見出し画像

宇宙のルールメーキング最新事情-国連COPUOS法小委 宇宙資源WG編

 2021年6月15日、わが国では、民間事業者が採掘等した宇宙資源に対する所有権を認める「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」(令和3年6月23日法律第83号)が議員立法で成立しました。米国、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦(UAE)に続き、世界で4番目の国内宇宙資源法になります。

 今回は、宇宙資源を巡る世界のルールメーキング、主に国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)法律小委員会のワーキンググループ(宇宙資源WG)について紹介し、わが国が取るべき施策についても検討します。

1 背景事情

 現在、月(及び周辺)を取り巻く情勢は活発化しており、米国が主導するゲートウェイ計画やアルテミス合意と共に、中国による月探査計画や中国とロシアとのパートナーシップによる月面研究基地計画もある中、民間でも、米国企業を筆頭に宇宙資源探査を事業とするニュー・スペースが積極的に活動しています。

(1)月資源探査・開発の目的
 月にはどのような資源があり、また何のために月資源探査や開発を行うのでしょうか。

 月には、ヘリウム3、水、月の砂(レゴリス)、チタン等の豊富な資源があるとされています。

 ヘリウム3は核融合発電でエネルギーを生み出す可能性が指摘されています。水は人間が月に滞在するための生命維持に不可欠で、かつ水から水素を取り出して燃料とすることも可能だと考えられています。レゴリスは複数の用途が考えられ、月での建設資材にも有用だとされています。また、チタン等地上のエネルギー不足の解消に役立つ資源もあると言われています。

 月の豊富な資源は、人類の生活圏を宇宙に広げることや深宇宙への進出に向けた拠点とすることに役立ちます。差し当たって、そのための月資源探査が考えられています。

 反面、地球からは観測できない月の裏側に軍事基地を作る目的の国があるとの指摘もあります。

(2) 米国の国内法政策とアルテミス合意
 米国は、2015年の「商業宇宙打上げ競争力強化法」の大改正の際、宇宙資源の探査・利用に関する条項を数条設けて、世界に先駆け、米国民が入手した宇宙資源の権利を認める国内法を制定しました。

 もともと米国では、2004年のブッシュ政権時代に月探査ミッションが宣言されていましたが、オバマ政権時代には2030年代に人類を火星に送るとの計画が策定され、続くトランプ政権になると、2017年12月の宇宙政策指令でこれを中止し、まず月に人を長期滞在させ、その後に火星を目指すとの政策転換がなされました。

 米国では、政権が変わると、直近の目標が月なのか火星なのか変わってしまうことが続いたため、近時は政権交代直後の宇宙政策に注目する必要があります。

 2020年当時のNASAは2024年に約50年ぶりに有人月面着陸を実現させる「アルテミス計画」を進めており、この計画を加速させる目的で、同年10月に、有志国8ヵ国(米国、カナダ、日本、英国、イタリア、オーストラリア、ルクセンブルク、UAE)が「アルテミス合意」に署名しました。その後、ウクライナ、ニュージーランド、ブラジル、韓国がアルテミス合意に署名しています。

 アルテミス合意は、法的拘束力のないもので、平和的利用のための月、火星、彗星及び小惑星の民生探査及び利用における国際協力の自主的原則とされ、「月の有人探査」が代表的な内容といえます。

 個人的には、米国が他国との協力関係だけでなく、米国企業や米国のプライベートセクター等との協力による民間の活用を重視していることが、米国の言動を理解する上でのひとつのポイントだと考えています。

(3) 中国の月探査計画と中露のパートナーシップによる月面研究基地計画
 対する中国は、2003年から月探査計画「嫦娥計画」を開始し、2019年1月に月の裏側に世界で初めて探査機を着陸させ、2020年1月には米国・ソ連に続いて世界で3番目に無人機での月の石や砂のサンプル採取に成功し、同年12月にはサンプルリターンに成功する等、とりわけここ数年間において目覚ましい技術力を国際社会に誇示しました。

