Dark and Quiet Skies問題に対する国連COPUOS(宇宙空間平和利用委員会)の動きと米国の見解
Dark and Quiet Skies問題は、2019年5月にSpaceX社が打ち上げたStarlink衛星初号60機が天文学に与えた衝撃を契機とし、最新のイシューとなっています。
国連COPUOS(宇宙空間平和利用委員会)も早期に動き始め、国連宇宙部のHPにはこの問題に対するCOPUOSの関与の重要性が指摘されています。
2021年8月25日から9月3日まで開催された第64会期国連COPUOS本委員会では、スイスやチェコ共和国など声を上げる国が複数登場し、米国も自国の見解を示さざるを得ませんでした。
今回は、Dark and Quiet Skies問題について、国連COPUOSの動きとこれに対する米国の見解を通して検討していきたいと思います。
1. 国連COPUOSの動き
国連宇宙部、国際天文学連合(IAU: the International Astronomical Union)、スペインは、COPUOSの要請に応じて、“Dark and Quiet Skies for Science and Society"と題するカンファレンスを開催することにしました。
2020年には世界的なパンデミックの状況に鑑みて延期となったものの、同年10月5日から9日までオンラインでワークショップが開催され、最初の調査結果と勧告案の議論が行われました。
その後、2021年1月にその報告書が作成され、同年4月19日から30日まで開催された第58会期COPUOS科学技術小委員会に提出されました。
そして、同年10月3日から7日には、延期されていた“Dark and Quiet Skies for Science and Society"のカンファレンスがオンラインで開催されました。
(1)ワークショップの開催と報告書の作成
ワークショップには、950人以上の参加者が登録し、各日のセッションには250名から380名のオンライン参加者が集まったとされています。
ワークショップの成果は詳細な報告書にまとめられており、279頁にのぼります(https://www.iau.org/static/publications/dqskies-book-29-12-20.pdf)。
この報告書の作成にあたっては、国際的に著名な専門家による5つのワーキンググループが数ヵ月間かけてドラフトを作成し、事前に登録参加者に公開された上で、参加者全員にワークショップ終了後1週間以内にコメントや提案を書面で提出するよう呼びかけられました。
これらの寄せられたコメント等を参考にして、ワーキンググループが最終的な報告書を完成させたという経過を辿っています。
(2)ワークショップの報告書の要旨
報告書では、ワークショップの目的について、天文学の科学と夜空の可視性を保護することにあると繰り返し強調しています。
そして、3種類の干渉、①ALAN(Artificial Light At Night:夜間の人工的な光)②電波放射③低軌道の人工衛星による多数のトレイル(人工衛星による光の斜め線の列)が天文学に与える影響について、最新かつ専門的な分析を行っています。また、①のALANはさらにダークスカイオアシス、光学天文学、生物環境に分けて影響の検討がなされています。
報告書は、異なる種類の干渉による影響を低減することを目的とした数多くの勧告を含んでおり、作成にあたっては、自然のままの夜空の可視性に影響を与え危険に晒すようなすべての電磁的な干渉源を考慮して、それらの悪影響を回避または低減するための方策を明らかにしたとされています。
また、技術的・経済的に実現可能で、光源の背後にある主な目的(例えば、安全性を重視した都市照明、宇宙空間で構築する通信インターネットの実現など)に影響を与えない勧告を提案するよう留意したとしています。
そして、報告書では、天文学の科学的重要性について、次のように訴えかけています。
(3)第58会期COPUOS科学技術小委員会へのCRP(Conference Room Paper)提出
2021年4月19日から30日まで開催された第58会期COPUOS科学技術小委員会には、チリ、エチオピア、ヨルダン、スロバキア、スペイン、国際天文学連合(IAU)によって、ワークショップの報告書を基に作成されたCRP(A/AC.105/C.1/2021/CRP.17)が提出されました。
このCRPでは、低軌道における何万機もの通信衛星コンステレーションによる天体観測への影響の低減には、国際的に合意がなされた規制が必要であり、これはCOPUOSの中核的な任務に該当するなどと指摘しています。
2. 米国の見解
米国は、第64会期国連COPUOS本委員会の開催期間中、2021年8月30日に開催されたテクニカルプレゼンテーションで、“Perspectives from United States on Coexistence and Sustainability of Large Satellite Constellations & Terrestrial Astronomy”の発表を行い、大規模な通信衛星コンステレーションと天文学との共存と持続可能性に関する自国の見解を示しました。(https://www.unoosa.org/documents/pdf/copuos/2021/COPUOS-DQS-SATAST-USA-2021Aug30.pdf)
(1)米国の見解の要旨
米国が最初に強調していたのは、地球上には、信頼できるブロードバンド通信を持たない何十億人もの人々が存在し、NGSOs(非静止軌道衛星)はサービスの信頼性が低い地域、存在しても高価な地域、サービスが全く存在しない地域のギャップを埋めることができる(地球上のあらゆる居住地域に低遅延の通信ネットワークを提供する)という点でした。
