こしたまま寝てしまったからか血の気がなく、血圧が85-89と過去最低。体温は37℃。寝汗もかいた。

8/23 8:00
朝食は美味しく完食。今日尿の管を取るとのこと。
できればつけていたかったが、感染症リスクがあるので抜いたほうが良いと。
今日は診察予定はなく、看護師もほとんど来ない。
寝たまま足にPCを立てかけて2時間ほど仕事をした。

8/23 11:00
膀胱に繋いでいた管を外した。激痛。
これ以降、トイレには車椅子で移動。
3日間、顔は拭くだけで洗顔できずだったので鼻の横にニキビができ始めた。漸く洗顔料で洗うことができた。

8/23 12:00
お昼完食。眠気が襲い、アイマスクをして休んだ。
起きたら夕方の5時前で唖然。やはり体へのダメージがあるのか?

8/23 17:00
神谷先生が来てくれた。明日朝6:00に採血して、9時過ぎにガーゼを取り診察するのこと。

8/23 18:00
夕食はカレー。夕方のニュースを見ながら。

8/23 19:15
山田主治医が、明日か明後日には退院と話してくれた。
今後のこと(いつ排卵や生理再開となるか、妊娠は可能か、今回投薬しなかったことは稀なのか)を明日の診察で聞こうと思った。 

8/23 22:30
しっかり洗顔、歯磨きをして早めに就寝。
4時ごろ数字を数えている隣の患者により眠れず。今思えば羊を数えていたのかな?🐏

8/24 6:00
採血。その後爆睡。毎朝顔を拭くホットタオルを7時くらいに持ってきてくれるのが地味に嬉しいが今日は眠すぎて受け取れず冷ましてしまう。

8/24 8:00
朝食。ロールパンにいちごジャム、コンソメスープとポテトサラダがとっても美味しい。お家でも朝食で出せたらいいな。

8/24 9:15
診察へ。神谷さんと山田主治医。
内容物が出きっていない可能性はあるが出血は止まった。貧血の値も戻り、HCG値もかなり下がった。
生理周期は次回1.5ヶ月になると思う。排卵はHCGが下がりきってから起こる。
頸管妊娠は通常の流産よりも大量出血となるため投薬が主流。今回目論みよりも早く出血が起きたため投薬せず経過をみた。出血前の投薬で大量出血を避けられる。
妊娠は可能。これまで見た患者で頸管妊娠を繰り返した人はいないと。

8/24 12:00
お昼ごはん完食。デザートのパイナップルが太く大きくて食べ応えあり。

8/24 14:00
なんと21日の深夜ぶりのシャワー。全ての垢が取れた感覚でスッキリ。

8/24 14:45
両親にLINE通話。かなり安心してくれた様子。

8/24 17:20
空腹に耐えかねて売店でパンとお菓子購入、ベッドに戻り論語を読む。

8/24 18:00
夕飯完食。ゆっくりとNHKニュースを見て過ごす。

8/24 20:00
明日山田先生に聞きたいことを整理するべくリサーチ。

8/24 22:00 
夫に電話。明日迎えにきてくれるとのこと。
優しくて感動。また一緒に生活できることが幸せ。

8/25 10:00
薬剤師さんが鉄剤を持ってきてくれた。2週間服用。

8/25 10:10
山田先生。退院は本日夕方で確定。9/2夕方外来予約済。貧血やホルモン値の経過を見て、その際今後の話もする。

8/25 10:35
血圧97/57。数値が相当下がっている、ある程度オペで内容物をとったため退院判断。1週間後外来で経過をみる。

8/25 13:30
昼食後お腹が痛くなり、診察室へ。
異常はないが薬の服用を早め、点滴ができる状態にすることに。大事をとって退院は明日に延期。

8/26 03:00
激痛に襲われ、点滴をしてもらう。
寝汗も出血もあり。

8/26 9:00
朝食後また痛みが出てきて薬を服用し就寝。

8/26 15:00
断続的に痛みが続くため神谷先生と話し、退院を明日に延期。

8/27 7:15
血圧94/53 酸素99 体温36.2
出血も落ち着き、かなり

8/27 9:15
2度目のシャワー後、廊下で大野看護師にばったり。
本当にお世話になりました、と伝えると、
大丈夫。妊娠することが証明されたんだから。このご時世できない人もいる。自信持って。またね。違う方(産科)でね!
涙が溢れた。希望を持って絶対帰ってきてやる!

8/27 9:45
山田先生がベッドに来てくれた。
出血はどうですか?だいぶ楽になりましたか?
体温が戻ったのもホルモン値が下がった証拠だと思う。と。ちゃんと退院前にきてくださるホスピタリティーに感謝。

ナースコールのバッハのメヌエット。
身体拭きで出てくるアロエベラの温おしぼり。
どんな時も楽な体勢で休めたパラマウントベット。
療養に集中でき感謝の気持ちでいっぱい。

家に帰ったらまた日常が待っているけど、
新しく大切にしたいことがある。

1週間に1度お花屋さんに行き、花を愛でる
小鉢×野菜で手際よく彩りよい食卓、労わるストレッチ
1日1か所こまめな掃除、カリグラファーへの道を歩む
夫への感謝、自分を客観視し整えるための読書と対話
9月2週目からは5kmラン開始

✩*⋆ 次の妊活に向けて
バランスの良い食事(サラダ、煮物、酢の物)
夜行列車での出雲大社へのお参り
10月には再びチャレンジ

この3つは必ず取り組みたい。
家に帰って、部屋の匂いが違う気がした。
でも懐かしい。ここで夫は1人で1週間過ごしてたんだなとか、緊急外来に行くことを決意した晩のことを思い出し、無事に帰ってこれた嬉しさ、また彼と毎日を一緒に過ごせることを幸せに感じて涙腺崩壊。
彼が優しく近づいて、背後から両手で肩を撫でてくれた。温かかった。頑張ったね、帰ってこれたね。よかった。と。

看護師さんの言葉を伝えて、希望を持って健康に次にむけてがんばることを宣言。大丈夫、次はきっと。
この経験は私たち夫婦の絆を深め、強くなるきっかけを与えてくれた。そう思えてならない。
この先の人生、幸せに健康に過ごせるよう毎日を大切に生きる。

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