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世界の最新宇宙活動と宇宙法政策-ロシア編

 今回は、2021年に開催された国連COPUOS(宇宙空間平和利用委員会)本委員会と同法律小委員会におけるロシアの見解のポイントを交えながら、ロシアの最新の宇宙活動と宇宙法政策をご紹介します。

1.キーワードは「COPUOSの役割」(COPUOS重視)

(1)人類初の宇宙飛行から60周年

 1961年4月12日、旧ソ連のユーリ・ガガーリンは、宇宙船ボストーク1号でバイコヌール宇宙基地を単身で飛び立った後、地球周回軌道を1周して帰還しました。

 人類に有人宇宙活動への道を切り拓いた歴史的な偉業です。

 2011年には、ロシアの主導により、4月12日を「国際有人宇宙飛行の日」とする決議が国連総会で採択されました(A/RES/65/271)。

 2021年は、ガガーリンによる人類初の宇宙飛行の成功から60周年の節目の年であったことから、COPUOS本委員会でも、ロシア(ロシア国営宇宙公社:Roscosmos)主催のサイドイベント「宇宙飛行士による有人プログラム開発の歴史的側面と展望に関するテーマ別ディスカッション」が開催されました。

(2)適切なマンデートを持つのはCOPUOS

 COPUOSで、ロシアは、宇宙空間の急速な発展に伴い、国際宇宙法を成文化して発展させ、現実と国際社会のすべてのメンバーの利益に適応させることが急務であるとし、議論の中心的な場としてのCOPUOS法律小委員会の役割を強調しました。

 そして、歴史的にみて最も政治的に困難な時期であっても、COPUOS法律小委員会で対話と妥協点を模索し続け、協力体制があったからこそ、世界の宇宙活動の基盤となる国連宇宙5条約(①宇宙条約、②救助返還協定、③宇宙損害責任条約、④宇宙物体登録条約、⑤月協定)を策定することができたとの見解も示しました。

 COPUOSの利点について、ロシアは、意思決定において、従来から続くコンセンサスの原則が重要な要素となっており、これにより各国の見解を考慮しながら利害のバランスを保つことができると主張しました。 

 また、ロシアは、宇宙活動の拡大に伴って顕在化している新たな課題(宇宙資源やスペース・デブリ問題など)のうち、宇宙資源に関しては、一方的なアプローチや限られた参加者による構成は逆効果だと指摘しました。

 特に、アルテミス合意に対しては、COPUOSを無視して宇宙資源の探査と開発のためのルールを作ろうとしていると直接非難していました。

 スペース・デブリ問題に関しては、議論を他の場に移そうする動きがあるがCOPUOSの役割が失われてしまう、適切なマンデートを持つ場はCOPUOSであると主張していました。

 ロシアは、COPUOSの役割とその強化を唱え、一貫してルールメーキングにおけるCOPUOS重視の姿勢を示しました。

(3)宇宙5条約締結の奨励

 COPUOSで、ロシアは、国連宇宙5条約は宇宙活動のための信頼できる確固たる法的基盤を構成しており、60年以上にわたる宇宙開発の中でその有効性が証明されていると主張しました。

 そして、未締約国に対して締約を検討するよう繰り返し奨励すると共に、締約国に対しては、すべての国の利益が正当に考慮される国際宇宙法の基本原則と規範を遵守するよう求めていました。

 国連宇宙5条約の締約状況(2021年1月1日時点)は以下のとおりで、現在、締約国は増加傾向にあります。

  ①  宇宙条約(1967年)     111カ国
  ②  救助返還協定(1968年)        98カ国
  ③  宇宙損害責任条約(1972年) 98カ国
  ④  宇宙物体登録条約(1975年) 70カ国
  ⑤  月協定(1979年)      18カ国

 2.最新の宇宙活動

(1)打上げ

 ロシアのロケットの打上げ回数は、2020年に17回、2021年に25回でいずれも世界3位でした。

 ただ、旧ソ連時代も含めると、ロケットの打上げ総回数の最多国はロシアになります。

 ロシアは、現在、「アンガラ」ロケットや「ソユーズ5」ロケットの燃料の改良、新世代の有人宇宙機「オリョール」の開発を進めています。

 「アンガラ」ロケットは、旧ソ連時代に開発された「ソユーズ」「プロトン」などウクライナの技術に依存するロケットではなく、「ロシア共和国」として初めて開発したもので、2014年7月に初めて打ち上げられました。
 「プロトン」ロケットの後継機も務め、ロシアの次世代ロケットの位置付けです。

