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紅葉の手

紅葉を見ると何故だか優しい気持ちになります
柔らかい晩秋の光の中で、幼子が一生懸命おててを広げてるみたいに見えるから?
光に透けて浮き上がる葉脈は、ぷっくりとした手が寒さで真っ赤になった様子を思い出させるから

子どもたちがまだ言葉もおぼつかなかった頃
「ママ、おててがちんたい」と言っては、その手を自分の目の高さにある私のポケットに入れてくるのです
その時たとえ両手が荷物でふさがっていても片手に持ち替え、滑り込んできた冷たい小さな手をしっかりと握り返したものでした

そんな寒い日の夜に決まって読むおやすみなさいの絵本は
「てぶくろを買いに」
どうしても手袋が欲しい子ぎつねと母狐、そして人間とのやり取りがこころまで暖かくなる物語
さんざん人間に痛い目に遭っていた母狐は、思わぬ人間の優しさに触れ、とまどい、「不思議なこともあるのね」といいながら物語は終わっていきます
きっと他者を最後の最後、信じる力があるこの親子には、幸せになる力があるのだと思います

以前勤めていた仕事場で忘れられない出来事がありました
そこでは、就労を支援する一環で無料で未就学児を保育する制度があります
その制度を喜んで利用する方がいる一方
「子どもが私から離れないから」といって
横に同席したままお話を聞いてもいいですか?と尋ねる親御さんも少なくありません

その気持ちを汲みつつも
「ここは就労支援の場ですから、思い切って預けてみましょう。
いやいや泣いてどうしようもなかったらすぐに保育士さんが呼びにきますから、大丈夫
仕事が始まって保育園に預けたらそんなふうにはいかないですからね」
と、出来るだけ預けることを勧めます

その時も「子どもがトラウマになったらどうしましょう」
と悩みながらも、私の意図も汲んでくれたのか、初めて子どもの手を離し預けることにチャレンジしてくれました

そんな時は面談の半分近くを
今のお母さんの気持ちに焦点をあてて聞いていきます
すると、実は離れられないのは子供ではなく、自分の心だったことにも気づく人も多く、自分自身を見つめ直すきっかけにもなります
預けることは親の面倒を放棄するのではなく、子どもが親以外の第三者を信用していいのだと、新しい世界を体験してもらう場なのだということ
いつかは、子供たちは自立をしていかないといけないのだから、親の覚悟と子どもへの支援が大切だと
そんなはなしであっという間に時間が費やされていきます

一見就労と関係ないようなことかもしれませんが
母親が働くということは子どもたちとの関わりがあってこその就労
親子それぞれの気持ちの整理と覚悟を抜きに、家族がプラスになる働き方が出来ないと思うからです

気が付いたら30分が経っていました
まだ保育室からお呼び出しは来ません
「私、思い切ってここに来てよかったんですね」
そんなお母さんからの言葉
私たちのマザーズ就労はここから始まります
女性活躍、みんなが働く社会
保育園ができれば、家族も企業も本人にとっても労働条件が整うわけではありません

いったんインフルエンザにかかれば1週間は出勤停止、子どもが二人いればその倍になることも
近くに親の支援がなければ保育園もアウト
そんな可能性を考えると規模の小さい会社は、雇うことをためらうのも分からなくもないのです

それでも自分の可能性、子供の自立
そして社会に必要とされる人として輝くために、子どもも親も綱渡りを繰り返しながら、働いていく
そんな彼女たちに寄り添い、支援していきたいと我身を振り返りながら思うのです

私も少し心配になって、一緒に保育室にお迎えに行きました
おそるおそる保育室のドアを覗くお母さん
子どもはすぐにその姿を見つけますが
泣いて駆け寄ることもなく
保育士のかたの横で静かに座っています

おかあさんといつも一緒に遊んでいるのでしょう
上手に塗られた塗り絵を保育士さんに褒められてそれをとても嬉しそうに持ってきました
「また来てくれる?」
そう尋ねると、恥ずかしそうにコクリとうなずいてくれました

おかあさんは、これで勇気をもって働く一歩が踏み出せる
そんな喜びの表情に満ちていました
その子がもっと自分以外の大人を
信じていいのだと体験を積むために
また近日来ることを約束してくれました

そんな穏やかな秋の日の出来事
見上げるとすっかり木々は紅葉していて
その紅葉とお母さんを求め抱きついてきた彼女の手が重なって仕方がありませんでした

私もそうして自分のこころと裏腹に
子どもたちを手放してきました
今では、二人とも一人暮らしとなってなかなか逢えません
ちょっとさみしくなっていそいそ今週末の約束のラインを交わしてしまいます
もう紅葉の手からすっかり大きくなった手ですが、今度あったらこの両の手で包んであげたいと思います

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