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Starlink(衛星コンステレーション)計画とDark and Quiet Skies問題

 CubeSat(キューブサット)をご存じでしょうか。

 CubeSatは10cm角の立法体で、重さは1kg程度のサイコロ型の超小型衛星です。 

 超小型衛星の世界に魅せられたのは、『上がれ!空き缶衛星』(川島レイ 2004年 新潮社)と『キューブサット物語~超小型手作り衛星、宇宙へ~』(川島レイ 2005年 株式会社エクスナレッジ)を読んだことがきっかけです。東京大学と東京工業大学の学生達による熱き宇宙開発のドキュメントで、何度読んでも面白く、刺激になります。

 UNISEC(大学宇宙工学コンソーシアム)では、超小型模擬人工衛星を題材として、超小型衛星工学、システム工学の基礎をハンズオン形式により実践的に学ぶプログラムとしてHEPTA-Sat Training Programが行われています。
 私も2018年にこのデモンストレーションを受け、2021年にはHEPTA-Sat liteを通して1U超小型衛星システムの基礎を学び、ハンズオン体験をしました。自ら苦戦しながら試作することで宇宙工学の活きた勉強ができ、同時に、楽しく貴重な経験となって、教育的価値の高さを感じました。

 今回は、超小型衛星が拓く未来と、最新の問題である低軌道通信コンステレーションによる環境問題について、Space X社のStarlink(衛星コンステレーション)計画と“Dark and Quiet Skies”問題を通して検討します。

1. 超小型衛星が拓く未来

(1)超小型衛星の始まりは教育衛星
 今では時代の潮流ともなっている超小型衛星の開発は、1980年代に宇宙工学教育のための教育衛星から始まっています。

 超小型衛星には、新しい技術を開発したときに迅速に実現できるという重要な特徴があります。

 宇宙開発のスパンは長く、打上げの機会も限られているので、なかなか技術実証の機会が回ってきません。

 そこで、相乗りを含めて打上げ機会が広がっている超小型衛星に、新たに開発した技術をも実装することで、宇宙空間で早期に実証することが可能となるのです。

 この代表例が、東京大学のCubeSatプロジェクトXI-Ⅴでの太陽電池実証ミッション(JAXAが開発した新型太陽電池CIGSの軌道耐久試験)といえます。

(2)宇宙ビジネス界のGame Change現象
 大学での教育的な取組みから始まった超小型衛星は、その有用性が広がって、現在では、宇宙ビジネス業界に大きなGame Change現象を巻き起こしています。

 超小型・小型化することで、開発期間の短縮、低コスト・高性能・柔軟化が実現し、新しい利用方法やビジネスが生まれ、ベンチャー企業が続々と誕生しました。

 超小型・小型衛星のミッションは、地球観測、気象観測、低軌道通信コンステレーション、測位衛星、Iot通信等多岐に渡っています。

 わが国の代表格はAxelspace社です。「超小型衛星で、問題を解決する」とのビジョンを掲げ、数十機のGRUS衛星(超小型衛星)からなる地球観測網AxelGlobeの構築を目指し、2018年に初号機を打ち上げました。

 世界を見渡すと、超小型・小型衛星が席巻しており、Space X社のStarlinkやOneweb等の低軌道通信コンステレーション、Planet、Spire等の地球観測、KeplerのIot通信等があり、もはや数え切れないほどです。

 さらに、東京大学やNASA JPL(ジェット推進研究所)等が深宇宙探査への超小型衛星の活用を計画するなど、科学探査のミッションもあります。

 超小型衛星のミッションや役割は今後さらに拡大していき、人類に新しい価値を提供すると共に、豊かな未来に貢献していくことになるでしょう。

2. 環境問題としての懸念

 最近、国際社会において、低軌道通信コンステレーションによる環境問題が取り上げられています。

 日本ではいわゆる「光害(ひかりがい)」問題として整理され、国連では“Dark and Quiet Skies”の文脈で議論され始めました。

(1)Starlink衛星の衝撃
 その発端は、Space X社の巨大通信衛星網Starlink計画にあります。
 同社は、宇宙にインターネットを作るとして、全体で約1万2000機の通信衛星によるインターネット接続網を構成しようと計画しているとされます。また、2020年中頃までに総計4万2000機の運用が予定されているとも言われています。