 地上インフラでは、ボストチヌイ宇宙基地で、最初に建設された「ソユーズ2」ロケット用発射台に続く第2の発射台として、「アンガラ」ロケット用発射台の建設が進められています。

 ボストチヌイ宇宙基地の建設は、カザフスタンにあるロシアのバイコヌール宇宙基地への依存度を下げるためのロシアの国策です。

 バイコヌール宇宙基地とは、旧ソ連時代の1955年に建設された発射場です。旧ソ連崩壊後は、ロシアが、リース料を払ってカザフスタンから発射場と周辺の土地を租借しており、現時点の使用期限は2050年とされています。

(2)有人宇宙飛行とISS(国際宇宙ステーション)

ア 「ソユーズ」による宇宙旅行再開
 ロシアはISSで米国と協力関係にあります。
 ISSは、米ソ冷戦後の国際協力の象徴とされてきました。

 ISSへの宇宙飛行士の往復は、2011年7月の米国のスペースシャトル計画終了に伴い、ロシアの有人宇宙船「ソユーズ」が唯一の手段になりました。

 NASAは、2014年に米国のSpaceX社とThe Boeing Company社との間で、新世代型宇宙船の開発契約を締結しました。
 2020年に、SpaceX社の有人宇宙船「クルードラゴン」が実用化され、米国内からISSに宇宙飛行士を届けることに成功しました。
 これは、米国にとって、コスト面だけでなく、宇宙計画の成功という重大な意味を持ちます。

 他方で、ロシアからすれば、それまで宇宙飛行士のISS往復のために米国などの外国から得ていた高額の手数料収入が減少し、大きな痛手となります。

 宇宙開発予算のおおよそのイメージとしては、Roscosmosの予算規模はNASAの約10分の1です。

 その中にあっても、ロシアの有人宇宙機には圧倒的な運用実績があり、旧ソ連時代から、世界的に高い評価と信頼を得てきました。

 2021年に、ロシアは、「ソユーズ」を民間人の宇宙旅行にも活用することを再開しました。

 同年10月には映画撮影目的でロシア人の監督と女優が、同年12月には日本人の実業家らが宇宙旅行目的で「ソユーズ」に搭乗して、地球からISSを往復しました。

 今後、ロシアが宇宙旅行をどのように展開するのか注目しています。

イ ロシア初の多目的実験棟「ナウカ」
 ISSのロシアセグメントでは、科学・応用研究・実験のプログラムが行われています。

 2021年7月、ロシアは、ISSのロシア初の多目的実験棟「ナウカ」を搭載したキャリアロケット「プロトンM」をバイコヌール宇宙基地から打ち上げました。

 「ナウカ」の打ち上げは、当初は2007年に予定されていましたが、繰り返し延期され、紆余曲折ありながら、14年遅れてようやく実現しました。

 「ナウカ」については、打ち上げ後にも様々な苦難があり、個人的にも注目してきました。

 ISSの運用期限は2024年までとされていましたが、NASAは、2021年12月に2030年まで延長したい意向を示し、2022年2月には、2030年で運用を終了し、2031年初頭に太平洋に落下させる計画を明らかにしました。
 ただ、延長されたとしても、「ナウカ」の寿命は10年足らずになります。

(3)月探査

 ロシアには、現在、月探査機「ルナ25号」の打ち上げにより、月探査を再開する計画があります。

 1976年に旧ソ連が月探査機「ルナ24号」を打ち上げてから45年が経過しており、長らくロシアの月探査は中断していました。

 2021年3月、ロシアと中国は国際月面研究基地を共同で建設するための覚書に署名し、同年4月のCOPUOS科学技術小委員会のサイドイベントで、Roscosmosと中国国家航天局(CNSA)が共同声明を発表しました。同年6月には、国際宇宙探査会議2021(GLEX2021)において、共同で、ロードマップとパートナーガイドを国際社会に向けて発表しました。

 ロシアの宇宙開発における優先順位は、ロケット技術にあります。
 ロシアとしては、米国の独壇場となることを回避するべく、月探査競争に参入することにし、現時点では中国をパートナーとした国際協力による月探査の道を選択したと考えられます。

(4)リモートセンシング(地球観測)

 広大な領土を有するロシアは、地球観測を重視しています。
 ロシアや外国で発生した自然災害や人為的災害を、継続的にリアルタイムで監視しています。

 2021年時点では、ロシアのリモートセンシング衛星群は15機で構成されています。

 ロシアが2016年3月に策定した「2016年‐2025年連邦宇宙計画」では、2023年以降、少なくとも20機のリモートセンシング衛星を保有することを計画して、リモートセンシングデータの大幅な蓄積を企図しています。