そして、静止軌道や中軌道と比較した低軌道利用の利点(地上局からの距離の近さ、インターネットの往復時間の短さ、データ送受信の高速化による顧客体験価値の高さ)を示した上で、通信衛星は海や空を含めた地球上の通信エコシステムの重要な一翼を担っているとしました。
つまり、低軌道の通信衛星によるブロードバンド通信が国際社会全体へ与える利益は大きいとしました。
次に、国連の動きにも言及した上で、今後10年間に世界で5万機以上の宇宙機の打上げ計画があり、見たこともないような宇宙機の数が地球を覆っていくことを指摘しました。
繰り返していた点は、低軌道には何万機もの衛星が存在する(ことになる)ため、一般的にはどのような低減策を組み合わせても、衛星のトレイルによる影響を完全に回避することはできないとの主張です。
さらに、光を放つ衛星が望遠鏡による観測に与える影響はあるものの、科学的影響としては、衛星オペレーター側だけでなく、天文学側にも、望遠鏡の特性やスケジューリング、広角、画像感度、後処理のアルゴリズム等様々な要因があると指摘しました。
加えて、米国の衛星産業はこれまでにヴェラ・ルービン天文台を中心とした米国の科学者らと密接に協力しながら、天文学研究で行われている挑戦を理解し、目標のための評価指標の定量化など、解決策を模索しているとしました。
他方で、大規模通信衛星コンステレーション以外にも、数百キロ級の低軌道通信衛星、多数の(一般の)小型衛星、急速に増加しているリモートセンシング衛星、小規模な衛星コンステレーション、キューブサット(Cube Sat)等多様な利害関係者がいるとして、低減策の決定にはこれらを考慮する必要があると主張しました。とりわけ、(自国の衛星がシェアを圧倒していない)リモートセンシング衛星を強調していました。
その上で、米国政府が支出したワークショップや研究、SpaceX社、Amazon社、OneWeb社の取り組みを紹介しました。
初期の解決策としては、衛星事業者側が衛星に入反射する太陽光を遮断するために黒く塗装するかバイザーを設置することで改善が期待できる場合があるとしました。また、天文学側が産業界と観測の効率的なスケジューリングのためのツールや予測モデル等を共同開発すること、衛星のトレイルの効果を補正するための観測戦略や新しいデータ解析を開発すること、end-endのシミュレーションで残差の科学的影響を探ることが考えられるとしました。
他方で、それらの効果に対しては一定の留保をつけました。
最終的なまとめとしては、米国は課題を検討するための努力を支援し、全政府に対しオンラインワークショップの報告書の個々の勧告を慎重かつ熟慮することを奨励するとした上で、優先事項に合意して実用的でスケーラブルな解決を加速するためには国際的な協力が必要であるとしました。
そして、米国内の天文学者と衛星事業者は、低遅延ブロードバンドサービスの重要な提供のために、天文学が可能にする将来の発見のために、そして社会全体のために、持続可能な社会に向けて国際社会とともに協力してくと締めくくりました。
(2)残る疑問
聞き終えた率直な感想としては、「それで米国政府はどうするのか?」でした。
低軌道での大規模な通信衛星コンステレーションの主たるミッション自体に社会的意義があり、今後数万機の打上げ計画があって、低軌道に通信衛星以外の人工衛星も存在しているとしても、現に問題が発生していると指摘されている、数万機単位の桁違いに大規模な通信衛星コンステレーション計画を衛星事業者に認可しているのは米国のFCC(Federal Communication Commission)です。
民間に対策を委ねても、競争原理が支配する構造的な問題として、早い者勝ちや強者の理論から不十分な内容になりかねず、もしくは天文学との折り合いがつかないまま打上げのみが粛々と進み、結局うやむやになってしまうことも想定できます。
米国政府が、低軌道に大規模な衛星コンステレーション計画を申請する衛星事業者に対して、Dark and Quiet Skiesの観点からのガイドラインや行動規範(code of conduct)を定めなければ、国際社会の懸念を払拭することは難しいのではないか、Starlink派とDarkSky派との議論は平行線が続くのではないかと漠然と考えていました。
3. 一歩進めるための切り口
米国が強調していた低軌道の利点と今後も数万機の衛星が低軌道に打ち上げられるという点から、少し切り口を変えて考えてみました。
地球近傍の有益な軌道や利用できる周波数は有限であるとされます。
宇宙空間の利用はすべての人民のために行わなければならず(宇宙条約前文)、またすべての国の利益のために行われるものであって、全人類に認められる活動分野になります(宇宙条約第1条)。
低軌道の大規模な衛星コンステレーションは、天文学への干渉のみならず、低軌道への他の衛星事業者の参入の機会、宇宙新興国や発展途上国の活動の機会、低軌道を越えた場所で衛星ビジネスを企図する衛星事業者の負担の観点から、独占とまではいえないとしても、公平・公正さや持続可能性において問題となり得ます。
私自身、日本の宇宙事業者からの相談の際に、衛星同士の衝突事故に関する過失論の文脈で、「地球の蓋」との表現で、大規模な通信衛星コンステレーションの間を通過することになる負担や懸念を聞いたことがあります。
そこで、天文学保護のための直接的な勧告に加え、同じ目的を持つアクター同士の公平・公正や持続可能性の観点から、国際的に低軌道の(主に大規模な衛星コンステレーションの)衛星数をコントロールすることを志向する、その反射的な効果として天文学の保護をも目指すことも一つの方策ではないかと考えます。
その際に着目すべきは、米国企業が圧倒的優位に立つ低軌道での大規模な通信衛星コンステレーションが、当初喧伝されていた世界の人々の通信ギャップを埋めるという話から、直近において米空軍や関連事業等の通信利用へとシフトしつつあることでしょう。
Dark and Quiet Skies問題は、スペース・デブリ問題に比肩し得る国際社会全体の問題だと考えているため、引き続き検討していきたいと思います。