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無力を感じられなくなっている事

ー今の社会でみんなが苦しんでいるのは、無力っていうのを感じられなくなっている事にもあるのではないか。素直に今の自分を受け入れられずに。努力すれば何でもできる、勉強すれば何でもできるとか、そういう世界観がある。限りなく成長することができるって思いこまれて追いたてられているんじゃないか。限りない成長なんてね、どう考えてもおかしい。
ーやはり「良くする」とか、そういうことは、本当に存在と命を奪っているのかもしれない。私たちは様々な先入観に取り囲まれて生きていていますから、どうも「健常である」私たちは、私たちの世界にいては「狂気」の状態になっても気がつかない。その狂気も括弧つきのもので、本当の狂気は、もっと素敵なものかもしれないけれど、その自分の存在を疑わない狂気というものは、これほど怖いものはないと思いますしね。


~「良くしようとするのはやめたほうがよい」村田由夫(P.154、P.70)より

年始は近場の山に登りました。山に登って感じることの一つに何度かFBでも書いていますがこの冒頭にある「無力感」というものがあります。圧倒的な自然の前に、参りました本当になーんでもないこの人間にできることなんてほんとないと、圧倒されます。街中に吹く風とまるで違うモノかのような風速、鬱蒼とした木に囲まれて茹で上がりそうな熱さと湿気、桁が数えられないくらいの年月を積み重ねたであろう土の重なり(地層)と驚くような環境にでも咲く草花とか、そういったことが全部つながって一つのその目の前の環境ができあがっています。

冒頭に紹介した本は個人的にはバイブル的に手元に置いて読んでいるこの本です。何度読み返してもこの「良くしようとするのはやめたほうがよい」は、毎回その時々で響く言葉が変わり、新鮮な気持ちで読むことができます。それほど今自分が生きている社会で忘れてしまいそうなことがたくさん書いてあるという事なんだろうな・・・となんとなく恥ずかしくなります。今回は特に「無力感」と限りない成長の滑稽さ、何か変えよう良くしようとすることの行為が誰かの存在と命すら奪ってしまうこと、自分の存在を疑わない狂気といったあたりがズシンと響きました。人を社会を変えるなんておこがましい、変わるときはある、でもそれは誰かの力によって変えるなんてものではない。内側から自分語りからでてくるものだから、その機会をつくっていけたらいいんだと年始に改めて大事にしたいことを再確認しました。

羅漢たち

久々にまた読み返したくなったのも、数週間前にいただいた「羅漢たち」(発行:大塚洋介写真集「羅漢たち」出版委員会、昭和58年)という大塚洋介さんの写真集を手に取り読んだことがきっかけです。

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この「羅漢たち」は、戦後の高度成長期に繁栄・成長・環境美化の結果として追いやられてつくられていった、横浜寿町ドヤ街の日々の写真集。大塚洋介さんが住みながら、「撮って」と依頼してくれた人のみ撮った一枚一枚の白黒写真が何とも言えないすごい迫力です。

最初撮り始めたときは『この街の人々のために写真で何かできるのではないか』という幻想を抱いていた様子、それが崩れていく様子、考えたり理解したりするのではなくただひたすらに目をそらさず観つづけることに行きついたこと、そんなことがまえがきに書いてありました。

大塚さんの目

写真を見ていると、そこに映っている人がこちらを観ているという感覚になります。そしてその人から目をそらさずにレンズ越しに見ている会ったこともない「大塚さんの目」が自分の目の横にあるような感覚になってきます。この人があとがきに書いてあるヤブちゃんかな、山さんかな。。。集合写真を宝物のように部屋に飾っていた人はこの人かな。。。なんて前書きあとがき写真と行ったりきたりしながら、理解するでもなく写真をぼーっと眺めていると、なんとも都市文化文明社会と言われるものにどっぷりつかりながらしている日々の薄っぺらい発想と議論、見たくないものを見てない自分にがっくりしてきます。

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安全のため安心のため


安全のため安心のため、という言葉は反対できにくい。本当は葛藤があってもプラスの価値があっても「名づけるものがない」から言葉にならない。だから、どんどん人と人がそれとなく触れていた中で補完し合っていたことが失われていく。村田さんがとある小冊子に書いてあったコラムにそのようなことが書いてありました。保育園の監視カメラや門、マンションのつばめの巣とフン被害による撤去、いろんなマニュアルや規制ルールと不審者対策、反対しにくいうえに肯定する積極的な理由がないことは、どんどん片付けられていったり新たなルールが作られていくと。議論をしているときに、最も気を付けないといけないことはそういったことですが、多くの場合は個人趣味嗜好で片付けられ賛同多数は得られず守るのが難しいことばかりです。昨年の新型コロナへの対策を各団体や活動で議論をされていましたが、きっと難しかったことはこんなあたりではなかったかと思います。

賛成する積極的な理由はないけど、反対しにくいこと。その結果生み出してしまう、追いやられていくものはなんだろう。そんなことを気を付けて考える一年としたいと思います。


※「良くしようとするのはやめたほうがよい」の本を読んでみたい!という方がいらしたらご連絡ください。