洋上発射の潜在的可能性②-わが国で研究開発中の洋上発射と法的課題
わが国で研究中の宇宙開発で、特に注目している技術は、洋上発射です。
シーパワー国家であるわが国において、洋上発射の技術を確立すれば、機動的に公海上を南や東に移動して柔軟な打上げを行うことが可能となるだけではなく、世界(特に東南アジア地域)の射場不足にも貢献できるため、宇宙ビジネスとしても、安全保障においても、高いポテンシャルがあるからです。
1.千葉工業大学と民間事業者との共同研究開発
2019年11月22日、千葉工業大学・ASTROCEAN社・大林組が、千葉県夷隅郡御宿町の網代湾上に浮かべたフロート状の発射場から小型ハイブリットロケット(全長1500mm)の発射実験を行いました。高度約200mに到達し、パラシュートの開傘及び水上航行ロボットの放出に成功にしました。
千葉工業大学のHPには、洋上発射について、以下のメリットが挙げられています。
”洋上発射は、安全のため生活圏からの離隔といったロケット発射場が抱えるさまざまな制約を取り除くことができ、かつ島国である日本がその利点を活かすことで、近年の急激な宇宙開発の成長によるロケット発射場不足の解決に貢献できる取り組みです。”(2019年11月22日付け千葉工業大学HP Topics)
そして、移動式の洋上フロート発射場は、①低コスト・低リスクという利点に加え、②効率的な発射システムを構築し、③グローバル海域での発射能力の形成に繋がる高い潜在能力を持っていると考えています。
法的には、この発射場が今後どのように改良されるのか、すなわち、より大きいメガフロート化していくのか、「船舶」に寄せていくのかに注目しています。
2.わが国の洋上フロート技術と宇宙活動法上の「船舶」
それはなぜかといいますと、法規制の問題からです。
千葉工業大学が開発した移動式の洋上フロート発射場は、箱型の海上作業用の作業船、いわゆる台船で、自力で航行する推進力はありません。
船舶法上「船舶」の具体的定義はないものの、推進器が必要とされ(船舶法施行細則2条)、浮揚性と共に自立航行能力を有する一定の構造物である必要があるため、推進力を欠く台船は「船舶」に該当しません。
宇宙活動法4条1項では「国内に所在し、又は日本国籍を有する船舶若しくは航空機に搭載された打上げ施設を用いて人工衛星の打上げを行おうとする者は、その都度内閣総理大臣の許可を受けなければならない。」と定め、属地主義と旗国主義を採用しています。
世界では、一部属人主義も採用するベルギーやオランダといった国もありますので、比較法的には、日本の宇宙活動法は属地主義を徹底する立場にあるといえます。
宇宙活動法では洋上発射も想定されていますが、これはあくまでも「船舶」からの発射です。
現況の千葉工業大学のフロート状の発射場には、領海内での打上げの場合は「国内に所在する打上げ施設」といえるかも一応問題にはなるものの、宇宙活動法の適用はないという結論になる可能性が高いでしょう。
ただし、搭載された人工衛星の管理には宇宙活動法の適用はありますし、航空法上、航空機の航行に影響を及ぼすおそれのある行為は規制されています(航空法99条の2)。
類似の問題が、現在、研究開発中の気球からの空中発射にもあります。
日本の航空法上は気球は「航空機」には該当しませんので、宇宙活動法上の「航空機」にも該当せず、宇宙活動法の適用もないという結論になると考えます。
3.メガフロートの多重規制問題
洋上発射に話を戻すと、これに加えて、発射場がメガフロート化した場合には、多重規制の問題も発生します。
わが国はすでに高度なメガフロート技術を確立しています。
このメガフロート技術により、世界61位とされる国土の狭さであっても、海岸線の長さは世界6位とされるわが国の利点をフル活用することが可能となり、国土強靭化に繋がると考えています。
たとえば、静岡市清水港にあったメガフロートは、もとは羽田空港D滑走路の候補となっていたものですが、海釣り公園として利用されていました。3.11の東京電力による原発事故後、東京電力から汚染水の貯水に使用したいとして譲渡の要請があり、福島に運ばれて行き、活用されました。
ただ、メガフロートは、法律上の扱いが必ずしも明確でなく、安全規制に関する建築基準法・船舶安全法・消防法・漁港法・港湾法による多重規制の問題を抱え、その可能性に比して十分な経済的発展がままならない状況が続いています。
規制が複数からかかると、それぞれに適合させるための多大なコストがかかります。
資産価値にも問題が生じ、資金調達に影響しますし、税法上の取扱いも問題になります。
日本では、多様な法規制が縦割りで存在し、法の適用関係がわかりにくいという問題があります。
また、法規制が不明確な場合に、民間企業がリスクを懸念して新しい挑戦を躊躇してしまうという傾向もあります。
すでにコモディティ化した既存の技術の水平展開がイノベーションを生むと言われますが、まさに宇宙の分野はイノベーションの宝庫ですので、積極的に活用すると共に、時代にあった法改正を行うべきだと考えます。
4.国際的にみたわが国の宇宙活動法上の課題
日本の宇宙活動法が適用されないのであれば、打上げ時の許可(宇宙活動法第4条)や責任保険の加入義務(同第9条)が不要となりメリットだとも考えられますが、外洋に出た際にはリスクを伴うことになります。
海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)上、「船舶」の定義規定はありません。
しかし、国際法上、船舶は必ずいずれかの国の国籍(船籍)を有すべきものとされています。
日本の船籍を取る方法は船舶法で定められていますが、台船は「船舶」ではないので日本船籍を取得できません。
世界では台船であっても船舶とされるのが一般的ですので、他国からみれば無国籍船と同様になります。
そうすると、国連海洋法条約第110条に基づき、公海上で「臨検」の対象となる可能性があります。臨検というのは、公海を航行中の軍艦が公海上で一定の重大な理由(海賊行為、奴隷取引、無国籍等)がある船舶を発見した場合に例外的に認められる措置や行動をいいます。
他国の軍艦から強制的に積載貨物などを調べられる事態にもなりかねず、わが国の貴重なロケット技術や発射技術にとってのリスクともなり得ます。
なお、一つの対策としては、係留技術によるところもあるとは思いますが、国連海洋法上認められる「海洋構築物」に寄せていくことではないかと考えます。これにより、国内法との関係でも、排他的経済水域内での保護の議論が成り立ちやすくなるのではないかと考えています。
さらに、宇宙条約7条の国際的な責任との関係では、日本企業が国外の打上げ施設から「月その他の天体を含む宇宙空間に物体を発射し若しくは発射した」場合にも、わが国が共同打上げ国としての国際的な責任が発生することとの関係の整理が必要ではないかと考えています。
この「打上げ国」概念の検討も重要になるため、今後別記事で取り上げます。
千葉工業大学の小型ロケット洋上発射実験は2020年11月にも成功し、着実に前進しています。
わが国の領海外に出る際、少なくとも領海から排他的経済水域に出る前に、適切な保護と宇宙活動法の改正を、ボトムアップで検討すべきでしょう。