 2020年9月には、従前から言及してきた有人月面着陸構想の下、有人宇宙船、月面着陸機等の研究・開発を進めていることが明かされました。

 2021年3月には、中国とロシアの各宇宙機関が覚書に署名し、国際月面研究基地(International Lunar Research Station:ILRS)を共同で建設することを発表しました。今後、欧州宇宙機関(ESA)、タイ、UAE、サウジアラビアが参加するとされています。

 このILRSについては、アルテミス関連に比して情報が少なく、私自身関心を持って調査中でもあるので、別記事でも取り上げたいと考えています。

(4) ハーグワーキンググループの画期的な取組み
 画期的な動きもありました。

 2016年4月に、多様な国の政府機関、宇宙機関、国際機関、大学の研究者、企業、法律家等の有志からなるハーグ宇宙資源ガバナンスワーキンググループ(ハーグWG)の第1回会合が開催され、その後も会合を重ねながら、宇宙資源開発の実現を可能とする国際的な枠組みのあり方について検討されました。

 わが国からは、政府はメンバーとしては参加していないものの(オブザーバ参加)、日本発の宇宙資源探査ベンチャー企業であるispace社、SDGsやESG投資の専門家である夫馬賢治氏、藤井康次郎弁護士・石戸信平弁護士(いずれも西村あさひ法律事務所)等がメンバー等として参加して活躍しました。

 ハーグWGは、2017年9月に枠組みの草案を発表し、2019年11月には宇宙資源活動に関する国際枠組が備えるべき基本要素(Building Blocks)を採択し、公表しました。

 ハーグWGが採択したBuilding Blocksは、法的拘束力のある条約だけでなくソフトローや行動原則での緩やかな規制も想定されており、技術やビジネスモデルの進展に合わせて規制する「順応的なガバナンス(adaptive governance)」の原則を提唱する等柔軟性の高い内容であり、かつ幅広い論点の検討がなされています。

 詳しくお知りになりたい方には、藤井弁護士と石戸弁護士が執筆担当をされた「世界の宇宙ビジネス法」(小塚荘一郎 笹岡愛美 編著 2021年 株式会社商事法務)の第4章第4節「宇宙資源開発」を参照されることをお勧めします。宇宙ビジネスの最新情報に加え、ルールメーキングのあり方を考える上でも貴重な書籍です。

 そして、このハーグWGのBuilding Blocksは、国連での宇宙資源WG設立に向けたギリシャ等 8ヵ国の共同提案の動きにも繋がったと考えます。欧州はルールを作ることで主導権を握る手法を得意としており、宇宙に関する様々なルールメーキングにおいても、その能力を発揮しています。 

2 国連での議論(宇宙資源WGの設置)

(1)第60会期 国連宇宙空間平和利用委員会 法律小委員会
 2021年5月31日から同6月11日まで第60会期国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)法律小委員会(法小委)が開催されました。

 今会期の法小委で最も注目すべき議題は「宇宙資源の探査・開発・利用における潜在的な法的モデル」でした。ワーキンググループの設立に向けて、複数回にわたる非公式協議を含め多くの時間が割かれ、白熱した議論が繰り広げられました。

 なぜ議論が白熱するかというと、宇宙諸条約上の問題があります。

 宇宙条約(今期の法小委開催時点で105ヵ国が加盟)では、月その他の天体を含む宇宙空間は国家による取得の対象とはならないと定めているものの(第2条:領有の禁止)、宇宙資源の取扱いに関する明示的な規定はありません。
 他方で、月協定では「 月及びその天然資源は人類の共同財産 」(第11条1項) と定めています。ただし、 月協定の締約国は今期の法小委開催時点で 18ヵ国にすぎず、 日本や米国等の宇宙活動先進国は加盟していません。

