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宇宙のルールメーキング最新事情-SSR(Space Sustainability Rating)編

 現在、軌道上には、4000基近い運用中の人工衛星が存在し、軌道上で追跡中のスペース・デブリだけでも約25,000個あるとされています。
 今後数年間でみても、地球近傍の低軌道に向けて数千基の商用小型衛星の打上げが予定されており、混雑軌道における衝突事故やスペース・デブリの拡散によるリスクが高まり続けています。

 スペース・デブリ問題を解決するためには、国際的な協力による取組みが不可欠です。

1.国際社会の取組み
 国際社会はスペース・デブリ問題の対処に向けて努力を重ねてきました。

 その成果として最も重要なルールは、各国の宇宙機関が参加する国際機関間スペース・デブリ調整委員会(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee:IADC)が2002年に作成して改訂を加えてきた「スペース・デブリ低減ガイドライン」です。国際標準化機構(International Organization for Standardization:ISO)が作成した「デブリ低減関連規格」による技術ルールも重要です。

 国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)でも、2007年1月の中国によるASAT実験を契機として加盟国間で危機感が共有され、同年に「国連COPUOSスペース・デブリ低減ガイドライン」が採択されました。その後の民間宇宙活動の拡大等に伴い、2019年には「宇宙活動の長期的持続可能性ガイドライン」(21のLTSガイドライン)も採択されました。

 しかし、ガイドラインには法的拘束力がないので、なかなか事業者に浸透しない問題があります。
 また、COPUOSでは、1カ国でも反対すると合意に達しないコンセンサス方式を採用しているため、現状において法的拘束力のあるスペース・デブリの排出規制を定めることは難しいとも評されています。

2.官民コラボレーションによる新たな挑戦-SSR
 そのような中で、新たな画期的な取組みとして、2021年6月に、世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)が2022年初頭から宇宙サステナビリティ格付認証制度(Space Sustainability Rating:SSR)の運用を開始すると発表しました。SSRを主導する運営主体としては、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のEPFL宇宙センター(eSpace)が選定されました。

 画期的というのは、規制するのではなく、産業界が自主的にスペース・デブリ低減に取り組むために国際的なレーティングスキームを導入し、市場原理を用いてスペース・デブリの排出を抑制しようとしている点です。

 おおまかには、スペース・デブリ低減対策に取り組む衛星運用者のミッションを指標に基づきスコアにより評価・格付けし、認証を与えることで、高い格付けの場合に資金調達の条件改善や損害保険費用の低減等で優遇(レーティングによるインセンティブ)を招来するとして、主に宇宙ビジネスを行う企業等を対象にして国際社会のスペース・デブリ対策を底上げしようとする仕組みです。

 そのスコアは、データ共有、軌道選択、衝突回避措置、ミッション完了時の軌道離脱計画、地球からの観測可能性・識別能力等の様々な要因に基づいて決定され、打上げサービス事業者の選択と特性をもスコアに影響を与えるとされています。衛星が運用寿命を終えた際のアクティブな除去に使用可能な軌道離脱装置等によるボーナスマークもあるとしています。

 SSRのコンセプトには『人類が利用可能なリソースは限定的』との考えに基づく軌道環境保護も含まれています。
 WEFは、宇宙活動を行う者の持続可能な行動を定量化することで、全ての宇宙活動を行う者、とりわけ商業活動を行う事業者に、宇宙における責任ある行動や定量化されたより良い行動を奨励する目標を掲げています。

3.SSRの検討経緯
 2019年1月にWEFが開発の発表をしたSSRは、WEFのGlobal Future Council on Space Technologyが最初に考案し、国際的なレーティングスキームの導入に向けた検討の中心的な役割を果たしました。
 2019年5月には、評価基準の策定・制度設計を担う機関として、欧州宇宙機関(ESA)、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ、テキサス大学オースティン校、Bryce Space and Technology社といった4団体で構成されるコンソーシアムが選定されました。
 SSRは、WEFとコンソーシアムが連携して共同開発されたものです。

 国内では、経済産業省が、WEFに設置された運営委員会(Advisory Group)のメンバーとなってSSRの方向性を検討すると共に、2019年9月には官民勉強会を開催しました。この官民勉強会の趣旨としては、今後正式に決定されるSSR基準にわが国の技術や知見を反映させるための情報集約の意図もあったのではないかと推測しています。