(5)測位航法

 ロシアの全球測位衛星システム(GNSS)は「GLONASS」です。
 ロシアには、高精度測位のための全国ネットワークを構築する計画があります。

 「GLONASS」のコンステレーションは、約24機の運用中の「GLONASS」衛星と、1-2機の予備衛星(「GLONASS-M」と「GLONASS-K」)で構成されています。
 「GLONASS」の特性を向上させるために、新世代の衛星(「GLONASS-K」9機、「GLONASS-K2」4機)の設置が進められています。

 軌道上のコンステレーションの基礎となるのは、第2世代の「GLONASS-M」衛星とされています。
 ロシアによれば、2014年には航法判定の誤差が1.4mに対し、2020年には90㎝にまで縮小されたとのことです。

 2020年には2つの衛星が打ち上げられ、その一つは同年10月に打ち上げられた「GLONASS-K」で第3世代の衛星です。

 今後、活動寿命の長い第4世代の「GLONASS-K2」衛星を含む、3機のナビゲーション衛星を打ち上げる予定です。
 ロシアによれば、精度を30~50cmに向上させるとしています。

3.最新の宇宙法政策

 ロシアがとりわけ重要視している課題は、スペース・デブリの低減です。

 ロシアの社会経済の持続的発展のための宇宙技術の利用は「2030年までのロシア連邦の経済近代化と地域の発展のための宇宙活動の成果の利用分野における国家政策の原則」によって規定されています。

 そして、ロシアの宇宙政策で最も重要なものは「連邦宇宙計画」です。
 「2016年‐2025年連邦宇宙計画」では、地球近傍の宇宙空間における人工デブリの制限に取り組んでいるとしています。

 また、ロシアは、2019年6月にCOPUOS本委員会で採択されたLTSガイドライン(宇宙活動の長期持続可能性ガイドライン)の実施はすでに始まっていると公言しています。
 COPUOSで、ロシアは、LTSガイドラインB.3の「スペース・デブリ監視情報の収集、共有及び普及の促進」とLTSガイドラインD.2の「長期的なスペース・デブリの数を管理するための新たな手法の探査及び検討」は、ロシアの国内基準「宇宙技術製品」の順守や準拠により実施されていると説明していました。

 さらに、ロシアは、現在、地球近傍のスペース・デブリとなった大型の宇宙物体を積極的に除去する研究を進めています。

 COPUOSで、ロシアは、積極的なデブリ除去に関連する問題に対して、COPUOSがコンセンサスに基づいて解決策を打ち出すべきだと主張しています。

 そのため、ロシアは、ドイツが表明した、宇宙空間からスペース・デブリを積極的に除去するための法的規制に関する法的拘束力のある国際協定の策定を検討する必要性があるとの見解を支持すると表明しました。

4.おわりに

 2021年のCOPUOS本委員会と同法律小委員会に参加して、多くの議題において、ロシアの見解は正論だと感じました。

 ロシアの見解は、国際宇宙法を主張の出発点に置き、論理や指摘が明快で、条文や規定に絡めたわかりやすい表現が随所で用いられていました。

 例えば、宇宙資源の議論での「法的規制の対象としての『宇宙資源』は『宇宙空間』と切り離せない存在」です。これは、一切の専有(領有)が禁止されている「月その他の天体を含む宇宙空間」(宇宙条約第2条)と異なり、宇宙資源については宇宙条約に禁止規定がないことから自由に利用できるとの解釈に対するアンチテーゼです。

 他方で、2021年11月、ロシアは、突如として、低軌道(高度約485km)にある運用が終了した旧ソ連製の約2000㎏の大型軍事衛星(Cosmos-1408)に向けたASAT実験を行いました。

 米国国務省は、これにより、追跡可能な破片だけでも1500個以上のスペース・デブリが発生したことを確認したと表明しました。
 また、ISSでは、スペース・デブリ(衛星の破片群)が近づいたことに伴って、一時的に、7名の宇宙飛行士が帰還用の宇宙船「ソユーズ」と「クルードラゴン」への退避を余儀なくされました。

 ロシアは、自国を含めた宇宙飛行士が滞在するISSやCSS(China Space Station)もある低軌道に、大量のスペース・デブリを増加させたことで、人工衛星や有人宇宙飛行を危険にさらすことにもなりえます。

 スペース・デブリの低減を最重要視するロシアが、COPUOSで一体どのように説明するのかを含めて、2022年のCOPUOSも、ロシアの見解に注目しています。