 このような巨大衛星群はメガコンステレーションとも呼ばれます。

 現在、宇宙空間で運用中の人工衛星は4000基(機)近いとされていますので、同社の打上げ計画数がいかに多いか、宇宙関係者にとって衝撃的な数字であるかをイメージしていただけると思います。

 そして、同社だけではなく、Oneweb、Telesat、Amazon等による計画もあります。

 2019年5月、Space X社は、最初の衛星60機(Starlink衛星)を米国からFalcon9ロケットで打ち上げました。小型衛星で、長方形の板状の形をしています。

(2)天文観測への支障の懸念
 Starlink衛星が太陽光を反射することで、初号の60機だけでも、いわゆる「スターリンクトレイン」と呼ばれるStarlink衛星による光の斜め線の列が夜空を横切って見えた等の報告が、米国アリゾナ州にあるローウェル天文台を始め、世界中の天文関係者から続々となされました。

 計画がさらに実行されて衛星の打上げ数が増大するにつれ、天文観測に支障が生じることは避けられないとの大きな懸念が生じました。

 2019年6月、世界の天文学者からなる国際組織である国際天文学連合は、巨大衛星群による天文観測への懸念を表明する声明を発表しました。
 続く同年7月、日本の国立天文台も声明を発表しました。

 国立天文台は、衛星は太陽光を反射するため、天文研究用の可視・赤外線望遠鏡では「人工の星」として認識されると指摘しています。Starlink衛星では、各衛星本体と太陽電池パネルが可視光域と赤外線域で太陽光を反射して輝き、そのため、日没後や日の出前の数時間は地上から明るい物体として確認でき、天来観測に大きな影響を与えることが懸念されています。
 また、国立天文台は、衛星と地上間の通信電波が、電波天文観測に影響を与えることもあるとも指摘しています。

 宇宙、そして星空は全人類の宝であり、「空」がきれいに見える状態を維持すべきとの天文関係者の要望は切実であって、重んじる必要があります。

(3)Space X社による対策
 Space X社は、太陽光の反射の多くはアンテナ部分にあるとした上で、天体観測との共存に向け、太陽光の反射や入射対策として、DarkSat(ダークサット)と呼ばれる黒く塗った試験機を打ち上げ、またVisorSat(バイザーサット)と呼ばれるサンバイザーを装備した試験機も打ち上げました。

 しかし、DarkSatは同社が想定していた暗さを達成できず、また熱による問題も生じたため、同社は、2020年8月以降、全てVisorSatに切り替えて打ち上げています。

(4)国連の動き-“Dark and Quiet Skies for Science and Society”ワークショップ 
 国連では、2020年から国連宇宙部と国際天文学連合(IAU)の共催による“Dark and Quiet Skies for Science and Society”と題するワークショップや会議が開催されています。社会一般に対して星の見える暗い夜空の大切さを伝え、光害や電波干渉から天文学や生態系を保護することを目的とされています。

 これらの結果は国連宇宙空間平和利用委員会に報告されます。

 2021年8月25日から同9月3日まで開催された第64会期国連宇宙空間平和利用委員会では、スイスが国連宇宙部の取り組みを評価し、チェコ共和国は“Dark and Quiet Skies”を維持するための勧告の必要性について意見表明しました。

 今後、天文学会だけでなく、国連の場でも“Dark and Quiet Skies”、環境問題の観点からメガコンステレーションに対する国際的な調整や規制等の声が高まってくることが予測されます。

 そして、このような調整・勧告・規制を求める声に、まず米国がどう応えていくかに注目しています。

 個人的には、一定の国際的な調整を行うことが必要だと考えています。他方で、メガコンステレーションが引き起こす問題により、超小型・小型衛星全般の規制に波及することは避ける必要があります。

 今後の議論を注視しつつ、私自身、検討を深めていきたいと考えています。