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フリーダのペンネーム、そして隠語(フリーダ・カーロの日記#16)


Vanna Cercena, Marina Sagona,Frida Kahlo, Laberinto, 2013

フリーダのペンネーム
フリーダの日記には、署名や隠語など謎めいた言葉や数字が使われています。たとえばサダハ(Sadja)。フリーダが手紙や絵画によく使用した署名ですが、これはロシア語で「ヤマウズラ」、「親愛」を意味するのだそうです。ヤマウズラは、フリーダが親しんでいたイソップ物語の中で常に他の動物に追われる狩りの対象で、孤独で理解されない可哀想な動物のシンボルでした。そこに自身を投影したのでしょうか。フリーダはラテン語とロシア語のキリル文字を混ぜた言葉を好んで、1940年代のアメリカ滞在時によく使用していたのだそうです。彼女の隠語による遊びや暗号は神秘にあふれています。

また、自身の別名を "偉大なる隠匿者(Gran ocultadora)、または"イセルティ(Icelti)とし、日記の中の絵や文に登場します。「イセルティ」は、ナワトル語で“孤独な”という意味。イセルティと書かれた日記のページには、胎盤と思われる袋に囲まれた赤ん坊の絵が描かれています。3回の不幸な流産の記憶は、時が経っても消えないものであったに違いありません。赤ん坊の絵は、フリーダが自分の腕の中にその子を抱きたいという意識的な願望を表しているのかもしれません。 

379の解読
また、日記の中には、「永遠の379」という数字が大きく書かれたページがあります。一説によると、「379」は「ホセ・バルトリJosé Bartolí」のことを示しているとも言われています。ホセ(José)はスペイン語読みの名前ですが、バルトリはバルセロナの画家なので、カタルーニャ語の名前は「ジュゼップ・バルトリ(Josep Bartolí )」です。バルトリはフリーダの最後の恋人とも言われ、1946年に彼女と出会いました。ちょうどフリーダが日記を書き始めたころです。バルトリは1946年にメキシコからニューヨークに渡ります。その後、3年間にわたり、フリーダと手紙のやりとりをしました。2015年、フリーダとやり取りした手紙や詩のコレクションが13万7000ドルで落札されました。

ジュゼップ・バルトリの伝記映画は、『ジュゼップ 戦場の画家』として、2021年に日本でも公開されました。

参考: Helga Prignitz-Poda, “Centenario por el nacimiento de Frida Kahlo (1907-2007) , Frida Kahlo: Sadja, Carma y El venado herido, 1946”, No. 13, “Crónicas”Revista UNAM, 2008

Bob Duggan,The Eyes Have It: Frida Kahlo Retrospective in Germany
https://bigthink.com/guest-thinkers/the-eyes-have-it-frida-kahlo-retrospective-in-germany/



 


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