 そのため、国際法上、宇宙資源の取得が自由なのか禁止されているのか明確ではなく、国際法上の法の欠缺とも評される状況にあります。

 法小委では、宇宙条約を始めとする国際法で禁止されていない(から自由だ)とする立場や宇宙諸条約上問題があるとする立場に分かれ、問題があるとする立場でも、その根拠は国連の枠組みを重視する立場や月協定加盟国等に枝分かれしていました。
 宇宙条約との関係で、アルテミス合意に対して、一貫して厳しい意見を表明する国もありました。 

 アルテミス合意への非参加国の中には、国連での議論も不十分なまま、米国を中心としたアルテミス合意参加国等によって、月の資源開発が急速に推進され、富の独占等独断専行に対する疑念を持つ国々があるように感じました。

 米国側も、各国の理解を得るために国際協力や民間協力を強調し、米国系の民間オブザーバを含め、サイドイベントやテクニカルプレゼンテーションの機会を捉えて、アルテミス合意や月開発に関する宣伝活動をしていました。

 今会期では、各国から続々と書面や意見が出され、法小委の会期終盤になってようやく「法小委の議題である『宇宙資源の探査・開発・利用における潜在的な法的モデル』のもとのワーキンググループ」との形式で、宇宙資源WGの設置自体(正副議長と作業期間)に関するコンセンサスに至りました。

(2)第64会期 国連宇宙空間平和利用委員会
 続いて、2021年8月25日から同9月3日まで、第64会期国連宇宙空間平和利用委員会が開催されました。

 宇宙資源WGについては、法小委ではコンセンサスにまで至らなかった①任務と②付託事項と③作業計画及び方法の3点について一定の合意に至りました。

 今後、5年の作業期間の間に具体化されていくことになります。

 今年初めて国連COPUOSと法小委に参加する機会を得て、1ヵ国でも反対すると合意が成立しないコンセンサス方式が障壁となるために、国連でのルールメーキングは容易ではないことを肌で感じました。

 しかし、ルールメーキングの場が分散し、月資源探査が現実のものとなっている今まさに、多くの国が、思惑は違えども、謂わば「正当な」ルールメーキングの場である国連の枠組みの中で宇宙資源探査・開発・利用に関する議論と一定のルール作りをすべきだと考えているとの印象も持ちました。

 個人的には、今後の宇宙資源WGの具体的な議論の中で、ハーグWGが採択したBuilding Blocksの価値が相対的に高まるのではないかとも推測しています。

 さらに、青木節子法小委議長、Andrzej Misztal宇宙資源WG議長(ポーランド)、Steven Freeland同副議長(オーストラリア)に共通する聴く力、粘り強い姿勢、丁寧な議論の整理からリーダーシップに関する大きな学びも得ました。

 5年後、宇宙資源WGの報告がどのようにまとめ上げられるのか、注目しています。

3 わが国が取るべき施策

 翻って考えると、わが国は、宇宙分野に限っても、JAXAや大学等が地道にキャパビルや国際的な信用を積み重ねてきた歴史があります。

 わが国に対しては、宇宙ビジネスの法的環境整備のために先行して国内宇宙資源法を成立させた国際的な意味を踏まえて、国内宇宙資源法であえて明文化して強調した「国際的な協調」を、具体的には、国際約束の誠実な履行(第6条)や国際的な制度の構築及び連携の確保(第7条1項2項)の責務を、国としてどのように実現するのかが問われることになると考えています。

 国が主体的かつ積極的に活動する必要があり、宇宙資源WGにおいても、一層の活躍が求められるでしょう。

 そして、実際にわが国の民間事業者が月資源の採掘等を行い、国内宇宙資源法に基づきその所有権を取得する際には、民間事業者からベスト・プラクティスが実行されるよう促進し、監督する必要があります。

 その上で、わが国やわが国の民間事業者による法の支配に基づく適切な運用について、例えば米国や中国が活用しているように、国連のサイドイベントやテクニカルプレゼンテーション等を含めたあらゆる機会を利用してプロパガンダを行い、国際社会に対して積極的に情報発信すべきです。

 これにより、国益だけでなく、月面上におけるわが国の民間事業者の活動の安全や資金調達の後押しとしての環境整備にも繋がるのではないかと考えています。