 SSRの開発には企業・大学・政府機関等が関与しており、まさに官民コラボレーションによる革新的なアプローチを用いた挑戦といえます。

4.SSRの意義
 そして、SSRには、環境政策を含め、ESG投資が推進される意義や、わが国が主体的にルールメーキングに参画する優位性という観点からも、大きな意義があると考えています。

 SSRは、衛星運用事業者だけでなく、打上げサービス事業者や衛星製造事業者にも波及する制度になります。

 WEFによれば、Airbus、Astroscale、AXA XL、elseco、Lockheed Martin、Planet、SpaceX、Voyager Space Holdingsを含む複数の企業が、SSRのコンセプトを積極的に支持し、一般に公開された際には参加することに関心を示しているとしています。

5.SSRの注目点
 一般公開されるSSR基準に関しては、既存のガイドラインとSSR基準との調整内容や、「定量化」と透明性の関係における各指標の具体的なパラメータに注目しています。
 事業者が機微情報や独自情報を開示せずに申告と公開情報をベースに個別ミッションをどのように正当に評価しうるのか、また、国内外で開発中のデブリ除去技術やサービスはそのほとんどが実証段階に至っていないことから、技術面における内容にも着目しています。

 手続面においては、格付や認証に対する異議申立てや変更の手当てとフローに加え、国内に認証機関が設置されるかに注目しています。

 さらに、WEFが掲げる目標に鑑みても、格付自体はスペース・デブリ問題や宇宙ビジネスへの影響のみに留まらないことから、宇宙開発新興国にとっては宇宙先進国側による実質的な参入規制となるおそれがあり、国内では、経済産業省から宇宙ビジネス以外の宇宙関係者にどのような情報提供や情報公開が行われるのかが懸念され、いずれも丁寧な対応が望まれます。

6.法規制の展望
 将来的には、スペース・デブリ問題はSSRの取組みを経て法規制に繋がると考えています。

 比較法から考えると、例えば、海洋油濁問題では、1926年に米国が当時の先進海洋国13か国をワシントンに招聘し、いわゆるワシントン会議を開催して最終日に報告書を採択し、海洋環境保護に関する初めての条約「海洋の油濁防止に関するワシントン条約草案」を成立させました。この草案自体は結局採択されませんでしたが、1954年の海水油濁防止国際条約の制定に多大な影響を及ぼしたと評されています。
 また、船舶による環境汚染問題では、1973年に海洋汚染防止条約を採択したものの、技術面の問題で発効には至りませんでした。その後、タンカー座礁等による海洋汚染事例が多発したことから、1978年に議定書が採択されるに至りました。

 ルールメーキングに乗り出した国(や会議)の影響が大きく、スペース・デブリ問題も衝突事故によるスペース・デブリの増殖が法的拘束力のある法規範の契機となる可能性が高いと推測しています。

 国内法との関係では、①宇宙空間における衝突事故による大量のデブリ発生を起点として国際法にあわせて国内法制化が進む可能性と、②国際社会の中で宇宙環境保護を先導する立場から日本が政策的に先陣を切って国内法制化を進める可能性があります。

 2021年5月には、軌道上サービスのオペレーションについて、『スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース 軌道上サービスに関するサブワーキンググループ』が、「軌道上サービスに共通に適用する我が国としてのルールについて」と「軌道上サービスを実施する人工衛星の管理に共通に適用するルール」を取りまとめました。

 今後、民間宇宙活動全般を対象として、ガイドラインを超えてスペース・デブリ低減の履行確保のために法制化する場合には、分野によっては過度な負担を課すおそれがあるため、負担緩和策を両輪とし、SSRの社会実装の状況・進捗に鑑みて、丁寧な意見聴取を行い、慎重に進めるべきだと考えます。

 そして、具体的な排出規制としては、技術面に加え、許可申請時にデブリ抑制に関する計画書等を提出させる方式も採用されるのではないかと推測していますが、この場合、一定期間経過することにより国からの変更命令等の介入から事業者が解放される仕組みを同時に設けることが望ましいと考えています。