洋上発射の潜在的可能性①-小型ロケット開発と射場の拡大がもたらす効果

1.はじめに 
 現在、低軌道に多数の小型衛星が続々と打ち上げられています。
 時代の潮流は、SPACE X社のスターリンクに代表されるメガコンステレーションを始めとした小型衛星ブームにあるといえます。

 この輸送手段としてのロケットと射場が重要になりますが、世界的に不足しているのが現状です。

 日本のHⅡ-Aロケット・H-ⅡBロケットはその打上げ成功率の高さから世界最高峰の性能と評されているものの、日本の打上げ回数は2016年から2020年までの年平均で4.6回にとどまります。
 また、大型の主衛星の隙間に相乗りするピギーバック方式で打ち上げる場合には、打上げ時期や軌道を主衛星に制約されてしまいます。

 衛星開発者からは、せっかく小型衛星を開発しても実証の機会が少ない、もしくは海外での打上げ予定が国際政治に巻き込まれる等して再三延期されてしまったという話をたびたび聞いてきました。

 このような「行きたい時に行きたい軌道に」届けて欲しいというニーズに呼応して、小型ロケット開発が始まり、商業打上げビジネスが登場しています。

2.産業促進とリスク低減
 アメリカでは、1990年4月にOrbital Sciences社が航空機からペガサスロケットで小型衛星の空中発射による打上げに成功し、2000年10月にSea Launch社が管理する船舶から同社がゼニット3SLロケットで静止衛星の洋上発射による打上げに成功しました。

 中国は、商用打上げではないものの、2019年6月に船舶から「長征11号」(運搬ロケット)で衛星7基の洋上発射による打上げに成功したと発表しました。
 中国では、2018年以降ロケットの打上げ回数が急激に増加し、コンスタントに年30回を超え続け(2018年は39回、2019年は34回、2020年は39回)、アメリカと世界一を競っています。ただ、中国の射場は内陸部にあるためか、打上げの報道と同時に、インターネット上には個人が撮影したと思われる落下事故の残骸らしき映像も散見されます。
 今後、中国が洋上発射をどのように活用するかに注目しています。

 2021年に開催された第64会期国連宇宙空間平和利用委員会では、ブラジルが、大臣自らビデオ出演した上で、世界屈指の好立地にあるアルカンタラ射場をアメリカやカナダの会社で商用利用する等として、各国の商用利用獲得に向けた宣伝を行っていました。アルカンタラ射場の商用利用は、ブラジル政府とウクライナ政府との合弁会社がうまくいかずに5年以上頓挫していましたので、こういう形で再開したのかと非常に新鮮でした。

 日本では、2018年3月に、山口県が小型ロケット空中発射事業の研究開発を「やまぐち産業イノベーション促進補助金(航空機・宇宙産業関連分野)」に採択しました。具体的には気球からの空中発射が研究されているそうです。
 2019年3月には千葉工業大学・ASTROCEAN社が世界初の大学ロケットによる洋上発射実験に成功(千葉県・御宿町)、5月にはインターステラテクノロジズ社が高度100kmの宇宙空間への小型ロケットの打上げに成功(北海道・大樹町。民間企業が単独で製造したロケットとしては国内初)、11月にはスペースワン社によるロケット発射場起工式の開催(和歌山県・串本町。民間企業としては国内初)等、2019年は日本の商業打ち上げの幕開けを予感させる年になりました。
 2020年4月には、大分県が、アジア初の水平型宇宙港を目指し、アメリカのVirgin Orbit社による大分空港からの空中発射事業に向けて同社との提携を発表しました。
 2021年7月には、インターステラテクノロジズ社が高度92kmへの小型ロケットの打上げに成功すると共に、ペイロードの海上での回収にも成功(民間企業としては国内初)しました。

 このように、国内においても小型ロケット開発や射場開発が着実に進んでおり、わが国は、まさにこれから商業打上げが活性化する段階にあります。

 小型ロケット開発と射場の拡大により、3つの経済的な効果があると考えています。
 第一に、競争化が進むことで、諸外国と比較して高いと評されてきた日本のロケット打上げ価格のコストダウンが期待され、国内市場だけでなく国際競争力の強化に加えて、自律的で持続可能な輸送の実現による、産業促進の効果があります。
 第二に、小型ロケット化のメリットは、落下事故等による万が一の事態に発生する損害賠償リスクの低減にもあります。
 第三に、射場の拡大は、観光資源を始めとする地域振興にもなります。

3.『宇宙特区』の活用可能性
 射場には地元の協力が欠かせません。

 そこで、地域振興の観点から、地元自治体と協力して、国家戦略特別区域法(平成25年法律第107号)の活用が考えられます。
 国家戦略特区は、地方自治体が申請者となり、内閣総理大臣が主導して、エリア内の規制緩和等が行われます。
 「世界で一番ビジネスをしやすい環境を」や「岩盤規制を取り払う」というキャッチフレーズを耳にされたこともあるかと思います。

 『宇宙特区』を作る上で参考になるのは、愛知県・岐阜県を中心とした中部地域で、「アジアNO1航空宇宙産業クラスター形成特区」です。
 このエリアは、もともと航空機関連の部品製造産業が盛んです。特区内で、航空機製造の関税や輸出規制、工場立地関連法、建築規制の緩和などの措置が講じられており、実際に成果も上がっているとされています。

 射場を中心とした宇宙関連産業を集積し、国内に点在する実験場等の宇宙関連施設を集めることで利便性を高め、宇宙ビジネスに特化した『宇宙特区』を作ることが考えられます。

 打上げビジネスを行う企業やスタートアップが、地元自治体と街づくりの観点を加味して開発を行うことで、地元自治体にとっては地域振興に繋がり、企業にとってはネックとなる多重規制などの規制緩和や国際競争力の強化にも繋がります。

 これにより、国内に、宇宙ビジネスの国際的な経済活動の拠点を形成することが可能になると考えています。

4.安全保障上の意義
 さらに、小型ロケット開発と射場の拡大は、即時・即応打上げの観点から、安全保障上の意義もあります。

 宇宙は、ビジネスの場だけではなく、安全保障の場でもあります。デュアルユースの視点も重要です。

 フランスでは、2019年7月に、マクロン大統領が宇宙軍司令部の創設を発表し、パルリ国防相からも新たな宇宙軍事戦略、人工衛星の武装化を進める構想の具体策等の発表がありました。小型衛星の打上げロケット開発により即応打上げに対応する目標もあります。

 アメリカでも、近年、即時打上げ能力の強化や低コスト化のための官民連携が強化されています。

 民間技術の応用により、即時・即応打上げ技術や態勢を構築できる効果があることから、日本政府としても、宇宙・サイバー分野の技術への積極的な投資と同時に、安全保障技術を高める必要があると考えます。

 次回は、「わが国で研究開発中の洋上発射」を取り上げます。